ラスおわ

譚織 蚕

第1話

「はいどーもー」


 今日もいつもと同じ様に幕が上がる。


「「よさっくコサックです!」」


 寂れた劇場のステージの幕が上がる。


「いやぁ、僕ね、最近美容師になりたいんですけどもぉ」


 3人しかいない観客の前で、相方が声を張り上げて状況を説明する。

 俺が考えた最後の状況を、誰が聞く訳でもない状況を。


「ふんふん、それでどうしたんだい?」


 負けじと俺も声を張り上げ相槌を打つ。


 張り上げたところで、遠い席に人が座っている訳でもなく。


「でねでね、練習をしたいんですよ」

「美容師のー? いいよいいよ、やってみな!」


 でも今日が、ここに立つ最後の日だから。

 ちょっとでも多く、俺らの声をここに染み込ませたかったとかカッコつけてみる。


「だからさ……」


 相方が小道具のハサミを取る。

 でも、震えてしまって。

 カタカタ音がしちゃって。


「あぁあぁ、入店から初めっか。ウィーン、ここが最近話題の美容院か」


「あ、い…… いらっしゃいます」


「いらっしゃいますって何だよ! 見りゃ分かるよ!」


「ひっ、クレーマーさん2名ご来店です!」


「失礼だな! あともう1人どこだよ!」


 ネタが続いていく。時々言い淀む相方と、カチカチなるハサミ。

 スラスラと自分の分を読み上げる俺は、時間の進みがボンヤリしていた。

 だけど俺らを置いて、時間は流れていくから。


「はい、ありがとうございましたー」

「いやシャンプーしかしてもらってないんですけど!?」


 最後のセリフを言う。

 言う。


 覚悟して、決意して 。

 ただ一瞬声帯を震わす。


「もうええわ」


 終わった。

 終わる終わった。


 これで最後だった。

 拍手も、笑い声もおきない。


 あぁ、やっぱ辞めるしか無かったんだな。

 もう無理だったんだな。

 横の相方の顔を見る。

 涙でぐじゅぐじゅの顔が、俺にはくっきり見えた。


「「あ、ありがとうございましたー!」」


 たった3人に別れを告げて捌ける。

 それもまた、はっきり見えた。


 結局ここに初めて立った時から、胸のハンカチは抜かなかった。

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ラスおわ 譚織 蚕 @nununukitaroo

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