第二十八話「冒険者始めました」




「次の者」


(ふう、なんとか街に来れたか……)



 レイオールが森を脱出し、街道沿いに歩を進めること約三日。ようやく街にたどり着いた。土地勘のない状態での旅路は手探りでの状態で進まなければならなかったが、こっちの世界で初めて経験することに新鮮な気分で取り組めたため、思いのほか彼の中で苦労したという気持ちは薄かった。



 道中もこれといったトラブルもなく、モンスターもちらほらと見かけはしたものの、こちらから近づいていかなければ襲ってくることもなかったので、すべて無視していた。



 それでも、たまにアクティブなモンスターがおり、レイオールの姿を見つけると勢いよく襲ってくる個体もいたが、森で出会ったファングボアのようにすぐに物言わぬ死骸と化している。



「……い。おい、聞こえていないのか? お前の番だ」


「あ、ああすまない。少しボーっとしていた」



 ここまでの道のりを頭の中で思い描いていると、不審に思った兵士が声を掛けてくる。今レイオールは街に入るための列に並んでおり、自分の番が回ってきたところだったようだ。



 ちなみに、今彼が着ているのはごく一般的な平民が着ている平服で、元々身に着けていた明らかにやんごとなき方々が着ているような服はアイテムリングに収納し、自分が王族であるということを隠すために配慮している。



「見ない顔だな? 何か身分を証明するものは持っているか」


「田舎の村から出てきたばかりだからな。そんなものはない」


「じゃあ、街に入るための通行料として300ダリ。小銀貨三枚もらうことになるが、金はあるか?」


「これでいいか?」



 レインアーク王国の通貨単位はダリと呼ばれ、取り扱っている通貨は全部で八種存在する。価値の低い順から銅貨・大銅貨・小銀貨・大銀貨・小金貨・大金貨・小白金貨・大白金貨となっており、銅貨一枚が1ダリで十枚で一つ上の貨幣一枚と同価値となっている。つまり小銀貨三枚は、大銅貨三十枚と同じ価値であり、銅貨換算だと三百枚ということになる。



 レイオールは懐に手を入れ、そこからアイテムリングに入っている小銀貨三枚を取り出すと、それを兵士に手渡した。特に怪しまれることもなく、兵士はそれを受け取ると、「ようこそ、グロムベルクの街へ」とだけ言って、すんなりと通してくれた。



 グロムベルクの街の様相は、中世ヨーロッパ風の石造りの街並みに風情ある雰囲気が印象的だ。街の住人たちは異世界独特の多種多様な種族が大通りを行き来し、その職種を示唆する装いを身に纏った人間も多い。



 例えば、軽装に剣や槌などの武器を携帯した人間などは、冒険者や傭兵でこれから依頼の探しに冒険者ギルドに赴くのか、ギルドで受けた依頼を達成しに街の外へと赴くといった感じだろう。



 あるいは、平民風ではあるものの、つばの無いロールキャップを被ったどこか独特の雰囲気を持つ男性は行商人らしく、拠点から拠点へ移ってきたばかりらしく、少し疲れた表情を浮かべている。



 その他にも妖艶な衣装を身に纏った妙齢の女性や、何の仕事をしているのかわからない胡散臭い格好の男性など、日本にいた頃には絶対に出会うことができない人種がひしめいていた。レイオールは“これが異世界クオリティなのか”と、的を射ているのかいないのかわからないとりとめのない感想を抱きつつも、とりあえず冒険者ギルドで冒険者登録を済ませるため、ひとまずは大通りを直進する。



 グロムベルクの街の総人口は約三万人で、現時点でレイオールは知らないのだが、王都から徒歩五日ほどしか離れていないレインアーク王国の物資販路における交差点の役割を担う街であり、彼にとってはあまり王都との距離が離れていないため若干都合の悪い街でもある。



「少し小腹が空いたな。何か軽く摘まみながら冒険者ギルドに向かうか」



 そんなことを彼が呟くと、ちょうど軽食を扱っている露店があり、そこで何かの肉を串で焼いた肉串が売られている。いい匂いをさせているそれは、ちょうど小腹が空いていることもあって、迷うことなくそこに足が向かってしまうのは自然の摂理であり仕方のないことである。



「美味そうだな。おっちゃん、一本いくら?」


「おう、一本2ダリだ。銅貨二枚だ……ぞ。坊主?」


「む? じゃあ二本くれ。銅貨四枚な」


「へ、へい、まいどあり!」



 露店の店主から銅貨四枚を支払い、肉串を受け取ると、さっそく歩きながら食べる。肉の味は銅貨二枚という低価格だけあってそれなりな味だが、塩をよく効かせてあり、小腹が空いていたことも重なって、レイオールとしては満足のいく味だった。



 ちなみに、ここに来る道中彼は自分が王族であることを悟られないようにするため、言動に細心の注意を払い、地方の村から出てきた敬語も知らない田舎者の少年を演じるように砕けた態度を取っている。



 ただ、見た目は何も偽装しておらず、そのあまりにも整った顔立ちは見る者が見れば高貴な出自であることは明白なのだが、自らの美醜に疎いレイオールは、自分の顔がとんでもない美貌であることを未だ理解していなかった。



 小さい体だが意外によく食べる彼は、二本の肉串をぺろりと平らげると、そのまま冒険者ギルドを目指す。肉串を買うついでに露店の店主から冒険者ギルドの場所を聞いていたので、それほど時間が掛かることなく目的地に到着する。



 冒険者ギルドの入り口には、一枚の盾と二本の交差した剣が重なるような絵の描かれた看板が置かれており、文字の読めない人でも一目でそこが冒険者ギルドだとわかるようになっている。



 扉のない入り口を潜りギルド内に入ると、そこは役場のような雰囲気の場所だった。時間帯が早朝を少し過ぎた朝方だったこともあってか、すでに依頼を受けた冒険者たちが出払った後だったようで、ギルド内に冒険者の姿はちらほらと見かける程度だ。



 それでも数人の冒険者はギルド内で談笑しており、レイオールの姿を見た冒険者が訝し気な表情を浮かべている。そんな冒険者のリアクションを意図的に無視したレイオールは、入り口から見て左手にある一番奥の受付カウンターに足を向ける。



 そこには、レイオールよりも少し年上の少女が受付嬢をやっているようで、胸に付けているネームプレートには“ベティ”と書かれていた。



「いらっしゃいませ。冒険者ギルドへようこそ。本日はどういった……用件、でしょうか?」


「冒険者登録をしたい」


「……失礼ですが、年齢を伺ってもよろしいでしょうか?」


「……? 十歳だけど」



 彼女がレイオールの顔を見た途端、突然年齢を聞いて来たのを不思議がりながらも素直に答えてやると、「この歳で、この美しさ。尊みぃ!」と訳のわからないことを宣っていたが、彼の視線ですぐに平静を取り戻し、さっそく冒険者登録のための手続きを始める。



 冒険者登録は基本的に十歳から可能で、レイオールは年齢的にはぎりぎり大丈夫だった。内心でホッとする彼の前に登録用紙が差し出される。



「こちらの登録用紙に必要事項をお願いします。字が書けなければ代筆も可能ですので、必要ならば言ってください」


「じゃあ、お姉さんが代わりに書いてもらえないかな? 字が書けないからさ」


「わかりました。では、まずお名前からどうぞ」



 受付嬢にそう問われて、レイオールは一瞬頭の中で思考を巡らせた。現状自分は王都にいる家族たちから追われる身になることを予想しており、ほぼ間違いなく自分を連れ戻そうと捜索隊が編成されると考えていた。



 だからこそ、馬鹿正直に今生の名前であるレイオールの名を使えば、確実に捜索隊がすっ飛んでくることは想像に難くない。であるからして、彼は一時的にレイオールの名を捨て新たな名前を名乗ることにしたのだ。



「サダウィン」


「サダウィン様、ですね。では、年齢は十歳ということなので、特技はありますか?」


「剣術と簡単な魔法を少々」


「それはすごいですね。どういった魔法でしょうか?」


「魔法と言っても実践向きじゃないけどね。こういうのだよ。『灯れ』 ……【トーチ】」



 レイオールは今後自分を【サダウィン】と名乗ることを決めた。名前の由来は前世の貞光の“サダ”を異世界によくある名前風にアレンジしてサダウィンとした。



 冒険者になった暁には、モンスター討伐も視野に入れて活動していくため、剣術の心得があるということと、魔法に関しては実践向きではないが使用することは一応できる程度の情報は開示しておくことにする。



「そうですか。では、好きな女の子のタイプは?」


「? それ、冒険者登録に関係ないよね」


「ちぃ、騙されなかったですか……」


「……」



 自然な流れで個人的なことを聞こうとしてきた彼女に呆れた視線を向けていると、突如として彼女の頭が叩かれる。よく見ると、何かの書類を丸めたものを持った妙齢の女性が立っており、どうやら彼女の先輩のようだ。



「何するんですか先輩! 痛いじゃないですか!?」


「真面目に仕事をしないで、ナンパなんてしてるからよ」


「な、なんのことですかぁ~?」


「……どうやら、また叩かれたいようね?」


「うわー! ご、ごめんなさい!!」


「謝る相手は私じゃないんじゃないかしら?」



 そんな漫才のようなやり取りがあった後、改めて彼女が謝罪の言葉を口にする。そして、二人ともレイオールに自己紹介をした。



「私は冒険者ギルドのメリーよ。よろしくね小さな冒険者さん」


「どうも、サダウィンだ」


「ああ、先輩だけズルい! あたしはベティです。歳は十五歳で彼氏はいません」


「は、はあ」



 再びベティの頭に丸めた書類が落とされることになったが、正気を取り戻した彼女が粛々と冒険者登録の手続きを再開したため、なんとか冒険者登録が完了する。



 しばらくして、手渡されたカードにはサダウィンという名前と冒険者ランクという項目の横にJという表記があった。



「では、改めて冒険者ギルドについての説明をさせていただきます」


「あ、ああ」



 彼女の説明によると特に小難しい決まりはなく、犯罪を犯さない、冒険者同士での私闘は控える、非常事態時にはギルドから強制的な依頼が発布されるといったよくあるものだった。



 カードに記載されていた文字については、冒険者には実力に応じて定められたランクが存在し、そのランクによって受けられる難易度の依頼が決まってくると説明された。



 冒険者のランクは全部で十一段階存在し、下から順番にJ、I、H、G、F、E、D、C、B、A、Sとなっており、最初は誰でもJランクからスタートする。



「説明は以上となりますが、何かご質問などはありますでしょうか? ちなみに、あたしの休日は二日後となってますので、デートのお誘いはその日が最適だと思わ――あいたっ」


「いい加減にしなさい! ごめんなさいね。質問がなければ、これで手続きはおしまいよ。ところで、さっそく依頼を受けてみる? 手頃な依頼で薬草採集の依頼があるんだけど」


「そ、そうだね。まずは宿を確保してないから、おすすめの宿があったら教えてほしいかな」



 そんなやり取りがあり、メリーからおすすめの宿を聞いたレイオール改めサダウィンは、再び漫才を繰り広げる彼女たちを尻目に冒険者ギルドを後にした。

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