第二十九話「海老で鯛を釣る?」
「ふむ、ここが目的の場所かな」
冒険者ギルドで勧められた宿で部屋を取ったサダウィンは、再びギルドを訪れた後、メリーが言っていた駆け出し冒険者向けの依頼の薬草採集の依頼を受けてみることにした。
依頼の内容は薬草採集という名前だけあって、薬の材料となる植物を一定数採集しギルドに納品するというわかりやすいものだった。
指定された薬草は、ハイル草と呼ばれる傷薬の材料としてこの世界で一般的に流通している植物で、その自生域も森や草原、山や海といった具合に幅広く分布している。
しかしながら、高品質のハイル草ともなればその流通量はそれほど多くはなく、薬師たちは冒険者ギルドにハイル草の納品依頼を出しているが、なかなか満足のいくハイル草は手元に届かないと嘆いていると、依頼を受ける際にメリーが教えてくれた。
そんな薬師の事情を小耳に挟みながら、街から徒歩三十分ほどの距離にある比較的浅い森がある場所に足を運んでいるのだが、見たところ目的の薬草は見つからない。
彼以外にも駆け出しの冒険者は山ほどギルドに所属しており、そのほとんどが雑用やさもなくばこの薬草採集の依頼を軒並み受けるため、薬草の採集場所として指定されている森に自生している薬草はほとんど採りつくされてしまっていた。
「とりあえず、一通り見て回るか」
薬草の影も形も見当たらないが、目的の場所に来たからにはやることはやってしまうに限るとばかりに、サダウィンはハイル草を求めてしばらく森を探索する。
それから可能な限り薬草を求めて森の中を徘徊してみたものの、薬草のやの字も見つからない。どうやら、この辺りの薬草はすべて採りつくされてしまったことを理解したらしい彼は、頭に手を置きながらため息を吐く。
「参ったな。これじゃあ、骨折り損のくたびれ儲けになってしまうじゃないか」
彼がそんな不満を漏らしていると、突然草陰がガサゴソと音を立てて揺れ始めた。森には当然小動物や低級のモンスターなどが生息しているため、いきなり出くわすなどという事態もある。
いきなり襲い掛かってくるかもしれないことを想定し、腰に下げた剣に手を掛けながら草陰から出てくる相手を待った。
「ブヒィ、ブヒィ」
「なんだこいつは? 豚人間……オークってやつか」
前世の記憶で引っ張り出してきた情報から、目の前に現れた存在が豚の頭部にぶよぶよの肥えた体を持つオークというモンスターであることを理解する。
未だに成人していないサダウィンの身長は、百四十五センチと同年代の子供の平均よりもやや高い程度しかない。それに対し、目の前に現れたオークの体格は二メートルは下らない。
文字通りの大人と子供ほどの体格差があり、そんな相手とまともに戦うことなど考えられない。そして、さらに状況はサダウィンにとって悪い方向へと向かっていた。
「三匹か。一匹あたりの能力がわからんから下手に戦うのは下策だな。まずは魔法で様子を見るか? いや、逃げられるなら撤退も視野に入れるべきか」
追加で現れた二匹を合わせて、合計で三匹のオークがサダウィンの前に立ち塞がった。相手も彼を視認すると敵意を露わにし、威嚇するようにブヒブヒと咆哮する。
三匹のオークのうち一匹が棍棒を手にしており、他二匹は素手の状態だ。まずは素手の二匹に標的を搾り、手始めに魔法で牽制を試みる。
「【イリュージョン】」
闇属性の幻惑の魔法をオークの一匹に使うと、混乱したオークが素手のオークに向かって襲い掛かっている。襲われたオークも、仲間に襲われたことに困惑しながらも、対応するのに精一杯の様子だ。ひとまず素手の二匹はいいとして、残った棍棒を持つオークと戦うため、剣を抜き放つ。
「さあ、これで二人っきりだ。お前の実力を見せてみろ」
「ブヒィ!」
相手の言葉がわからなくとも挑発されていることは態度から理解できるようで、憤慨したオークが棍棒を勢いよく振り上げながら襲い掛かってくる。
巨体から繰り出される棍棒の一撃はさすがの力を秘めており、振り下ろされた地面が抉れてしまう。だが、そんな大振りな攻撃がサダウィンに当たるはずもなく、余裕をもって回避できた。
それから、怒りに任せた隙の大きい攻撃を数度繰り返すだけで、大した動きを見せないオークに対し、最終的に対した相手でないと判断し、何度目かの大振りの攻撃にカウンターを合わせるように反撃に転ずる。
彼が狙ったのは棍棒を掴んでいる手で、素早く懐に潜り込むと振り下ろし終わった手首に剣を一閃する。
「ブギャァァァァ」
「悪いな。あまりに隙だらけだったんでな。右手はもらったぞ」
サダウィンが放った剣戟は躊躇いなくオークの手首を切断し、どす黒い血をまき散らす。自分の状態を理解したオークが、今までの鳴き声とは明らかに異なる悲鳴のような苦痛に歪む叫び声を上げる。
オークが受けた傷は致命傷には程遠いが、今まで通りの十全な戦闘は困難であり、苦戦することは必至だ。増してや戦っているサダウィンは未だ傷一つなく健在であり、十分な戦闘を行うことは誰が見ても明らかだ。それ故に、オークは片手が使えない状態で彼に戦闘に支障をきたすほどのダメージを与えなければならず、事実上の戦闘続行は不可能でありまた無意味なのである。
「ブヒィィィィ」
「破れかぶれだな。なら、これで止めだ!」
残った片手でサダウィンを捕まえようとするオークに引導を渡すべく、彼はオークの攻撃を躱しながら態勢を整える。再び彼が剣の一撃を繰り出すと、今度は手首ではなくオークの首そのものが胴体とお別れをすることになってしまった。
ほぼすべての生物には脳という器官があり、その脳に酸素が供給されないと脳は活動を停止し、死を迎える。そして、その酸素は首から血液を通して脳に送られるため、当然ながら首を刎ねられたら大抵の生物は脳に酸素を供給できなくなり、死に至る。それは、オークとて例外ではない。
「ふむ、あまり強くはなかった。寧ろ、想定していたよりも弱かったな」
仲間がやられたことで混乱していない素手のオークは動揺しており、イリュージョンを掛けたオークからの攻撃をまともに食らってしまう。
それから、残りの二匹も同じように首を刎ね、終わってみれば実にあっけない幕引きとなってしまう。
「このオークが弱いのか。それとも、俺の方が強かっただけなのか、判断に困るな」
その後、何かに使えるかもしれないと、倒したオーク三匹の死骸をアイテムリングに突っ込み、そのまま薬草探索を再開する。
そして、薬草を探すこと一時間が経過したところで、粗方の場所を探し終えたサダウィンだったが、結局薬草は見つからなかった。
「まあ、今日倒したオークが高く売れるのを期待するとしよう。こういうのを海老で鯛を釣るって言うのかな? ……違う気がする」
こうして、薬草採集の目的を果たせなかったサダウィンは、その後オークを持ち帰ったことで起きる騒動を予想できるはずもなく、不満気に森を後にした。
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