兄妹転生 〜残酷な運命背負わされたが、俺の妹だけは絶対幸せにしてみせる!〜

枝乃チマ

序章

第1話 キョウダイ

「おはよ…お兄ちゃん」


 私は階段を降り、目を擦りながらキッチンでいつものように朝ごはんを作るお兄ちゃんに向けて挨拶をすると、ソファに寝転んで朝ごはんを待つ。

 私の名前はフェリノート・トレギアス。転生してから今年で16年目になる。


「おはよう咲薇さくら。ちゃんと寝れ…こら、ソファで寝ないの」


 キッチンから黒い髪と赤い瞳が綺麗なお兄ちゃんが出てきて、ソファでうとうとする私を優しい声で叱る。

 彼の名前はシン・トレギアス。見ての通りとっても優しくて、私とは6歳差の兄である。

 ——お兄ちゃんが私の事をフェリノートではなく“咲薇”と呼ぶ理由は、転生前の私の名前だからなんだそう。


「うーん…まだちょっと眠いのっ…」

「もうすぐ朝ごはん出来るから、起きなって咲薇」

「私、咲薇じゃないもーん…」

「——じゃあ朝ごはんいらないな」

「ごめんごめん起きるっ!!起きるからそれだけはやめてぇっ!!」


 私は即座に身体を起き上がらせ、背筋をピンと伸ばして姿勢を良くする。お兄ちゃんが作る朝ごはんが食べられないのは、私にとって死活問題である。


「冗談だよ。俺が食べさせない訳無いだろ」


 姿勢を良くして朝ごはんを待つ私を見て、お兄ちゃんは優しく微笑んで言うとそのままキッチンへと戻っていった。途端、一気に肩の力が抜けていった。


「もー…大体、お兄ちゃんが私の事“咲薇”って呼ばなきゃいい話なんだからねっ!」

「——そうだな」


 私がキッチンに向けて放った言葉は、当然お兄ちゃんに届いていたようだ——でもその声は、どこか悲しそうだった。


 私が前世の名前である咲薇と呼ばれる事を拒んでいる理由…それは、私には何故か前世の記憶が無いからである。

 お兄ちゃん曰く、私達兄妹は事故で一緒に亡くなったらしい…お兄ちゃんには前世の記憶がみたいだけど、どんなにお願いしても前世の事を私に教えてくれないのだ。

 だから咲薇って呼ばれても、記憶が無いからなんだか自分の事じゃないような気がしてしまうのだ。

 ——まぁ前世にどんな事があったのだとしても、私はお兄ちゃんと一緒に居られればそれで良いんだけどね!

 しかし私にはお兄ちゃんと過ごしていても…いや、ずっと一緒だからこそ、拭えない疑問があるのだ。


 ——どこから収入が?


 私とお兄ちゃんは今、2階建ての一軒家に住んでいるのだが、家賃とか食費とかどうしてるんだろう…と日々思うのだ。

 私はもう学校には通っていないから朝も昼も夜もこの家にいるけど、お兄ちゃんが働きに出てるところを見た事が無いし、出掛ける用事も食材の買い出しで出費だし…かといって両親がいる訳でもないから、何をしてお金を稼いでいるんだろう?


「咲薇、朝ごはん」


 そんな私の疑問を消し去るかのように、お兄ちゃんが耳元で優しくそう囁く。その直後、目の前に綺麗な玉子焼きと焼きベーコン、野菜スープに主食のパンが並べられた。

 ——まさに“朝ごはん”である。


「うわぁっ…今日も美味しそう!いただきます!」

「うん、召し上がれ」


 お兄ちゃんが見つめる中、私はパンの上に焼きベーコンと玉子焼きを乗せて頬張った。


「んーっ!!美味しい!!」

「よかった…ちょっとベーコン焼きすぎてないか?」

「全然平気!寧ろこれくらいパリパリな方が私は好き!」

「そっか…じゃあ次からこれくらい焼くか」

「——って!サラッと流しちゃったけど…私はフェリノートだってば!」

「…うん」


 お兄ちゃんは私から目を逸らして、また悲しそうな表情で頷いた。

 私に前世の記憶が無いのは、記憶に残る程の出来事が一切無い平凡でつまらない人生だったのか、あるいは記憶から消してしまいたいほど悲惨な人生だったのかはわからない。

 ——でも、お兄ちゃんの気持ちもわからなくはないのだ。お兄ちゃんにしか記憶が受け継がれてないという事は、私と過ごした思い出も、一緒に笑った事も、楽しかった事も…お兄ちゃんしか憶えてないという事だ。

 それは——とても寂しいと思う。


「ねぇ、前世の咲薇わたしってどんな感じだった?」

「…どうしたんだ急に?」

「いいからっ!ちょっとくらい教えてくれたっていいじゃん!」


 お兄ちゃんは少しだけ悩むような仕草をする。


「——うん、今とあまり変わらないよ」

「本当〜?じゃあ今と前世、どっちが可愛い?」


 私はお兄ちゃんにちょっと踏み込んだ質問をする。

 ——でも正直、答えはどちらでも良いのだ。別に可愛いと言って欲しい訳では…無くもないけど、お兄ちゃんが今こうして、私の事を考えてくれているという状況が、凄く嬉しいのである。


「——僅差で今の方、かな」

「ほんと?!そ、そっかぁ…今の方が可愛いんだ…」


 私はお兄ちゃんに直接“可愛いよ”と言われたような気分になって、自分から質問したにも関わらず恥ずかしくなる。気分を誤魔化す為にスープをずずっ、と啜った。



 俺の名前はシン・トレギアス。

 俺には咲薇という自分よりも大切な妹がいる。

 両親は居ない——いや、死んだ訳ではないが…ちょっと訳あって数年前から別居している。

 俺と咲薇は皮肉にも流行りの異世界転生者という奴だが、小説の主人公のようなチート能力も得ていなければ、高い身分を得ていない——現実とは、常に非情である。

 そして今、俺は“出稼ぎ”に出てきている。その出稼ぎとは——。


「アンタみたいな新米賞金稼ぎに、アタシがやられる訳ないっしょ?」


 死体がゴミのように辺りに転がる不気味な夜道にて、俺を前に女がまだ戦ってもないのに勝ち誇った顔でとある本の1ページを取り出しながらあおる。


「俺も若く見られたもんだ…一応、今年で22なんだが」

「若い若い!年上相手に舐めた態度とるアンタに、歳の差ってヤツを見せてあげるよ…!」


 そう言うと女は持っていた本のページを握り潰し、それに秘められた力を身体に取り込んで解放する。

 その力の影響か、俺と女の周りが炎の壁で囲まれる——まるで、俺を逃さず確実に殺すという女の意思が表れているようだった。


「殺れるもんなら殺ってみろ、オバサン」


 俺も女を煽るように言うと、常備している黒い剣を引き抜いて戦闘体勢に入る。

 ——俺も、確実に殺す。


「ホンット癪に障るよ、シャバ僧が!!」


 女はオバサンと呼ばれた事が相当気に食わなかったのか、怒りに身を任せて俺目掛けて真正面から突っ込んできた。

 ——ここまで馬鹿正直だと助かる。やっぱり、罪を犯すヤツは馬鹿ばっかりだ。


「——俺も、お前みたいな存在ヤツが癪に障る」


 俺が呟いた直後、女は自身の手に炎を纏わせ、炎を爪に見立てて俺に攻撃を仕掛けてきた。俺は瞬時に黒い剣を逆手に持ち替え、女の手を切断する。次の一手を繰り出せないようにと、もう片方の手も切断しておいた。

 ——俺を通り過ぎた頃には、女の手は地面に転がって辺りに血を撒き散らしていた。それと同時に、女の敗北を表すかのように炎の壁が消失する。


「えっ、えっ…えっ!?嘘嘘嘘嘘!!?いやっ…手がッ…手がぁああああ!!!」


 女は先程までの勝ち誇った姿とは打って変わって、自身の手が無くなった事に情けない悲鳴を上げながらその場に倒れてジタバタと暴れ、周辺に自身の手首から溢れるように出てくる血を撒き散らす。

 ——もう、人の手を切る事に抵抗が無くなってしまった…。


「——その力…禁書のページはどこで手に入れた?」


 俺は汚らしく血を撒き散らす女に歩み寄り、胸ぐらを掴んで問いただす。


「こ、答える訳無いでしょ…!!アタシの手を…返せェエエエエエ!!!」

「答えたら返してやるよ」

「うっ…うぅ…!!」


 女は悔しそうな表情で悩む。俺という若造に一瞬で敗北し、更に禁書のページを手に入れた場所を問いただされるなんて…屈辱だろう。

 ——まぁ、どちらにせよコイツを生かすつもりは無いが。


「早く答えろ…禁書のページはどこで…!」

「答える訳ねぇだろ…バァァァカ!!」

「——そうか」


 俺は諦めたかのように言うと、女の胸元に手を翳した。


「何…!?」

「自分でも俺がサイコパス気質だなって自覚はしてる…でも、そうでもないとこんな仕事やってらんないからな」

「あ…!?何を言って」

「——焼死モルテ・インフェルノ


 俺はそう呟き、翳していた手を思い切り閉じて、強く握った——まるで、心臓を直接握りつぶすかのように。


「ぁああああああ!!!!」


 女は断末魔のように絶叫し、そのまま死を迎えた。

 ——焼死モルテ・インフェルノ。これは俺が独学で身につけた魔術…モルテ流の一つである。

 モルテ流の魔術は、簡単に言うと対象物の心臓に作用させる魔術で、殺す為だけの魔術である。その一つのインフェルノは内部から心臓を直接燃やす魔術である。

 他にも溺死モルテ・アクエリアスや、圧死モルテ・グラビティ凍死モルテ・グレイシアなど、色々ある。

 殺すだけなら属性なんて必要無いと思われるかもしれないが、これには訳がある。どんな原理かは知らないが、この魔術は対象物に合った属性で発動させないとちゃんと殺せないのだ。例えばスライムだったら、水属性のモルテ流魔術の溺死モルテ・アクエリアスとか。ただこれは対魔物の時だけで、相手が人間の場合はどんな属性であろうと殺せる。だがしかし未だに凍死モルテ・グレイシアは未完成だ。氷属性はこの異世界では扱いの難しい上級魔術に指定されており、俺自身も氷属性はあまり得意ではないからだ。

 ——因みに余談ではあるが、モルテの後の単語はそれっぽいという理由で選んだ単語である。

 俺は確実に死を迎えた女の首を慣れた手つきで切断すると、それを手にその場から即座に退散した。



「ほらよ」


 俺はある場所に赴き、先程切断した女の首をカウンターの向こうにいる男——闇ギルドのマスターに差し出す。

 闇ギルドという名前だが内装は想像よりもだいぶ綺麗で、何も知らない人に“少し大人な雰囲気のギルド”と言っても信じるだろう。


「素晴らしい…血で汚れてはいるものの、ここまで外傷無しとは…やはり流石だな、シン」


 女の首をまじまじと確認し、マスターは俺に賞賛の声を浴びせる。最初の頃は慣れない事もあって滅茶苦茶怒られたが…もう8年もこれを生業としていれば流石に慣れる。


「いつもの事だ…それで、報酬は?」

「おぉ、悪ぃ悪ぃ。受け取れ」


 首と引き換えに、多額の金が差し出された——あの女はいわゆる“賞金首”というヤツで、咲薇との生活費はここから出ている。

 人を殺して得た金で暮らしていると知ったら、咲薇はなんて思うのだろうか…少なくとも良い反応はしないのが目に見えてわかる。


「しかしこんな美形な女の首、一体どれ位の値がつくんだろうな」

「さぁな」


 マスターの言葉に、俺はカウンター席に座って適当に返す。

 闇ギルドがあるこの闇市では、様々なよろしくない取引…例えば人身売買や臓器売買などが行われている。この“賞金首の生首”もその一つで、世の中には人間の首をコレクションにするサイコパス野郎がいるらしい。

 特に状態の良い美形の女の首は高く値が付くそうだ。用途は…恐らく溜まりに溜まった欲求を満たすのだろう。

 ——はっきり言って気色悪いが、そんな気色悪いサイコパス野郎のお陰で俺は金を得ているので何ともいえない。

 俺がモルテ流魔術を編み出したのは、顔に一切傷をつけず、綺麗な状態で首を提供する為だ。


「しかし、ここ最近禁書の力を使う者が増えてきたな…」

「今回の奴も禁書のページを持ってた…まぁ知ってて狙ったんだけどな」


 あの女が持っていた本のページ…あれは禁書の一部だ。俺は禁書の力を使う者達と、禁書の力を与えた者を追う為に賞金稼ぎを生業としている。

 悪人を裁ける上、目的に一歩ずつ近付けるし、何より金が入る——この職業は、皮肉にも俺にうってつけなのだ。


「んで、情報は何か聞けたか?」

「いや…ダメだった。後に殺されるのわかっててもなお、口を堅くしてたからな——全く、なんで皆は頑なに明かしてくれないんだ」

「まぁそう愚痴を言うなって。ここにいる奴らはそういう人間ばかりだってお前も知ってるだろ?」


 実を言うとここ数年間、禁書のページの出所の調査が難航しており、俺はこうやって首を持って帰ってきてはマスターに愚痴を言うのだ。マスターからすれば迷惑なのかもしれないが、もはやルーティーンと化してしまっている。

 ふと、俺は窓の外の空が明るくなり始めている事に気付く。


「…そろそろ日が明ける、咲薇が起きる前に帰らないとな」

「お前も大変だな…日中は妹の世話、夜は暗殺者なんて」

「——妹に尽くすのは、兄として当然だろ」

「お前の場合、ちょっと過保護過ぎる気もするけどな…んじゃ、また首の提供よろしくな」


 俺はカウンター席から立ち上がり、マスターに言葉を発さずに背を向けたまま手を振って闇ギルドを出ていった。日の出がもうすぐだからか、外は少しだけ明るく肌寒かった。


「早く帰って、咲薇の朝ごはん作らないとな…」


 俺は一人で呟いて、颯爽と家へ向かった。

 ——今日は何を作ろうか?

 卵が余ってるから目玉焼きでも作るか…いや、目玉焼きはダメだ。そうだ玉子焼きを作ろう。でもそれだけじゃ味気ないからベーコンも焼くか。そうなると汁物が欲しくなるな…じゃあ野菜スープも。待て、主食無くないか?パンあったかなぁ…。

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