あの…私、女ですけど?
全てではないにしてもおおよその出来事を察することができたような気分になりながらも彼にお礼を言うために電話しようと思い、スマホを取り出した。するとそこには着信履歴とメール受信記録があった。それを確認して驚愕した。「蜃気楼カフェにようこそ。この度は鉄腕不思議な体験を楽しめるコンセプトカフェ『蜃気楼カフェ』にご予約いただきありがとうございます。つきましてはお申込内容の確認メールをお送り致します。」うんぬん。そして最後に。
「あなたは1億人に1人しか体験することができない、特別な"不思議"な時間を楽しんで下さいね。」
とあった。そう、この店にたどり着くまでのすべての出来事はすべて私の妄想にすぎなかった。つまり、今ここで電話をかければ彼は私を受け入れてくれるし、彼も私のことを覚えていてくれるに違いないと思ったのだ。そして実際にかけた。そして彼の声で一言こう告げられたのだ。
「あなたは1億人に1人の奇跡的な出会いをしたんだね」と。
それから2人は幸せな生活を送ることができましたとさ。
完!……というわけにもいかないのですよ。ここからが大事なところなのです。
「さっきの話は嘘です。信じてくれなくていいよ。ただ話させて」
彼女は、私の顔を見て、悲しそうな表情を見せた後にこう語り始めた。そして聞き終わったら結婚してほしいと手を握ってきた。
「あの…私、女ですけど?」
もう帰ろうかと離籍すると彼女が追いかけてきた。
「女の子同士で結婚して何が悪いんですか? それに貴女は毒親の性暴力被害で男性恐怖症になったはず」
どうして秘密を知っているのだろう。怖くなって通報しようとした。
すると、彼女は私のスマホを取り上げて勝手にSNSにログインした。
「結婚してくれないと『いろいろ』拡散します!」
私はは彼女の話を最後まで聞き届けようと静かに聞くことにした。
***
あれはまだ私が中学生の時、突然父が離婚した。
離婚届と慰謝料を持ってやってきたのが母だった。
父は多額のお金を残していなくなった。借金まみれの生活が待っていることは想像できたので父の行方を探すことはなかった。
ただ、父の荷物の整理を手伝っている最中にある日記を見つけたの。その中身を読んでいくうちに私と母の人生が狂いだしたことを理解し、その日から父と母は敵になった。毎日、罵られ続け、殴られ蹴られて食事も満足に与えてもらえなかった。
中学3年になった頃には母の姿は見ることができなかったが母の泣き叫ぶ声だけはずっと耳について離れないようになっていた。私はある日、学校から帰ると家には誰もいなかったの。私はチャンスだと思い、こっそり家を飛び出して近くの駅に行き切符を買って電車に乗った。行き先が分からないまま、でも遠くへ逃げたくて電車に飛び乗ったのね。でも着いた先は東京でも横浜でも大阪でも広島でも仙台でもなく、全く知らない場所の駅のホームにいた。駅員さんが心配そうに話しかけてきたけど無視していると警察を連れてきて「未成年の行方不明者がいる」と言われてしまったのね。そのあと警察の人からは「帰りたくない理由があったんだね」とか「君みたいな子もいるんだ」って言ってくれたりして少し救われるような気持ちになったのだけど「お父さんとお母さんのところに帰りたくないの?」と言われた時には「帰れません!」と叫びたくなっちゃって…… その時にね、ふと「ここにいさせてください」と言ったのね。でも誰も何も言わないからダメかと思いきや「好きにしなさい」と言われちゃったんだよ!私は嬉しくて思わず抱きついたら警察に保護されちゃいました(笑)。それからしばらくは学校に行くふりをしてコンビニなどでアルバイトをしながら暮らしていて、たまに夜中、線路のそばの公園に行って寝たりもしていた。でもある日、ある男の子と出会ったの。
彼は私のことが好きなようで、最初は警戒していたけれど仲良くなったの。私は彼のことが好きになって、付き合って、キスしたりした。ただね、ある時、彼と手を繋ごうとしたら手が震えちゃって握れないの。それで彼が私の頭を撫でてくれたら安心できてね、今度は普通に握手できるようになったのよ。
でも彼のことを信用してないわけじゃなくってね。だってあの時の私は彼のことを信じていたと思う。でも、あの頃の私の心の中にはきっとまだあの時の母がいたのかもしれないね。だから彼のことを受け入れられなかったんだと思う。そして彼のことも私と同じだと思っていた。彼は私と同じように家族との絆を断ち切れてなかったんだと思ってね。私にはあの家に帰る勇気はなかったの。
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