別れと声

 一日、二日。

 そう過ぎていく時間は僕にとって焦りにしかならない。

 いつもの場所。桜の下で、僕は待ち続けた。


 携帯は一向に鳴らなくて、僕はあれだけうるさく思っていたあの音を求める。

「鳴ってくれ…」

 彼女から連絡が来たのは彼女がいつもの場所に来なくなってから1週間経った雨の日だった。


 携帯を握りしめて僕は走った。

 傘も持たずに雨に打たれながら必死に。

 辿り着いた場所はあの場所ではなく、葬式場だった。


 僕が一番恐れていたことが起きたのだ。

 ねぇ、君はなんで言ってくれなかったんだい?


 無機質な機械音を聞いた僕は真っ先にその機械を手に取った。

 その機会から発せられた音は、その声は、あの子のものではなかった。


「もしかして○○君ですか?

 ○○の母です。

 生前は娘がお世話になりました。

 今日、明日で葬式と通夜をやるんです…

 来られませんか?」


 それからのことは覚えていない。

 雨の中を走って彼女の母親から教えてもらった葬式場へと向かった。


 シャツがベッタリと肌にくっつく。

 ぐしゃぐしゃの身なりのまま、大人たちの静止をくぐり抜け彼女の元へ行った。


 彼女はもう温かくなくて、笑ってなくて、僕の名前を呼ばない。

 そして、深い眠りについていた。


 僕は声を出して泣く。

 目を覚ましてくれ、と。

 笑ってくれ、そう願って。


 それから淡々と葬儀は進む。

 彼女の葬式はとても暗くて、寂しい。

 そして何より、辛かった。


 彼女の両親の顔は涙で濡れている。

 それなのに彼女の顔は、安らかだった。


 火葬される前。

 僕は彼女の両親に頼み込んだ。


「彼女にお別れの挨拶をさせてください。

 彼女と初めて会ったあの場所で、

 彼女にお別れを告げたいんです。」


 そういうと彼女の両親は泣きながら

「娘を大切に思ってくれてありがとう」

 そう言って僕と彼女を送り出してくれる。


 そして、僕は彼女に伝えた。

「君に初めて会った日。

 君がいなくなってしまう気がして、話しかけたんだ。

 初めて会ったのに君がいなくなってしまうのがとても怖くて、

 仲良くなって行くにつれて段々不安になっていくんだ。

 居なくなるんじゃないかって。

 そして君は居なくなった。

 ねぇ、戻ってきてよ。会いたいよ…」


 もう桜は散っていて、ないはずの桜と君がそこにはある。

 僕は柄にもなく声を出して泣いた。

 そして伝える。


「伝えるのが遅くなってしまったけど、ずっとずっと好きだった。愛してたよ。咲良」


 その言葉の後、僕には聞こえた。

 彼女の声が…

「私も愛してたよ、」

 そう優しく言う彼女の声が。

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