人生を楽しむヒント「グローバル料理」

@hito0121change

えっなぜ?あっそうか!

「ここはテストに出やすいから注目だぞー」


これは生徒たちにより注意を向けてほしいときに発する言葉の一つだ。いつものように野々村健太ののむらけんたは授業をすすめる。大学を卒業し4年がたった今、教えることの難しさや今年度から担任するクラスの運営の大変さを実感している。それでも日々子どもたちは学校に来て勉強を頑張っている。先生である自分が逆に励まされている思いもありもっと先生として成長しなければと思いつつ、どうすれば良いのかはっきりしないまま、毎日を過ごしているのだ。


この日も担任である2年1組の社会の授業も中盤、生徒たちの注意力がなくなってきたところで「テスト」という言葉は注意力が高まる言葉の1つであり、よく使う言葉だ。


「何か質問はあるかい?」

自分の問いかけにいつものように藤田航生ふじたこうきが真っ先に手を挙げた。藤田はクラスのリーダー的存在だ。騒がしいときもあるがいろいろな考えを周りに及ぼしてくれる。藤田の母親は勉強に熱心でテスト結果もテスト後すぐに確認に学校へ来ることもあるくらいだ。


「藤田、どうした?」

「先生、どうして勉強をする必要があるんですか?」


この質問はよく出る質問だ。特に勉強が大変だったり勉強が面倒だと感じる生徒からよく出る質問だ。でもこういう質問に先生としても大人としても1人の人間としてもどう答えるのかは大切だと思っている。


「藤田はどうして勉強しているんだ?」

「やりたくないけど、みんなやってるし、やらないと怒られるし、自分が困るし・・・」

「自分が困るというのはいつ困るのかな?」

「授業も分からなくなるし、成績が悪くなるし、ましてや高校に入れなくなったときに困ります」

「他の人はどう思う?」

「先生」

田代奈美たしろなみが手を挙げた。田代はいつもクラスの雰囲気をつかみうまく物事が進むように動いてくれる生徒だ。

「田代、どうした?」

「私は自分のために勉強しているんだと思います。将来自分が困らないため、将来に向けて必要な力をつけるために勉強しているんだと思います」

「他に何か思うことがある人はいるかい?」

見渡したが手を挙げそうな生徒はもういなさそうだ。クラスの一番後ろには浅田美緒あさだみおがいる。浅田は普段からほとんどしゃべらない無口な生徒だが、絵が上手でいつも描いている。自分が先生としてこの生徒に何か教えられているのかどうか自分でも分かっていない。だからこそどう思うか興味はあるが話に参加していないかもしれないと思ったため聞くのはやめておいた。


「藤田も田代もいい意見だ」

「先生、いい意見というのは当たっているということですか?」

藤田が声を上げた。

「当たっているともいえるし当たってないともいえる」

「どういうことですか?」

「藤田は今や近い未来をみて答えているし田代は将来を見て答えている。だから当たっているともいえる。でも今も含め将来のことはどうなるかは誰にも分からない。だから勉強がいつどのように役立つのかは分からないということだ。ただ役立つように勉強で習った知識を利用したり学ぶ方法を他のことに生かしたりすることを心掛ける人は必ず役に立つものだ。だから今から役に立たないからやりたくないというのは自分の可能性を狭めてしまうことになりかねないんだ。勉強は思っているより楽しいものだぞ。藤田分かったか?」

「なんとなく・・・」

授業後いくつかの質問もあったがまた今度続きをクラスで話をすることにして今日の授業は終了になった。


今日は授業が終われば部活もないのでそのまま帰宅できる日だ。職員室に戻り帰りの支度をしながらふと自分の生い立ちについて頭をよぎった。


正直いうと自分自身小さいころから勉強が得意という意識はないし好きだったという意識もない。両親が先生だったため大きくなったら先生になるのかなぁという思いは胸の中にはあったのかもしれないが・・・。それでも両親をずっと見てきて感じるのは「忙しい、大変そう」というネガティブな感情だ。自分にできるのかという思いも強かった。忙しい両親にかわって小さいころは祖母が自分の世話をしてくれた。学校から帰ってきてからのおやつや夕飯の準備などほとんど祖母がやってくれた。学校の宿題を手伝ってもらったこともある。ただ祖母に怒られた記憶はほとんどない。それどころかなにごとも決めつけることなくどんなことでも自分の意見を求め自分の意見を尊重してくれた。そしていろんなことを実際にやらせてくれた。学校から帰り「宿題やりたくない」と自分が言うときには「じゃあいつやる予定なの?」と意見を求めてくれたり「やらない」と言っても「やらなかったらどうなるの?」と今だけを見ている自分の目線を未来に自然と向けられるような言葉をかけてくれた。本当にその生活がなかったら今の自分はないと断言できる。もしかしたら先生になったのも両親だけでなく祖母みたいな人間になり祖母みたいに人に接することができるような人間になりたいという思いがあったのかもしれない。


そんな大切な祖母は自分が大学4年生のときに亡くなった。その前から体調が悪いということは聞いていたが突然だった。

「おばあちゃんが病院に運ばれた」

母親からの知らせを受けすぐに帰省し病院に向かった。祖母はすでに病室で意識がなくなりそうな様子だった。声もかけ続けたが最後は静かに息を引き取った。祖母がリンパ腫にかかり何年も闘病していたことを最近知った。祖母は自分に心配かけないようにと知らせずにいたらしい。また生前は「健太が先生になった姿が見たい」というのが口癖だったらしい。残念ながらその姿を直接見せることはできなかったが、自分が理想とする先生は祖母のような人間だ。だからこそ今の自分とのギャップに悩んでもいる。


よし、今日は気分転換も兼ねて夕飯は外食にしていろいろさがしてみようと思いながら学校をでて帰路についた。今の自分の趣味は食べ歩きだ。

嫌いな食べ物は特にないが唯一苦手なのは辛いものだ。


いつもより2つ前の駅で降りて今日の夕飯のお店をさがした。すると本通りから少し入った細い道に見たことのない店があった。


店の名前は「CHANGE」。


洋食?なのかどうかも分からなかったが店構えが気に入ったので入ってみることにした。


「いらっしゃいませ」

店に入ると落ち着いた声が聞こえた。店の中はテーブルが4つのこじんまりした洋食屋さんだった。時間が早かったせいもありまだほかにお客さんはいなかった。

テーブルに座りメニューをさがしたがなかった。

「すいません」

メニューをもらおうと思って声をかけた。

「何でしょうか?」

「メニューがないんですが・・・」

「すいません、当店はテーブルの横のQRコードを読み込んでいただいて注文してもらうシステムとなっています」

「分かりました」

初めてだった。QRコードを使う店は珍しいと思いながらスマホを出して読み込んだ。すると画面に意外な言葉が出てきた。


『メニューを決定します。次の3つの質問に答えてください。』


メニューを決める質問??意味が分からなかったが次へ進み質問に答えていった。


【食べられないものなどがあれば入力してください】

食べられないものはないが苦手なので『辛いもの』と入力して次を押した。


すると2つ目の質問が出てきた。

【あなたはどんな人になりたいですか?】


正直、この店が怪しく感じて怖くなってきたが、どんな料理が出てくるのだろうという興味が大きくなっていたので質問に答えた。

『人に寄り添える人になること』と入力。


すると最後の質問。

【あなたが尊敬する人は誰ですか】

その質問の答えとしてすぐに浮かんだ人を入力した。

するとおすすめメニューが現れた。



<おすすめメニュー>

*すべてのメニューにライスorパンとスープがつきます。

値段はすべて880円(税込み)です


1:『ギョッザ』…餃子とピザを合わせた料理。

2:『ギョーば』…餃子とそばを合わせた料理。

3:『ぎょーとん』…餃子と豚汁を合わせた料理。

4:『ギョーレー』…餃子とカレーを合わせた料理。

5:『ギョー料理盛り合わせ』…1~4のすべてを1つずつ。



変な料理だなぁ、第一印象はこれだった。【他のメニューにする】というボタンもあったがせっかくなので、5:『ギョー料理盛り合わせ』を頼んだ。1~4の料理の盛り合わせということらしいが、そもそも1~4が何か分かっていない。


頼んでから料理が届くまでの間、店の中を見渡した。なんとなく落ち着く雰囲気で懐かしい感じがした。暖かい雰囲気がこの店のコンセプトなのかもしれない。


思ったより早く料理が出てきた。料理を運んできた店員さんによるとメインの皿の左から

それぞれ2つずつギョッザ、ギョーば、ギョーとん、ギョーレーとのことだった。


すべて餃子の皮に包まれている。見た目に違うのはまず色だ。ギョッザの色はうすい赤色、ギョーばの色はうすい緑色、ギョーとんはうすい茶色、ギョーレーはうすい黄色だ。


まず『ギョッザ』から食べてみた。ギョッザに包まれている皮は少し赤い色をしている。ケチャップのようなつけだれにつけて食べるらしくつけて食べてみた。一瞬、うん?という感じになったが、すぐに「うまい」と脳が反応した。見た目が餃子なので予想外の味に脳がビックリしたみたいだ。予想外の味と食感だったが味の組み合わせもはっきり感じた。皮の赤色は皮に練り込んであるトマトペーストだ。中身はピザにのせる具やチーズだ。トマト風味のもちもちの皮とチーズのうまみが合わさりピザともちがう感覚で味わえた。


つぎは、『ギョーば』だ。今度は餃子に包まれている皮は少し緑色をしている。さっきとはちがい今度はめんつゆのようなつけだれにつけて食べた。今度はもちっとした皮からちがう風味を感じた。「そばだ」と感じた、そばが皮に練り込んである。中身もそばがきと小さく刻んだ大根。これは自分の好みに合う味だった。そばの風味と大根の食味またそばとは違う食感を存分に味わった。


3つ目は『ギョーとん』。名前からは想像できない。今度は見た目はほぼぎょうざだが味はきっと普通ではないことはこの前の2つで脳が理解している。とりあえず食べてみた。今度はつけだれはなしとのこと。食べた瞬間、口の中に広がったのはまさに豚汁だ。ぎょうざの皮に包まれた豚汁。ぎょうざの皮にと豚汁が染みていてしっかり全体が調和している。

ぎょうざの皮の中身はしっかり豚汁だがどのように包んだのか?という疑問もある。たぶん豚汁を小さな容器で凍らせてそれを包んで焼いたのかもしれない。どうやらゆでたうどんの上に焼いたギョーとんをのせて食べるメニューもありそうに感じた。懐かしいさと新しさが混ざった味だ。


最後は『ギョーレー』だ。うすい黄色とにおいから何が包まれているのかはすぐに分かった。食べてもみてやはりカレーだ。焼かれた厚い皮につつまれているためか普通のカレーとは違う食感や食べ合わせに感じた。ご飯がなくて十分にメインになるものだと感じた。カレーはもちろん辛くはなく事前の質問がしっかり反映されていた。


興味が出たせいか、出されたものを一気に食べてしまった。なんとなく入った店だったがまた来たいと思う店になった。しかし1つ疑問が残っている。なぜ自分にこの料理がおすすめになったのかということだ。質問からしてぎょうざが好きという答えになるようなことはなかったし自分の姿かたちでぎょうざが好きであることを判断することは不可能だ。


しかしぎょうざについて考えてみると小さいころの思い出がある。忙しい両親の帰りを待ちながら、祖母と夕飯の準備でぎょうざをつくったことが何度かある。祖母に包み方を習い一緒に包んで両親とともに一緒に食べた記憶だ。


ぎょうざで具を包むのは慣れないと大変だ。それでも祖母は自分にもやらせてくれた。

「健太、欲張ってたくさんの具を詰めようとして包むのではなく食べてくれる人の食べやすい大きさでつくるんだよ」と教えてくれたことを覚えている。つくったぎょうざを両親が「おいしい」といって食べてくれた経験も心に残っている思い出だ。


それ以外のたくさんの記憶がよみがえった。


最後の尊敬できる人を『祖母』と入力したことが料理にも影響したとしたらさらに疑問が大きくなるばかりだ。でも今日はもう時間も遅かったのでまた来店したときに聞いてみようと考えその日はお金を支払って家に帰った。


次の日の朝の会で昨日の帰りにあったことをクラスの生徒たちに伝えた。


「昨日は変わった店で夕食を食べたんだ。その店はメニューから料理を頼むのではなく質問に答えることによって料理のおすすめが提案されるんだよ。」

「何がおすすめになったんですか?」

藤田が聞いた。

「それが不思議な料理というか・・・ぎょうざの中がピザだったりカレーだったりしたんだ。

どれも今までに知っているものなんだけど意外な組み合わせの料理だったんだよ。もしかするとまだまだ組み合わせによって変わるものがあるのかもしれない店で、どれもおいしんだ」

「先生、まとめるとどういうことですか?」

田代がいつものように話を前に進める言葉を言ってくれた。

「普段知っているものでも組み合わせによって大きく変わるんだということに気づいたんだ。これは料理だけの話ではなく人間関係や勉強でも同じことなんじゃないのかと考えたんだよ」

「先生、結局勉強の話ですか?」

藤田がいつものように言う。

「まぁ最後まで聞いてくれよ。自分が苦手なことは特に避けたくなるのが人間だと思うんだ。でも実はそれは食わず嫌いで本当は自分のために必要で得意なこともあるんじゃないかというふうに感じないか。そして人は違う考えを持った人とも交流することが自分という人間の本当の姿が知れる方法なんじゃないのかってことが今日一番伝えたいことなんだ」

「なんとなくいい話というのは分かりました」

珍しく藤田が理解を示した。


「まずは今日をしっかりと過ごそう。いつもの友達がいる大切さ、いろんな人が助けてくれていることへの感謝などしっかり意識しよう。また自分でできないと決めつけていることにも少しずつ挑戦してみよう。」


生徒たちの机の間を歩きながらそう声をかけたとき、浅田の書いている絵が目には入った。その絵はまさに昨日食べた「ギョー料理の盛り合わせ」だった。


自分の話には興味をもっていないと思っていた浅田がしっかりと聞いていてくれた。自分も少しは影響を与えられているのかもしれないと思えた瞬間だった。


そのときふと自分の心に浮かんだことはこれだ。

慌てずに自分のペースで生徒と一緒に成長していこう。


そして天国にいる祖母に向かって心の中で声をかけた。

「おばあちゃん、ここからさらにがんばるよ。注目だぞー」


そんな気持ちを持ち今日も1日をスタートさせた。

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