第3話 人生のための夢じゃない。夢のための人生だ。

「こんなところで残念会の打ち合わせかしら?」


 作り笑顔を見せた直後、背後からの声に大和は振り返った。

 廊下の奥には、特待生に選ばれた御雷蕾愛が、優勝カップ片手に腰に手を当て、勝ち誇った笑みで白い歯を覗かせていた。


「……蕾愛」


 自分とは違い、才能に恵まれて全てを手に入れた人物相手に、大和は言葉が見つからず、マネキンのように棒立ちになってしまう。


「試合前は言ってくれたわね。自分の評判の心配でもしとけだっけ? えぇそうね、これから地元テレビ局の取材を受けることになったわ。怖いわー、有名税怖いわー、これからは外での言動には気を付けないとねぇ、アンタと違って。まっ、アンタみたいな無能がシーカーなんて、土台無理よね」


 有頂天の蕾愛に、男子の一人が声を荒らげた。


「大和だって準優勝しただろが貧乳野郎!」

「全国でやっている地方試験で優勝したからなんなのよ。大和みたいな一芸馬鹿が準優勝できるんだから、受験生のレベルが知れるわ。井の中の蛙大海を知らずって言葉知らないの?」

「ならお前も同じだろド貧乳!」

「アタシのは眠れる獅子って言うのよ」


 ――眠れる獅子ってそういう意味だっけ?


 蕾愛の誤用を指摘する隙もなく、男子たちは語尾を貧乳で統一しながら蕾愛と言い合いを続ける。本来は、大和こそが怒って然るべきだろう。


 なのに、自分のために怒ってくれる仲間たちの姿を見ていると、悪い感情は起きなかった。


 むしろ、その逆だった・・・・・・


「ていうかギリBカップあるし! 貧乳じゃないし! て、言わせんなゴルァッ!」

「テメェが勝手に言ったんだろ。つかテメェは心が貧乳なんだよ!」

「どういう意味よ!?」

「いいよ。来年もまた受けるから」


 えっ? と、その場にいた全員の声が重なった。

 蕾愛も、珍しくぎょっとした顔で固まっている。


「て、大和お前中学浪人するつもりかよ!?」

「ああ。それに、俺がいなくなると、親父の林業手伝う人いなくなっちまうし」


 大和の家は、先祖代々続く林業家だ。ただし、二十一世紀も後半に入った現在、木材の需要は低く、家計は苦しい。だからこそ、特待生枠を狙っていたのだ。


「あー、あの広い山林、親父さん一人で管理するの大変だよな」

「そうそう。高速道路通すとかで、国も売れ売れってうるさいしな。山林を守るにはまだ俺がいなきゃだろ?」

「はん、そんなに山林が大事なら一生あの町にいればいいじゃない!」

「じじいになってシーカーを引退したらそうするよ。でも俺は、やっぱりシーカーになりたいんだ」


 驚くほど穏やかな声で語る大和に、蕾愛は表情を硬くした。


「は……はん、バッカじゃないアンタ。入試は審査制なのよ! 浪人したら、優勝しても一歳年上なら当たり前って見られて不合格かもしれないのよ! 年々アンタだけ審査が厳しくなるのよ! それわかってんの?」


 まくしたててくる蕾愛に、大和は微笑を浮かべながら、断固たる決意を告白した。


「人生のためにシーカーになりたいんじゃない、シーカーになるための人生なんだ。シーカーになれないなら、俺に生きている意味なんてない。お前に負けて、それがよくわかったよ。だからありがとうな蕾愛。けど、来年俺が入学しても、あんま先輩風吹かせるなよ!」

「ッ……馬鹿じゃないの」


 肩透かしを食らったような、言いようのない消化不良の表情を残すと、蕾愛は背を向けて立ち去った。


「じゃあみんな、俺ちょっとトイレ行ってくるから」

「あ、大和」

「おいやめとけ」

「一人にさせてやれよ」



 皆をその場に残して、大和はトイレに向かった。すると、曲がり角で誰かとぶつかった。


「あ、すいませ、親父?」


 相手は、大和の父親だった。

 今日は大和のために林業の仕事を休んで、わざわざ応援に来てくれた。


 普段は厳格で毅然としている人だけど、今回ばかりは動揺が顔に表れ、不器用な口で慰めの言葉を探しているようだった。


 でも、言葉に困るその姿こそが、彼の親としての愛情の証であり、慰めだった。

 だから、父親を困らせないよう、大和が先に口を開いた。


「親父、俺、来年もまた受験するよ」

「ぬ……」

「どうせいつかは家の林業継ぐなら学歴なんていらないし、無理に普通の高校行く必要もないだろ? 一年間、親父の仕事手伝いながら、シーカー目指すよ。中学行く時間が空いた分、今まで以上に練習できるんだ。来年は合格率一〇〇パーセントだろ?」

「……大和」

「じゃあ俺トイレ行くから、閉会式終わったらまたな」


 父親の返事も待たず、大和は小走りになった。

 みんなに向けた言葉は嘘じゃない。

 中学浪人する。来年また受験する。夢は諦めない。


 それでも、試験を通して痛感した無能の烙印は、胸の奥でくすぶり続けて消えなかった。


「……才能ないんだなぁ……俺……」


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