第10話 オリビアの言葉

「…現実を見ろ…だと…?」


「…お前…それ……」


 莱昂は一瞬、それが自分に放っている言葉だとは思わなかったのか、掴まれた自分の腕を眺めてそうこぼす。

 そして次の瞬間、俺の手と莱昂の腕の間にバキバキと氷が張った。


「…本気で言ってんのか…?」


「…」


 凄まじい冷気とともに、腕に留まることなく俺の体にまで侵食してくる氷。

 それはもはや、莱昂の意思の外側で動いていた。


 …気持ちは、分かる。


 なんて言ったら、莱昂は怒るのだろう。

 知ったような口を聞くな…と。だが、たしかに、経験していない。大切な人の死も、別れも。

 でも大切な人を失って、途方もない悲しみに悶える者の姿ならば、俺は知っている。

 だから気持ちは分かるなど、そんな不確定な事など言わない。

 ‪”‬だから‪”‬と、心でつぶやく。

 俺はまっすぐに莱昂の瞳を見つめて。


「…さぁな。それはお前が1番分かってるんじゃないか?」


「っっ…!!くっ…雲波ぃぃぃぃ!!!」


『────止めなさい』


 それは氷柱つららのように尖った無数の氷の塊が、俺に迫ると同時────風と氷を切って進む莱昂の拳が、俺の額に到達するその0、数秒前の事だった。

 先程までは静かな雰囲気を纏っていた少女の、言霊のこもった一言を聞いたのは。


 言葉を発した少女────オリビアは、尚も座ったままに鋭い視線を莱昂へと向ける。


「ここは軍議の場です。あなたの一存でカンファを変更する事はありません」


 意外としか言えない…普段とは全く違う瞳で言ったオリビアに、莱昂は一瞬沈黙するも、次の瞬間声を荒らげようと────する前に、オリビアがそれを遮った。


「貴方様は自分の立場が分かっていない様ですね。いいですか?デュークというのは力の象徴でもあり、同時に人類の象徴でもあります」


 脳に直接語りかけてくる様な低音声に、莱昂は愚か他のデュークも目を見開く。

 と、オリビアは不意に莱昂から視線を外した。

 それはまるで‪”‬これは全員に言っている‪”‬とでも言いたげな表情だ。

 そしてオリビアは再度「いいですか」と続けて。


「私達は最強であり最高です。デュークという物はそう言うの物なのです。だから何が起ころうとも現実を見失うなど言語道断。どんな悲しみも苦痛も歯を食いしばって耐えなさい。それがあなた達が最強という称号を得た変わりの代償です」


「…」


「…」


「…」



 いつしか会場は、熱い沈黙に覆われていた。

 いつもどこか頼りなく、俺達デュークにも弱気なオリビアが、今は額に汗を垂らしながら必死に言葉を紡いでいる。

 その様子をみて、果たして胸が熱くならない者が居るだろうか。

 いや、居ない。

 少なくともこの会場にいる6人のデュークは、皆熱心にオリビアの声に耳を傾けていた。


「あなた達一人一人にはもはや世界を動かす力があります。一時の思い違いでダークサイドに落ちる可能性だって十分ある。」


 そこでオリビアは、ふと強ばらせていた頬を緩ませた。

 そして「ですが…」と続けると。


「私は…私達は、信じています。あなた達デュークが正義のヒーローだと言うことを。あなた達一人一人に、良心という物があるという事を。…ですから、どうか私の事も信じて下さい」


 オリビアはいつしか目尻に溜まっていた透明な涙を拭いながら、サラッと前髪をかきわける。

 フワッと、すんだ風がオリビアを通り過ぎた。


「私は何があっても、あなた達の味方だと言うことを」


 

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