第30話 本当の力で悪を倒すボッチ
「う、上!」
すぐ隣の店の屋根から、数体のマネキンがこちらを見下ろしていた。
連中は一切の感情を映さない眼差しでこちらを見下ろしながら、躊躇いもなく倒れ込み、三階の高さからと頭を下にして落ちてきた。
秋雨はサイドステップで避けると見せかけて、魔術を発動。
コンマ一秒前まで自分が立っていた場所が噴火して、落下してきたマネキンたちを炎が吹き飛ばした。
数体のマネキンが黒い霧となって雲散霧消するが、仲間を盾にした二体のマネキンは健在だった。
けれど、秋雨は油断なく次の手を準備していた。
二体のマネキンがこちらに駆けてくる。
秋雨はすぐさま地面からマグマを噴出させてバリケードを作った。
一体のマネキンはバリケードに突っ込み、もう一体は五メートルもジャンプして飛び越えてきた。
どちらも、秋雨の狙い通りだ。
「空中じゃあ方向転換できないよな?」
秋雨の右手を突き出し爆発させると、赤く焼けた石が音速で放たれマネキンの胸板を貫いた。
マネキンは動きとめ、無防備に秋雨の目の前に落ちてから黒い霧となって消えた。
一方で。
「さてと」
マグマの壁に突っ込んだマネキンへと、秋雨はのんびりとした歩調で悠々と近づいた。
「硬い個体の壁じゃ体当たりで壊されれば終わりだ。けど、粘度抜群のマグマの壁ならそうなるわな」
マネキンは、マグマの壁から顔と手、膝小僧を出した姿で固まり、動けなくなっていた。
ドロリとしたマグマが身体にまとわりつき、取り込まれから冷え固まっているのだ。
――さて。
「内込、大丈夫……じゃないよな。救急車呼ぶか?」
奪われた魔力は休めば回復する。
けれど内込は、踏み潰されたみぞおちを手で押さえて、苦しそうにしていた。
「……なんで、助けたんだ?」
救急車の問いかけには答えず、内込は訝しむような表情で尋ねてきた。
質問に質問で返された秋雨は、言うべきかどうか逡巡した。
こんなことを言えば、さらに都合のいい奴扱いされるだろうかという恐怖心があったからだ。
それでも、秋雨はためらいがちに、視線を背けたくなるような感情で言った。
「お前が、助けてって言ったからだよ。助ける理由なんて、他にないだろ」
「でも、オレはお前のこと……」
納得いかない様子の内込に一歩距離を詰めて、秋雨は語気を強めて言った。
「嫌いな奴だから死んでもいい。嫌いな奴だから助けない。そういう考えが、俺は嫌いなんだと思う」
秋雨は内込のことが嫌いだし、助けたくなんてない。
だけど、内込を見捨てて逃げようとした時、心が辛かった。
内米の助けを求める悲鳴を聞いた時、ほうっておけなかった。
それが、浮雲秋雨という人間の持つ性分なのだろう。
秋雨の返答に、内込は反応に困るように無言だったが、途端に目を剥いた。
「!?」
秋雨が気づいた時にはもう遅かった。
視界の右端に映った漆黒の手は、もう紙一重の距離にあった。
――まだいたのか!?
心臓が凍り付くような死の予感が前進を駆け抜けた。
今からではどんな行動も間に合わない。
秋雨は微動だにできないまま、時の流れに身を任せるしかなった。
バシィィィッッ!
という鋭い音を立てて、漆黒の手は秋雨の目の前で止まっていた。
何故?
時間が止まっているわけではない。
よく見れば、視界が僅かに赤みがかっていた。
目に血が溜まって起きるレッドアウトかとも思ったけど違った。
数歩下がって、秋雨は状況を把握した。
「これは……」
バリア、とでも言えばいいのだろうか。
半透明の赤い壁が、マネキンの行く手を阻んでいた。
「助けに来たよ。平和のお姉さん、草壁守里がLOVE&PEACEと共にね!」
声を視線で追いかけると、本屋へ行った草壁が最強のヒーロースマイルで仁王立ちしていた。
「せ、生徒会長!?」
「こらこら、秋雨後輩、ボクのことは守里ちゃんと呼ぶように言っただろ? キミって奴は忘れっぽいなぁ」
草壁がニカリと歯を見せて笑うと、マネキンは標的を彼女に変更した。
草壁に向かって機械的に、だけど猛然と疾走するマネキンの動きに、秋雨は声を張り上げた。
「危ない!」
草壁の魔術適正はバリア。
サポート系の能力だ。
とてもではないが、戦えるような力ではない。
なのに、草壁は眉を一つ動かさずに、むしろ待ってましたとばかりの表情で指を鳴らした。
彼女の両肩に、剣身のように長く鋭利なバリアが二枚構築されるや否や、草壁は指鉄砲を撃つ仕草をした。
「BANG《バァン》!」
一枚のバリアソードは弾丸のような加速度でマネキンの左肩を突き抜けた。
ビキッ。
という、硬質ながら抵抗を感じさせない最低限の音が、バリアソードの切れ味を物語る。
――射撃!? それも凄い威力だ。
バリアを放つという発想に、秋雨は度肝を抜かれた。
マネキンの左腕が肩ごと落ちるも、痛覚がないのだろう、意に介せず足は止まらなかった。
「へぇ」
草壁は感心したように感嘆の声を漏らした。
残ったバリアソードの前後を反転させると、剣尖の逆、グリップ部分を握り、自身の左肩から引き抜くような動作で彼女はマネキンに斬りかかった。
――剣!?
腰ではなく肩からの抜刀だが、その姿は居合道の達人を彷彿とさせた。
堂に入ったフォームから繰り出される電光石火の斬閃は、マネキンの残った右腕のガードごと黒い胴体を袈裟切りに両断した。
マネキンの体は上下に泣き別れ、地面に転がると煙のように雲散霧消した。
「ふぅ、どうやらこれで全部みたいだね。ケガはないかな?」
秋雨の百倍イケメンな王子様スマイルに心臓を跳ね上げてから、秋雨は我に返った。
「あの……生徒会長の適性って、バリアなんですよね?」
「YES OF COURCE♪」
「バ、バリアで戦うなんて……無茶苦茶ですよ……」
愕然とする秋雨に、草壁は人差し指を左右に振った。
「考えが狭いぞ。いいかい? 大事なのは努力でも才能でもなく【工夫】すること。バリアで戦えないなんて誰が決めたんだい?」
ナニモノにも縛られない自負に溢れた態度に、秋雨はさっきまで自分を支配していた焦燥感が冷めていくのを如実に感じられた。
人の不安を治めてしまう圧倒的頼もしさ。
彼女は、まさにヒーローそのものだった。
「ところで、遠くからキミの活躍も見せてもらったよ」
トン、と地面を蹴って距離を詰めてくると、草壁は遠慮なしに指を突き出してきた。
秋雨の頬を、細い指先がぷにっともてあそぶ。
「かっこいいぞ」
安心しきった胸の鼓動がギアを上げた。
それで、秋雨は自覚した。
どうやら自分は、彼女のことが大好きらしい。
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4話で出てきた主人公草薙大和を救った恩人、
「助けに来たよ。平和のお兄さん、
でお馴染み、浮雲秋雨の物語をこれからもよろしくです!
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