第六話「国王、息子の助言を実行に移す」



「それでは、今後についての対策会議を始めます」



 レイオールからの助言を受けた国王は、すぐさま臣下たちを召集した。宰相のマルクスの宣言で始まった会議は、相も変わらず不毛な議論が飛び交うだけのただの罵り合いの場の様相を呈している。



「だから、それでは我が国が他国から侮られることとなってしまうと言っている!」


「この非常時に国としての体裁がなんだというのだ! このままでは国自体が無くなってしまうかもしれんのだぞ!!」



 国の上層部である貴族達が、少しでも損をしないよう保身のための言動を聞きながら、国王は内心でため息を吐く。今こうしている間も、守るべき民の命が失われているというのにだ。



「静まれい!!」



 国王の重々しい言葉が、会議室に響き渡る。未だ二十代前半の若造とはいえ、纏っている雰囲気は国の頂点に君臨するに足りるほどの風格を有しており、それは言い争っていた貴族達を黙らせるのには十分なものであった。



 その場にいる全員が黙ったのを確認した国王は、改めて周囲に言い聞かせるように口を開く。



「良いか。貴様らがそうして保身に走っている間も民の命が失われ、救えるはずだった人々が死んでおるのだぞ! 民の命を預かる身として恥ずかしくはないのか!!」



 国王の𠮟責に貴族達は返す言葉もない。自分だけは助かりたい、自分さえよければそれでいいとばかりに言い訳をし、民のことを重んじた発言をしなかったのだから。



 貴族達が押し黙る中、国王は一つため息を吐くと、彼らに向かって語り始める。



「此度、余が貴様らを呼んだのはそんな下らない議論をさせるためではない。今起きている事態の収拾のための対処をさせるためだ」


「陛下。それはどういうことでしょうか?」


「うむ。今から余が考えた策を貴様らに実行してもらいたい。その策をもって事態の収拾を図る」



 国王の言葉に、その場を代表してマルクスがどういうことだと投げ掛けくる。その問いに国王が答え、その言葉を聞いた貴族たちは感嘆の声を上げる。不毛な話し合いだった会議に一筋の光が差したことを理解したからだ。



「その策とは?」


「うむ。まずは流行り病についてだが……」



 そこから、国王は息子であるレイオールから助言されたことを事細かに伝えた。それはあくまでも国王自身が考えついたということにしてだ。



 国王が提示した今まで聞いたこともない策に半信半疑の貴族達だったが、現状を打開できるような具体的な策が上がっていない以上、国王の策は一考の価値があったのだ。



「以上が今回の一件についての対処法である」


「流石は陛下。このマルクス感服いたしました」


「世辞はよい。それよりも、先ほど伝えたことを一刻も早く実行するのだ!」


『御意』



 国王の言葉に全員が臣下の礼をとり、すぐに会議室をあとにしていく。貴族達がいなくなった会議室には、国王と宰相のマルクスのみが残された。



「陛下」


「マルクス。兵士たちを集めろ」


「それは一体どういう――」


「頼んだぞ」



 マルクスの問いに答えることなく、国王は会議室をあとにする。一人残されたマルクスは、訳のわからないまま指示されたことを実行するべく歩き出すのだった。





 ☆ ☆ ☆





 会議室での出来事から数時間後、場内の広場には一万を超える膨大な数の兵士が整列していた。彼らがその広場に呼び出された理由を理解しておらず、一体何が起こっているのかわからないといった状況だ。そんな中、突如として広間に男の声が響き渡る。



「兵士諸君。今から国王陛下直々のお言葉を賜る。各員傾聴し、そのお言葉をしかと胸に刻め」



 そう宣言したのは、この国の宰相であるマルクスだった。その声は整列していたすべての兵士の耳にはっきりと聞こえる。普通であればそんなことは不可能なのだが、それを可能にしているのがマルクスが持っている魔道具だ。地球で言うところのマイクや拡声器として使われるそれは、こういった場で遺憾なくその性能を発揮している。



 実質的な国のナンバー2の言葉と、国王の直接の言葉ということに兵士たちに動揺が走る中、国王が兵士たちの前に姿を現す。すべての兵士を見渡せることができるほどに高い位置にいる国王の目には、我が国が誇る屈強な兵士たちの姿が目に映った。



「勇猛なる兵士たちよ。此度の急な召集に答えてもらい感謝する。我が国では現在、食糧不足による大飢饉と流行り病が横行していることは知っていると思うが、諸君らを召集したのは他でもない。我が国が抱える問題を解決するため、畑仕事に従事してもらいたいのだ!」



 国王の突然の懇願に、その場にいた兵士たちは困惑の表情を浮かべる。兵士の主だった仕事は拠点の治安維持であり、決して土いじりなどではではないからだ。



 兵士の中には住み慣れた土地を離れ、民や国を守護するという崇高な目的のために兵士になるものも少なくない。そんな中、突然“畑仕事をしろ”という命令を国の頂点である国王が出したことに、少なからず兵士としての自尊心を傷つけられたのだ。



「畑仕事って、あの畑仕事だよな?」


「えぇ……どういうことだ?」


「俺らは役立たずだから、農民でもやってろということか?」



 兵士の間で動揺が広がる中、国王の言葉はさらに続いた。



「勘違いしてはならぬ。決して諸君らが日頃の役目を果たしておらぬから、このようなことを言っているのではない。諸君らの力を借りねばならぬほどに切迫した状況だということだ」



 国王の言葉を受けても兵士たちの困惑は消えない。だが、その感情がすぐに消え失せてしまう出来事が起こった。



「なっ、へ、陛下! 何をなさっているのですかっ!?」


「……」



 その場にいたすべての人が見た国王の姿は、驚愕に値するものであった。腰の高さほどある石製の塀に国王が両手を付き、頭を下げていたのだ。



 国の頂点に君臨する国王という存在は、滅多なことでは頭を下げない。国王としての威厳や立場がそれを許さないからだ。そんなことを公衆の面前で行えば、侮られいらぬ厄介事を抱える可能性も少なくない。それほどまでに国王が頭を下げるという行為は、あり得ない状況なのだ。



 国王の傍らで焦った声を上げるマルクスの声を聞きながら、彼は脳内でレイオールがくれたアドバイスの言葉を反芻していた。



“兵士に畑仕事を頼むときは、頭を下げてください”何故かと問えば“その方がいいからです”という曖昧な答えが返ってくる。



 それを聞いた時は半信半疑だった国王だが、人生で初めての子供の我が儘の一つや二つ聞いてあげるほどには、国王はレイオールに対して甘かった。国王という肩書の前に、彼は一人の父親でもあるのだ。



「頭をお上げください陛下! 貴方様がこのようなことをされる必要などないのです!!」


「……国とは、人なのだ」


「は?」


「国とは人なのだ。マルクス」



 国王の言葉にマルクスはぽかんとした表情を浮かべたが、そんなことなど関係ないとばかりに国王は続ける。彼の脳内では息子の言葉が再生されていた。



「何故にそこまでする必要があるのだ?」


「父さま、国とは人なのです」


「国とは人?」


「仮に王族貴族が死に絶えたとしても、民が生き残ってさえいれば国としては生き続けます。逆に民が死に絶えてしまえば、王族貴族がいたところで国としては死んだも同然。我々王族や貴族は民の上に立つ存在ですが、決して自身の足で立っているわけではないのです。民たちによって立たせてもらっているのです。そんな立場の人間が、その立場に立たせてくれている相手に頭を下げるのは当然なのです」





 ☆ ☆ ☆





「……その立場に立たせてもらっている相手に頭を下げるのは当然なのだ」


「……」



 レイオールの言葉を借りて、国王はマルクスに説明する。当然ながらその声は、魔道具を通じて兵士たちの耳にも届いており、マルクスと同じように呆然としているようだ。



 彼らが状況を飲み込めずにいることもお構いなしに、国王は頭を下げたまま言葉を紡いだ。



「兵士たちよ。今我が国は未曾有の危機に晒されている。だが、余一人の力ではどうにもならない。諸君らの力が必要なのだ。この危機を打開するために、その力を貸してはくれないだろうか? これは国王としての願いだけではなく、この国に属する人間としての願いでもある。力を貸してほしい!」



 国王の言葉が広場に響き渡る。そんな国王の言葉とは裏腹に広場は不気味なほどに静まり返っていた。だが、そんな状況はすぐに一変する。



 ――ガシャガシャガシャガシャ。



 突如として、金属が何かに当たるような音が広場に響き渡る。それは鉄製の装備を身に付けた兵士たちが膝を折り平伏するときに出た音であった。



 兵士たちの行動にマルクスが驚愕していると、国王の身辺警護をする近衛騎士たちも同じように膝を付いて平伏しているのが目に飛び込んできた。



 自分以外の人間が、たった一人に平伏しているという状態に居心地の悪さをマルクスが感じていると、感極まったのか平伏する兵士の一人が割れんばかりの声を張り上げた。



「国王陛下万歳! レインアークに栄光あれ!!」



 その叫びを皮切りに兵士たちが思い思いの言葉を口にする。ある者は国王に頭を上げて欲しいと懇願し、またある者はこの命に代えても与えられた任務を全う致しますと決意表明する。その場にいる者すべての共通認識は一つ、“この人のために力になりたい”であった。



 元々国王に対しての忠誠心はそれなりにあった兵士たちであったが、この一件でその忠誠心がうなぎ登りに上昇し、メーターを完全に振り切ってしまっていた。常に国王のそば近くに仕えている忠誠心の高かった近衛騎士に至っては、忠誠という言葉では生温いものであり、崇拝に近い状態にまでなっていた。



「陛下。そろそろ頭をお上げください」


「うむ」



 これ以上国王に頭を下げさせるわけにはいかないとばかりに、マルクスが国王の両肩に手を添えて上半身を押し上げる。添えられた手の力強さを感じ取った国王は素直にそれに従った。



 体を起こした国王は、歓声を上げる兵士たちを見回すと、片手を突き出し“静かにせよ”という意志を見せる。その瞬間先ほどまでの歓声が嘘のように兵士たちは静まり返り、国王の言葉を今か今かと待っていた。



「諸君らの決断に感謝する。共にこの国のために戦えることを余は誇りに思う。レインアークに栄光あれ!!」


『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』



 国王がそう宣言した瞬間、割れんばかりの大歓声が響き渡った。それは怒号となって王都中に響き渡り、事情を知らない国民たちは何事かと一時騒ぎになるほどであった。



 言いたいことを言い終わった国王は、そのまま踵を返して兵士たちの前から姿を消した。普段使用している執務室に戻る際、近衛騎士たちが尊敬の眼差しで見ていたが、国王は気付かないふりをした。そして、心の中でぽつりとつぶやいた。



(まさか、こんなことになろうとは。これをあらかじめ予想した上で俺に助言したのなら、やっぱ俺の息子って天才なんじゃないか?)



 国王としては、ただ息子が助言した通りのことをやったまでであって、そこに自分の意志はない。だからこそ、余計に自分の息子の凄さを自覚することに拍車をかけてしまっていたのだ。



 こうして、レイオールの些細な助言から事態は大事へと発展していくのであった。周囲にとんでもない勘違いをもたらしたまま……。

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