第20話


 きらきらとした目でひまわりを称賛したかと思うと、じろりと意地悪そうな目付きで私の方を盗み見る。

「ほんと、お前とは大違いでさ。あーあ、だから嫌だったんだ。お前のことひまわりなんて呼ぶの」

「もう、可愛くない!」

「……でも、俺好きだよ、ひまわりのこと」

「それはもう散々聞いたから知ってるよ。好きなんでしょ、ひまわり、が……」

 言いながら、ふとあおいの言葉に違和感を覚える。

 と同時に、左の肩にあおいの熱い手が乗せられた。

 がし、と強めに掴まれていて、少し痛いほどだ。

「あお、い?」

 無言のまま、あおいがさくり、と一歩距離を詰める。

 あおいとの距離が、今までにないほど近い。

 じいっと私を見つめるあおいの瞳は、少しもふざけていなくて、見たことないほどに真剣だった。

 顔が、近い。

 あおい、まつげ長いな。

 それに、やっぱり先生の面影がある。

 これから成長して、立派な大人になっていくのだろう。

 ふるり、とまつげが震え、ゆっくりと瞼が閉じられると、まだあどけない幼子のようだ。

 肩に置かれたあおいの手は熱くて、少し汗ばんでいる。

 そして。

 唇と唇が、ふれあった。

 私は驚きで、目を見開いた。

 ふれたのはほんの一瞬で、すぐに離れていく。

「ごめん」

 ぼそり、とあおいがつぶやいたのを聞いて、心の中で何かが堰を切ったように溢れた。

 知らぬ間に、涙がぽろぽろとこぼれる。

 あおいの前では泣かないようにしていたのに。

 大なしだ。

 ぎょっとしたようなあおいを突き飛ばし、私はひまわり畑を必死に走り抜けた。

 あのまま、あおいとふたりでいたくなくて。

 あおいへの恋心とか、先生への恋心とか、元の時代に戻ることとか、一緒に過ごしたこの一か月のこととか、何もかもがないまぜになって、もうわけがわからなくて。

 自分がどうしたいのかすら、わからない。

 ついさっきまで、どちらにも恋しているから、どういう運命でも受け入れて強く生きようって決心したのに。

 叶わない恋だ、と心の中で高を括っていたのだろうか。

 いざ、本当にあおいからキスされたとき、どうすればいいのかわからなくて、頭が真っ白になった。

 結局、この時代で生きる覚悟なんてできていなかったということだろうか。

 心が混乱して、わけもわからず泣きながらがむしゃらに走った。

 ここがどこなのかもわからない。

 来たことのない山の中で、足場の悪い道を走ったので、とうとう石か何かにつまずいてしまう。

 わ、と声を漏らし、バランスを取りなおそうとするも間に合わず、私は派手に転んでしまった。




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