第五話「レイオール、国王に助言する」
レイオールがこの世界に生を受けて、三年の時が経とうとしていた。その期間彼が何をしていたのかといえば、やはり情報の収集と魔法の知識を取り入れることだ。
未だ未成熟な体では思うような活動ができず、しかも日中の間は過保護といってもいい程に監視の目があり、レイオールが自由に動けるのは主に使用人が寝静まった夜だけであった。
そして、その短い時間ではあるものの、その時間を確実に有効利用してこの世界の知識や常識などを吸収していき、ある程度は理解できるようになってきていた。
この世界の言語や文字が、前世の日本の言語や文字とまったく同じだったということも、この世界の知識を収集する速度に一役買っていた。
そんなレイオールも三歳となり、歩くことや言葉を話せるといった基本的なことができるようになっており、自分の意志を相手に伝えたり好きなところに行くことが簡単に可能となった。
魔法についても、魔力の操作は相変わらず続けており、今では無意識の状態でも自由自在に体内の魔力を動かすことができるようになっていて、そのお陰かはわからないが魔法については中級の魔法にまで手が伸びていた。
そんな順調な日々を送っていた彼の元に、突如としてある問題が降り掛かってきた。それは、彼がいるレインアーク王国に近年稀にみる大飢饉が発生したのだ。
すでにその被害は国全体に及んでおり、少なくない人々が飢えによって死に絶えている状況だ。事態を重く見た国の上層部は、対策を講じるために連日遅くまで会議を行っているが、具体的な妙案など思いつかずただ無駄に時間が経過していた。
「父さま、大変だね」
「そうだぞ息子よ。父は今大変な時期なんだぞ」
そんな折、気分転換と称して部屋を訪れた国王から国の現状を聞いたレイオールは、内心で呆れていた。それは父が無能だからという理由ではなく、それほど危機的な状況にあるのにもかかわらず、気分転換とはいえ息子である自分に会いに来る父親のお気楽さにである。
そうはいっても、この忙しい時期に時間を見つけて会いに来てくれる父を無下にできる息子などいるはずもなく、彼の愚痴を黙って聞くだけに留めていたレイオールだったが、話を聞くと状況的にかなりまずい状態であることが理解できたため、少しだけ助言のようなものをすることにした。
「父さま」
「ん? どうした息子よ」
「どうして食べ物がないのですか?」
「ああ、どうやら今年は大麦や小麦の収穫量が凶作だったようでな。それに加えて、流行り病によって働き手が動けなくなったことで更に収穫量が減ったようだ」
「なるほど」
この世界の主食は、大麦や小麦などを使ったパンとなっているのだが、パンの原材料となる大麦も小麦も不作によって必要な量が確保できていない。更にその状況を見た商人たちが、原材料である大麦や小麦はもちろんのこと加工品となった商品も軒並み高騰させてしまったため、流通量が極限にまで減ってしまっていた。
商人たちとて国に所属する国民の一人であるため、日々の生活で食料の重要性は十分に理解していることだろう。だが、一部の悪徳な商人の手によって流通量の減った食料品の価格が吊り上げられてしまっているため、善良な商人が行動を起こそうと思っても、一度高騰してしまった価格の流れは変えることができないのだ。
それとは別に、大麦と小麦の不作以外にも流行り病が蔓延してしまったことによる労働力の確保ができないということも問題で、仮に不作の問題を解決したとしてもそれらを育てるための労働力の確保ができないため、この大飢饉を抜け出すのは容易ではなかったのである。
(不作の原因はなんとも言えないけど、流行り病は手洗いうがいの徹底で減少させることができるんじゃないかな)
まずは労働力を奪っている要因である流行り病をなんとかするべく、レイオールはその対応策を国王に話した。
「父さま、流行り病については手洗いとうがいである程度は予防できます」
「手洗いとうがい?」
「はい。まず外から帰ってきたら手を洗って、それからうがいをするんです。それだけで病気に罹る可能性がぐっと下がるはずです」
「ふーむ」
レイオールの言葉に、なぜそのようなことを知っているのかという疑問を覚えた国王だったが、もしそれが本当に有効な手立てであれば、一考の余地があると彼は顎に手を当てながら唸る。
頭の中でレイオールの言ったことを考えていると、さらに彼の口からとんでもないことを告げられる。
「それと大麦や小麦の不作ですが、おそらくは連作障害というものが原因だと思います」
「れんさくしょうがい? それは一体なんだ?」
「連作障害とは、同じ作物を同じ場所で栽培し続けることによって土壌の状態が変化し、収穫量が減ったり病気になりやすくなってしまう状態のことです」
「そのようなことが……」
この世界の文明力はそれほど高くなく、精々中世ヨーロッパ程度のものでしかない。そのため、連作障害などというものがあること自体を知る人間など皆無であり、その対策を講じることができる者もまた誰もいない。
しかし、前世の記憶を持っているレイオールならば、その原因と対処法を詳細でなくともある程度知っているため、今回はそれを大いに活用することにしたのである。
「肝心の対処法は至って簡単で……あ、父さまあそこにある本を取ってきてください」
「む、あれか」
わかりやすく説明するため、レイオールは国王に机の上にある本を取ってきてもらった。そして、それを四つ並べると説明を始めた。
「いいですか。この四つの本の一つが小麦畑の一面だと思ってください。通常であれば、この四面すべてで小麦を育てます。それはわかりますよね?」
「ああ、今までずっとそうしてきた」
「ですが、それだと先ほど言った連作障害によって収穫量が減るばかりか、最悪の場合作物が病気になってしまう可能性もあるのです」
「なんと」
「そこでこうします」
レイオールは、小麦畑に見立てた本を使って国王に詳細を説明する。四面あるうちの二面は、そのまま小麦畑を育て残りの二面は別の作物を育てる。すべての作物を収穫したのち、小麦を育てていた面を他の作物を育てていた面と交換する形で再度栽培するという方法だ。
この方法で気を付けなければならないのは、小麦とは別の育てる作物が、同じように連作障害を引き起こす可能性のある作物を栽培するときには注意が必要だということだ。
「父さまはこのような作物を見たことがありますか?」
「これは【ナピー】という豆だな。こっちは【ポテ】という芋だ」
「では、このような雑草に心当たりは?」
「これは【バロク】という雑草だが、これがなんだというんだ?」
次にレイオールが国王に質問したのが、大麦や小麦以外に育てる作物があるかどうかという確認だ。彼は手元にあった本の何も書かれていないページに、大豆とジャガイモの絵を描いて見せたあと、さらにクローバーの絵を描き、それも国王に見せたのである。
そして、先の国王の返答を受け、レイオールは内心で“よっしゃ、勝った!!”とガッツポーズを取った。自分が思い描いた対策が、これでなんとかなるかもしれないという曖昧なものから、なんとかなるという確信に変わったからだ。
それから、レイオールはできるだけわかりやすく国王に連作障害に対する対処法をレクチャーし、なんとか理解してもらえた。同じ畑で連続して同じ作物を育てなければ連作障害は起きにくいため、最悪理解できていなかったとしても、育てた作物とは別の種類の作物を育てるというルールさえ守れば問題はないのだ。
「うーん、息子よ。そのような方法一体どこで覚えたのだ?」
「父さま、今はそんなことよりも一刻も早く行動せねばなりません。それと、先ほどの対策を講じる際の労働力ですが、兵士を使ってはいかがでしょうか?」
「兵士だと?」
国王の追求をはぐらかし、レイオールはさらに畑の作業をする人間として兵士を使うことを提案する。本来、畑で作物を育てるのは村人の仕事であるが、現時点で流行り病により村人による労働力が確保できない。そこで白羽の矢が立ったのが、国を守る兵士たちである。
兵士の本来の仕事は街や都市といった重要拠点の治安維持だったり他国からの侵略から拠点を防衛することであるが、現在必要な人材は確保できており、正直なところ暇を持て余している者が少なからず存在する。他国からの侵略があれば迎撃するための戦力として大いに頼もしいが、有事の際以外では余剰なものでしかない。
だが、村人から労働力を確保できない現状、兵士をその労働力とすることで十分な人材を確保できるというわけだ。それに加え、日々鍛錬をしている兵士たちは屈強な者が多く、村人と比較して流行り病に罹患している者も少ないため、派遣した先で流行り病に感染するというリスクも少ないのだ。
「今は戦争を仕掛けてくるような国もないですし、国民のために矢面に立つという意味ではなんら変わりありませんから」
「ははははっ、それは盲点だったわ。……わかった。さっそく宰相たちを召集して先ほどの話をしてみよう」
「父さま、その話し合いの際、先ほど話した内容は父さまが考えついたものということにしておいてください」
「何故だ?」
「その方が何かと都合がいいのですよ。僕にとっても、父さまにとっても」
「……(この歳で、そのことを理解しているとは)」
仮に国王に伝えた対策が、第三者からもたらされたものだということを他の人間に知られるとどうなるのか。答えは、取り込まれるか排除されるかの二択だ。
取り込まれる方については、その能力を自身のものとして利用しようとする者が必ず現れる。例えそれが王族であったとしても例外ではない。
次に排除される方だが、その能力を脅威と見なされ、今後のことを考えていなくなってもらった方が賢明だと判断された場合、あらゆる手段を使って排除に乗り出すだろう。
今回の場合、その第三者が王太子であるレイオールであることから、どちらかというと取り込まれる可能性が高い。そして、そこから本人たちが望まずとも、親子同士で王位の継承権を争うことになりかねないのだ。
前世で財閥の跡取りという肩書を持っていたレイオールにとって、その可能性を考えるのは至極当然のことであったが、そのことを知らない国王からすれば彼が神童に見えてしまうのは仕方のないことだ。故に……。
(どうやら、レインアークは安泰のようだな。流石は俺の息子だ)
などと勘違いしてしまうのも無理からぬことで、自身の息子の優秀さに顔を綻ばせていた。そのあとも、いろいろとレイオールに細かい情報を聞き終えると、彼の部屋をあとにした。
こうして、少しの助言をするつもりだったレイオールが、類まれなる才覚を持っているという勘違いをされ、次期国王として周囲の期待を受けてしまうという、彼にとっての受難の始まりであった。
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