第5話
そのあとは、せっかくの美味しいご飯がちっとも味がしなかった。さくらおばあちゃんが先程の発言について特に否定しないところから考えても、どうやらここは間違いなく2010年のようだ。
私は10年前の世界に迷いこんでしまったらしい。
席を立つとき、今日は気分が優れないので部屋で休むと伝え、早足に居間を出る。さくらおばあちゃんにとても心配そうな顔をさせてしまったのが申し訳ないが、正直それどころじゃない。私は気が動転していた。
パタン、と自室のふすまを閉じひとりになると、急に足の力が抜けてそのまま畳に座り込んでしまう。
「…………まじ、かあ」
体育座りの体勢で、膝に顔をうずめ、絶望的な気分になる。
そんなことある?
なにこれ。
タイムリープ? タイムスリップ? ってやつ?
そんなこと。ありえないでしょ、何かの間違い。
でも、ふたりの反応からすると本当のこと、現実の出来事っぽい。
なんで?
私どうしたらいいの。
どうしたら帰れる?
どうしよう。
午前中は、もうずっとそうやって頭の中で自問自答したり、現実逃避をしたりして過ごした。信じたくなかった。
でも、長いことうだうだしていると、いつまでもそうしていても仕方ないか、と前向きな気持ちも湧き上がってきて少しだけ建設的なことも考えられるようになってきた。
まず、さくらおばあちゃんとあおいにこのことがばれるのはまずいだろう。
私が未来から来た人間らしいということは秘密にした方がいい。そう思った。
この時代にはまだないスマホとか2020年と記載のある手帳なんかは見られないようにしよう。
幸い10年前程度ならそこまで生活様式なんかに不慣れということもないし言葉遣いとか文化とかも、私が気を付けてさえいれば問題はないだろう。
だって未来から来たなんて自分でも意味が分からないし、きっと信じてもらえない。今でも十分怪しい迷子の未成年なのに、さらに狂言女と思われて追い出されてもいけない。ふたりはあまりこちらの事情について深く追求する気はなさそうだが、わざわざ不審な言動をとるべきではない。
次に考えるべきは、帰り方だ。
けれど、これに関してはいくら考えても何も良い案は生まれなかった。
一体どうやって元の時代に帰ればいいのだろう。私はこの不可思議な現象に頭を悩ませ、途方に暮れる。
「ひまわりちゃーん。体調はどうかね、おうどんくらいなら食べられそうかい?」
さくらおばあちゃんが私の部屋の方へと向かって廊下を歩いてくる足音と、気遣うような声かけが聞こえる。
もうご飯の時間なのか。ずいぶんと長い間、頭の中でぐるぐると考えこんでいたらしい。
……ひとまず、衣食住について心配いらないのは本当にありがたいことだと実感する。そして、ひとりぼっちでないことも。
さくらおばあちゃんの足音のほかに、控えめについてくるもう一つの足音に気がついた。気分が優れないと朝から引きこもったままの私を、あおいも少しは気にしてくれていたのかもしれない。
ふたりの優しさが身に染みて、元気が湧いてくる。
と、同時に答えのわからない問題についても、まあ突然こっちに来てしまったんだし帰るときも突然帰れるんじゃないかな! と楽観的に考えておくことにしようと思えた。
こうなってしまったからには、焦らず、不安がらず、すべきことをするしかないだろう。
よし、と自分に言い聞かせて、立ち上がり、ふすまを開けて、部屋の前にいるさくらおばあちゃんと遠くのあおいに向かって微笑んだ。
「もう大丈夫です、心配かけちゃってごめんなさい」
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