第三十一話「テンプレ」



「おうおう、なんか景気のいい話してるじゃねぇか。俺様も混ぜろよ」


「ヘドカ……さん」



 サダウィンとメリーが、今回の薬草採取の失敗についての詳しい経緯と依頼失敗の手続きをしようとしたタイミングで声を掛けてきた男がいた。



 男の名はヘドカという名前で、冒険者でありながら犯罪まがいの行為を行い、ギルドから度々注意を受けていた素行の悪い男だった。あくまでも噂だが、元盗賊だとか人を殺してその罪を逃れるために遠くの街から逃げてきただとか、とにかくいい噂を聞かない人間だ。



 そんな男が一体何の用なんだとばかりにメリーは内心で訝し気に思ったが、ヘドカの言葉で彼の狙いが何なのかすぐに理解する。



「ほう、冒険者になったばかりでもうランク昇級たぁ、なかなか見どころがあるじゃねぇか。よう、小僧。お前俺のパーティーに入れてやるよ」


「パーティー?」



 パーティーとは、冒険者が複数人で固まって依頼をこなす形態で、二人っきりの最小パーティーから上は数十人という中規模の傭兵団並の人数まで多岐に渡る。



 パーティーで活動する利点としては、単独では達成困難な依頼をパーティーで受けることで難易度が低くなり達成できる可能性が上がるということと、一人当たりの仕事の負担量も少なくて済むというものが挙げられる。



 利点があればもちろん欠点、デメリットも当然存在する。例えば、他の冒険者と行動を共にするため、人間関係が険悪な状態で依頼をこなさなければならない可能性があったり、パーティー内同士での異性間トラブルに巻き込まれたり、依頼の報酬の分配について揉めたりと、パーティーで活動する際のデメリットはかなりある。



 しかしながら、命の危険とそういったトラブルとを天秤に掛けた時、やはり死ぬよりかはマシという答えに行きつくようで、大体の冒険者がパーティーに不満を持ちながらも、どこかしらのパーティーに所属している場合が多いのである。



「ランクが上がったとはいえ、おめぇもこの先ソロで活動していくのは辛かろう。喜べ、特別に俺様のパーティーに入れてやる権利をくれてやる」


「……」



 その醜悪な顔をさらに歪めたような笑みを浮かべ、ヘドカがサダウィンをパーティーに誘う。だが、サダウィンも世間知らずの大馬鹿者ではないため、ヘドカの狙いが透けて見えていた。



(大方、期待の新人をパーティーに入れて自分は何もせずに甘い汁を吸おうってところか。見た目通りのクズさ加減に何かしらの悪意を感じざるを得ない。……これが俗に言う“テンプレ”というやつなのか?)



 前世の彼の娘が書いていた小説に、“こういったことをすると高確率でこういった事態に見舞われる”というお約束が存在するということを知っていたサダウィンは、今回のこれがそうであるとすぐにわかった。



 一度娘に“面倒事なら起こらないようにすればいいじゃないか?”と言ったことがあったサダウィンだったが、その時の娘の返答は“それじゃあ面白くないし、読者もそれを期待しているのよ!!”と握り拳を片手に力説していた。



 そのあまりの剣幕と勢いに自然と出た言葉で“お前は一体何と戦っているんだ?”と問い掛けたサダウィンだったが、娘が返してきた答えは“パパもだいぶわかってきたじゃない!!”とまたしても訳のわからない返答をされてしまうという一幕があった。本当にサダウィンの前世の娘は何と戦っていたのだろうか?



「断る」


「あぁ? 今何か言ったか? 俺様が直々にパーティーに誘ってやってるんだ。まさか、それを断るなんて言わねぇだろうなぁ? おい」


「だから、断ると言ったではないか。どうした? まだ若いのに顔だけでなく耳までもおかしくなったのか?」


「な、なんだとてめぇ! もう一度言ってみろ!!」



 サダウィンがつっけんどんな断りを入れると、それが気に食わなかったのか、怒鳴り返してきた。彼は首を横に振りながら「やれやれ」と一言だけ呟いた後、再びヘドカに言い放った。



「だから断ると言ったと何回言えばわかるんだ? どうやらあんたは“バルテロスの鏡”から出てきたらしいな」



 サダウィンがそう言った瞬間、二人の会話を聞いていた冒険者たちが一斉に笑い出す。バルテロスの鏡とは、この世界の御伽噺で日本で言うところの浦島太郎に近いお話だ。





 ☆ ☆ ☆





 昔々あるところにバルテロス伯爵という一人の貴族がいました。伯爵は男性でありながら、若い頃からその美しい容姿で周囲から羨望の眼差しを向けられ、美の貴公子と謳われていました。



 ところが、そんな伯爵も歳を重ねその美貌にも陰りが見え始めていたため、伯爵は“あの若い頃に戻りたい。若返りたい”と愚痴をこぼす様になりました。



 ある日、いつもの日課で鏡を見ていた伯爵が自身が映し出されてる鏡に向かってこう呟きました。“あの頃に戻るには、どうすればいい? 若返るにはどうしたらいいのだ”



 そんな彼の言葉に反応するように鏡が変化し、そんな鏡から女性なのか男性なのかもわからない声が響いてきたのです。“若返りたいのなら、この鏡に飛び込んでご覧。きっと君の願いが叶うよ”



 伯爵はその言葉を信じ、鏡に向かって飛び込みました。鏡の先はまるでこの世のものとは思えない綺麗な花畑が広がっており、そこには妖精たちが楽しそうに遊んでいたのです。



“お若い伯爵様、一緒に遊びましょう”と誘ってくる妖精の言葉に違和感を感じた伯爵は、近くにある泉で自身の今の姿を見て驚いてしまいました。なんと、伯爵の姿はあの美しかった若かりし頃に戻っていたのです。



 これに気を良くした伯爵は、妖精たちと共に楽しい時間を過ごして遊びに興じました。ひとしきり遊んだところで、そろそろ屋敷に帰りたいと思った伯爵は、妖精たちと別れて再び鏡に飛び込み元の場所に帰ることにしました。



 ところが、屋敷に戻ってみると、そこは人が住んでいるとはとても思えないほど老朽化した襤褸屋敷だったのです。“どういうことだ!? 一体何があったんだ!?”



 戸惑う伯爵に向かって、あの時の鏡の声が語りかけてきました。“いい夢を見れただろ? それじゃあ、いい夢を見させてやった対価をもらおうか”



 そんな言葉が部屋に響き渡った瞬間、若返ったはずの伯爵の姿がみるみる年老いていき、よぼよぼのお爺さんへと変わってしまったのです。



“なんじゃこりゃ! 一体わしはどうしたんじゃ!?”という感じで、口調までもがお爺さんへと変わってしまった伯爵に向かって、甲高い笑い声を上げながら鏡が説明してやりました。



“バーカバーか騙されてやんの。この世に若返る方法なんてありゃしないんだよ! ちょっといい夢見させてやったことを有り難く思うことだな!”



 伯爵に話し掛けてきた者の正体は、人間の欲を糧にして生きている悪魔だったのです。そんな悪魔の言葉も耳が遠くなった伯爵には届いておらず、ただただこう言うだけでした。



“なんじゃ? 耳が遠くなってしもうて何も聞こえんわい”



 悪魔の鏡はそんな伯爵の姿をひとしきり笑うと、要は済んだとばかりにそこからいなくなってしまいました。後に残された伯爵がその後どうなったのかは、誰も知らないのでした。





 ☆ ☆ ☆





 このバルテロスの鏡の教訓としては、“自分にとって都合のいい話は、相手にとって自分を騙すためのいい方法に過ぎない”というもので、とどのつまり“人の言っていることはあまり信じすぎない方が良い。特に自分にとって都合のいい話は”というよくありそうな内容だ。



 そして、この御伽噺は最後のお爺さんになった伯爵が、悪魔の鏡が親切に真実を教えているにもかかわらず、老化によって耳が聞こえなくなってしまうところに滑稽さを感じてしまうところが印象的なのだ。



 その滑稽さは大人になった今でも印象強く残っており、だからこそサダウィンがバルテロスの鏡のお爺さんになった伯爵のように耳が遠くなってしまったという揶揄表現を言ったことが、この世界の人たちのツボに嵌ってしまったのである。



「てめぇ、よくもこの俺様をコケにしやがったな。もうただじゃおかね――」


「騒々しい。何事だ!!」



 未だ爆笑の渦に引き込まれているギルド内に、張り裂けんばかりの怒声が響き渡った。そのあまりの勢いと声量に、たちどころにしてギルド内が静寂に包まれる。



 その声の主は、百九十センチに届くほどの体格に目は鋭く冒険者らしい荒々しくも精悍な顔立ちをしている大男だった。纏っている雰囲気は、素人から見ても只者でないということがビシビシと伝わってくるほどに圧倒的な存在感を示しており、まさに威風堂々といった風格だ。



「ギルドマスター」


「メリー、これは一体どういうことだ?」


「実は……」



 男がメリーに事情を説明する。事情を理解した男が「なるほどな」と一言呟くと、鋭い視線をヘドカに向けながら言い放つ。



「ヘドカ、俺は言ったはずだよな。次何か問題を起こしたら、重い罰則は避けられんと」


「こ、今回は俺から突っかかっていったんじゃねぇよ! この小僧から喧嘩を売ってきやがったんだ」


「らしいな。おい、坊主。名前は?」


「サダウィンだ。そっちは?」



 先ほどまでの威勢は何処へ行ってしまったのか、言い訳がましい言葉をヘドカが口にする。男も今回はヘドカだけに非があるわけではないと判断し、今度はサダウィンに話し掛けた。



 威圧的な視線を受け止め、淡々と答えるサダウィンに男は内心で感心する。そういえば、自己紹介をしていなかったことに気付いた男は、サダウィンの自己紹介を促す言葉に“人に名前を尋ねるときは、まず自分から名乗るべきではないのか? お前はそんな礼儀も知らないのか?”と言われているような気分になりつつも、改めて彼に名乗った。



「自己紹介が遅れたが、俺はこの冒険者ギルドを仕切らせてもらっているゴードンというもんだ。よろしくな」


「こちらこそ」


「でだ。俺の自己紹介も済んだところで思ったんだが、この状況をなんとかするためにも、荒事に慣れている冒険者らしく模擬戦で決着をつけるのはどうだろうか?」


「何故そんなことをしないといけないんだ? 俺にはまったく意味がないことだと思うが」


「坊主はそうかもしれんが、このまま馬鹿にされた状態のヘドカが黙って引き下がると思うか?」


「へへへ、流石はギルマス。わかってんじゃねぇか。小僧、この俺様と勝負しろ! その生意気な口を二度と叩けないようにしてやる!」



 サダウィンの抗議も虚しく、結局模擬戦をすることになってしまったことに内心でため息を吐く彼だったが、それで丸く収まるならと自身を納得させることにしたのであった。

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