第5話

 あの日。彼は帰って来なかった。私達はずっと、ずっと、待ち続けたのに。

 三日後に、彼と同じ年に戦地へ行った友人は、何処か後ろめたそうに告げたのだ。

 彼達の帰郷のために乗った戦艦が、爆撃を受けて沈んだと。

 生き残った人達の中には彼の姿は見当たらず、生存は絶望的だと悔しそうに話した。


「何でマサキが! 嘘よ、 嘘だと言ってちょうだい!」


 母は半狂乱になって掴みかかった。私は止めるのに精一杯で、悲しみさえ感じられなかった。

 彼の死が信じられなかったし、絶対に何処かで生きて、生き延びてくれてると思ったから。


「お母さん、間違いよ……マサキさんは生きてるに決まってる。だから待ちましょうよ。私、お母さんとここで一緒に暮らして、帰って来るまで……」


 なぜだろう……なぜ悲しくも無いのに。なぜ?

 頬を伝う雫は涙なんかじゃない!

 違う……違うのに。

 声も出さずに泣く私を、母はきつくギュッと、抱き締めてくれた。



 いまも思いだす。


 あなたを初めて好きになった時の幸せな気持ち。

 タカラモノだった――


 愛してます。


 あなただけを……



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