第二十四話「実験」



「さて、やってみようか」



 迫りくるモンスターを目の前に、レイオールは不謹慎にもワクワクしていた。理由としては、今まで試すことができなかったことが試せるからである。



 この数年の間、彼は毎日魔法の訓練に明け暮れ、城にいる騎士たちとの模擬戦に明け暮れ、自己を鍛錬することを怠らなかった。その結果として、その実力は現騎士団長のライラスよりも、そして宮廷魔導師長のザザックという老人よりも上と噂されてきた。



 この上とされてきたというのは、実際にレイオールはこの二人と模擬戦を行うことを頑なに拒絶していたからである。なぜならば、仮に自分が模擬戦に勝利してしまえば騒ぎになるということと、二人の立場が無くなるという彼なりの優しさだったのだが、かえってそれが噂を増長する結果となってしまったことに加え、本人たちが“殿下には敵わない”と公言してしまったためにレインアーク王国最強はレイオールという噂が流れることになってしまったのだ。



 そんな実力を持つと噂されているレイオールだが、実際のところ自分がどれだけの力を持っているのかは、彼自身もよく理解できていなかった。今まで本気で戦ったことがなく、全力を出す必要がない日々を送ってきたがために起こってしまった必然と言える。



 だからこそ、今回のスタンピードは彼にとっては渡りに船のような出来事であり、初めて本気で力をぶつけることができる機会を与えられたために、実際のところ今のレイオールは某戦闘民族のようにワクワクとしていたのであった。



「『豪火よ。我が魔力を糧とし、顕現せよ。そして、すべてを焼き払え』 ……フレイムインフェルノ!!」



 レイオールが詠唱を始めると、周囲の空気が一変する。それはモンスターたちも同様で、その威圧感に進軍が止まってしまうほどだ。体に内在する全魔力のうちの一割ほどを使用し、上級魔法の一つであるフレイムインフェルノを行使する。



 火魔法の上級魔法の一つであり、その規模と威力は上級と言うだけあってかなりのものだ。そのあまりの威力の高さに、レイオールは今まで表立って使用することができなかった。それほどまでに、この魔法は危険であるということを示唆している。



 彼の手から出現した炎と表現しても差し支えないほどの火の奔流が、モンスターたちに容赦なく襲い掛かる。全力を出していないというのにもかかわらず、超広範囲に渡って被害を及ぼす。



 荒れ狂う火は周囲のモンスターたちを瞬く間に焼き払い、死骸の数を増やしていく。一度に千弱ほどのモンスターが犠牲となり、一人が生み出す戦果としては十二分と言えるほどの効果があった。



「うわー、マジヤバくねこれ」


「じょ、上級魔法……」



 たった一つの魔法で起きた出来事に、いつもの口調からかけ離れた言葉遣いでレイオールが驚愕する。傍にいた魔法兵の一人がそのあまりの威力に呆然とする中、ガストンが口を開く。



「で、殿下。なんですか今のは?」


「火魔法の上級魔法フレイムインフェルノだ」


「上級魔法って……そんな戦略級の魔法を断りなしに簡単に使わないでくださいよ!!」


「そんなことを言ってる場合じゃないと思うんだけどな。とりあえず、次だ」



 レイオールがもたらした魔法によってモンスターたちが恐慌状態に陥る中、更なる追い打ちとばかりに再び彼が詠唱を開始する。



「『水陣よ。我が魔力を糧とし、顕現せよ。そして、すべてを押し流せ』 ……ダイタルウェーブ!!」



 詠唱を終え、彼が両手を前に突き出すと同時に巨大な水の壁が現れる。それが今だ混乱するモンスターたちに向かって津波のように押し寄せ、彼が唱えた呪文の通りすべてを押し流した。



 三メートルを優に超える津波は、モンスターたちの進軍を止めるどころか遥か後方へと追いやり、それと同時に押し流した水の力によりその体力を確実に奪っていく。



 レイオールが今回の魔法に込めた魔力は全体の二割ほどで、先の魔法よりもその効果が大きなものとなっており、それが結果として現れている。



 水といってもその威力は侮れるものではなく、実際にダイタルウェーブによって百や二百のモンスターが物言わぬ死骸となっていることからも、この魔法が及ぼす被害は想像以上だ。



 それでもまだ数千のモンスターが残っており、その大半が中級モンスターで占められている。低級モンスターが進化した上位種やもともとランクの高いモンスターがひしめいており、まともにぶつかれば王都を守る兵士たちでは少なくない被害が出てしまうのは必定である。



「凄いです殿下! やはりあの噂は本当だったのですね!!」


「噂?」


「今のレインアーク王国最強の戦士はレイオール殿下だという噂です」


「誰がそんなことを言ったんだ?」


「皆が噂しております。現に騎士団長であるライラス団長と宮廷魔術師のザザック様が「殿下には勝てない」と仰っていたと」



 ダイタルウェーブの魔法によりモンスターの群れが後退したところで、レイラスがレイオールに称賛の言葉を送る。それと同時に、噂の真相を確かめられたことに対する満足感を得たような表情を浮かべていたが、レイオールにとってはあまり嬉しくない噂であった。



 彼は確かに今まで自分自身の身を護る術を学んでいたが、何も最強を目指しているわけではない。だというのに、周囲では既に最強の存在として祀り上げられてしまっており、彼からすれば“どうしてこうなった状態”になっているのだ。



「それはあくまでもただ噂だ。それに、俺は最強の存在になるつもりはない。最強の戦士はお前の父ライラス。最強の魔導師はザザック。これは変わりはない」


「ですが――」


「そんなことよりも、次の魔法を放つから少し離れていてくれ。次の魔法はちょっと規模がデカくなるからな」



 レイラスの反論を遮るように、レイオールは次の魔法の詠唱を開始する。その魔法に使用する魔力は四割を投入し、ここで一気に陣形を崩しにかかる腹積もりだ。



「『爆風よ。我が魔力を糧とし、顕現せよ。そして、すべてを切り刻め』 ……サイクロンテンペスト!!」


「こ、これは」



 レイオールが呪文を唱えると同時に右手を天へと掲げる。それに呼応するように突如として空が陰り、鼠色の雲に覆われる。そこからすぐに強風が吹き荒れ、数十メートルという大きさの巨大竜巻が出現し、モンスターたちに牙を剥く。



 竜巻に捕らわれた者の体は切り刻まれ、その四肢をバラバラに解体されてしまう。その威力は凄まじく、魔法の効果範囲外にいるはずの城壁までその風圧が届いてしまうほどだ。



 込められている魔力の量もあってか、ほとんどのモンスターの体がバラバラになり、醜い肉塊へと姿を変える。その被害も尋常ではなく、レイオールの放った先のフレイムインフェルノやダイタルウェーブなど比ではないほどに甚大なものとなっている。その数は五千を下らないほどだ。



 サイクロンテンペストの魔法効果が切れる頃には、まともに動けるモンスターは五百以下となっており、その種類も足の遅い低級モンスターたちだけとなっていた。



「やりましたよ殿下! 残っているモンスターは低級のモンスターばかりです」


「……いや、最後に親玉が残っているようだ。あれを見てみろ」


「……あ、あれは。ま、まさかジャイアントオーガ!?」


「最後にとんでもない奴が残っていたらしい」



 そこに現れたのは、一つ目を持った巨人だった。その大きさは軽く六メートルを超えており、王都の城壁からでもその大きさが理解できるほどの巨体を持っている。



 その表皮は岩よりも固く、ありとあらゆる物理的な攻撃を受け付けないほどの硬度を持ち、その巨体から繰り出される攻撃は人間程度であればたったの一撃でオーバーキルされるほどの威力を有している。



 濁り切ったピンク色とも薄い茶色とも見て取れる肌色をしており、その凶悪な顔には理性よりも殺戮と破壊の意志を宿していた。



「グオオオオオオオオオ」



 まだ数百メートル以上離れているというのに、その威嚇のような雄たけびは鼓膜を突き破らんとするほどに彼らの耳に届いた。



 兵士たちがその姿に絶望する中、レイオールは体の状態を確かめながら一つ息を吐くと、驚愕しているレイラスとガストンに向けて言い放った。



「じゃあ、ちょっとあいつと戦ってくるから。そういうことで」


「えっ? ちょ、で、殿下!?」


「戦ってくるって、どういうことですか!?」


「こういうことだよ!!」



 レイオールは狼狽えている二人を置き去りにするかのように、十数メートルはあろうかという高さから飛び降りた。地面に降りている最中二人の悲鳴のような叫び声が聞こえてきたが、今はそんなことを気にしている場合ではないため、彼らの言動を黙殺するかのように大地へと降り立つ。



「さて、魔法の実験はこれくらいにして。次は肉体的な実験に移ろうか」



 こうして、ジャイアントオーガとの戦いの火蓋が切って落とされるのであった。

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