第5話 意志という炎は消せない(後編)

 ミッチェルと別れた後ルイは、寂れた教会裏にある丘の一本木の傍に来ていた。


 時々ときの声がここまで聞こえてくる。そこでは、スフィーティア・エリス・クライが、体勢も変えず樹のたもとに腰かけたまま眠っていた。小さな寝息が聞こえる。


 ルイは、黙ってスフィーティアの横に腰かけた。

「お姉ちゃん、僕も戦いたいよ。でも、ミッチェルさんは、これは、大人の仕事だ。大人に任せろって言うんだ」

 スフィーティアは、寝息を立てたままだ。ルイは、スフィーティアに寄りかかる。

「でも、僕は嫌なんだ。自分が何もできないのが。僕だって、あいつらを殺すことができる」

 そう言うと、鞄からガラマーン兵を刺した時のナイフを取り出した。立ち上がると、ルイはナイフを構えては、振るう。

「僕だってやれるさ」


「うう・・。やめろ」

 スフィーティアが、呻く。

「お姉ちゃん!」

 ナイフをしまい、スフィーティアの前に走り寄る。


 その時突然地響きが聞こえてきた。


 グウォウォウォウォーーーーッ!


 ルイが城壁の方向に目をやると、大きな竜巻が城壁にぶつかるのが見えた。

「え!」

 そして、竜巻は、あっという間に城壁を破壊し、崩れた瓦礫などを吹き飛ばし、巻き上げながら、ルイのいるほうに接近してくる。

「お姉ちゃん!大変だよ。起きて。逃げないと!」

 ルイがスフィーティアを揺する。


「来たか」


 スフィーティアの青碧眼のまなこが開いた。スフィーティアは、立ち上がると薄青色のローブを脱ぎ、放るとローブは強い風に飛ばされていく。スフィーティアの美しい長い金髪が風に舞う。剣聖の白いロングコート、青と白地の短いスカートに白いヒールブーツの姿が露わになった。強い風にロングコートが揺れ、背中の白竜の紋様が波打つ。

 スフィーティアは、竜巻の方に目を向けた。その向こう側に緑色のエメラルド・ドラゴンが旋回しているのが見えた。スフィーティアは、ニヤリと笑みを浮かべる。

「ルイ、私の後ろにいろ。決して離れるなよ」

「う、うん」

 

 竜巻は、真っすぐにスフィーティア達に近づいて来た。


 幸い途中に人の住むような家などはなく、木々は抜かれ、小屋などが舞い上がっていくが、人は巻き込まれていない。城壁の兵士等も回避できたようだ。竜巻は、ドンドン近づいてくる。スフィーティアの長い金髪が激しく後ろに靡いている。ルイは、暴風に負けないように踏ん張っていた。

 

 しかし・・・。

「う、うわあーっ!」

 ルイは、猛風に耐えられず飛ばされる!

 ところを、スフィーティアが腕を掴み引き寄せた。


 そして、竜巻はスフィーティアに激突した。



 遠くで見ていたスミスは、こっちに向かってくる竜巻を見て動いた。

「総員、竜巻の進路から急いで離れろ!」

「は、はい」

 しかし、そう命じたが、竜巻はやって来なかった。竜巻の動きが止まり、そこが急に明るくなると、風の勢いが弱まり、消えていった。

「な、何が起きたんだ・・」


「大変です。ガラマーンが動き出しました」

「何、もしや・・」

 スミスの額から冷や汗が滲みでる。

「ガラマーン軍が、東の方まで回り込み、竜巻で開いた穴に向かっているようです」

「いかん。急ぎ馬を持て!私は、街中を急ぎ急行する。A班、B班は私に付いて来い。他は、城壁上から、ガラマーンが近づいたら迎え撃てよ!」

 そう言うと、スミス隊長は馬に跨り、穴の開いた城壁へと急いだ。



 竜巻が激突する直前、スフィーティアの左腕の透明なブレスレットに触れると、光がスフィーティアの前方に展開し、スフィーティアを包む。そして、その光は、大きくなっていき、竜巻の壁となった。光の壁は竜巻のエネルギーを吸収していき、消し去った。上空から、巻き上げられていた木材や石材などが落下してくる。


 竜巻が収まると、スフィーティアの前方には、竜巻により、草木や石畳などが剝がされた痕が城壁の方まで続いていた。スフィーティアは、ルイに語りかけた。

「ルイ、お前の戦いはこれからだ」

「え? 」

「お前の力を必要とする人たちが必ずいる。その時のために強くなるんだ」

「もしかしてお姉ちゃん、さっき聞こえていたの?」

 

 前方の城壁に開いた穴から、ガラマーン軍が次々と入って来た。スフィーティアの方を目掛けて駆けて来る。スフィーティアは、腰に差してある剣真が広い青色の剣聖剣『カーリオン』を抜く。

「だから、ルイ。ここは大人に任せるんだ。下がっていろ」

「うん」

 

 スフィーティアがゆっくりと前に進んで行く。


「うっひゃ、ひゃ、ひゃーっ!」


 ガラマーンの一部隊がスフィーティアに近づくと、その中の一人が飛び上がり、スフィーティアに襲いかかった。ガラマーンの身体は小柄だ。スフィーティアは、飛び付いて来たガラマーンの頭をガシッと掴んだ。そして、眼前に持ってきて言う。

「ここは、私の通り道だ。失せろ!」

 そう言うと、そのガラマーン人を近づいて来たガラマーンの部隊に投げつけた。すぐに駆け寄ると、剣を振るう。衝撃波がガラマーン軍に襲いかかり、ガラマーンの部隊は吹き飛ばされた。

「さっさと、失せろ!」

 スフィーティアが、そう叫ぶと、ガラマーンの一団は、これは敵わないと見たのか壁の穴の方に逃げ出して行く。



「な、なんだ!ガラマーンが逃げ出していくぞ」

 スミスの部隊が、ルイの傍までやってきた。ミッチェルもその中にいた。

「ルイ、無事か?」

 ミッチェルがルイに駆け寄る。

「ミッチェル兵長。大丈夫です。あのお姉ちゃんに助けられました」

「あの女剣士のことか?」

「はい。竜巻を止めたんですよ」

「何だって!」

「あの白い服装、それにあの背中の紋様は・・。もしかしてあの女剣士、剣聖か!」

 スミス隊長が、愕きの声を上げた

「剣聖?」

 ルイがスミスを見上げる。

「剣聖というのはな、だ。ドラゴンは剣聖でないと倒せん。滅多に人前には現れないということだが」


 それを聞いて、ルイの中に思いがこみ上げてきた。

 今伝えなくてはいけないと。


「お姉ちゃん、僕強くなるよ!お姉ちゃんみたいにドラゴンや侵略者どもからみんなを守るんだ!」


 スフィーティアは、それを聞くと、軽く振り返り、右手を上げた。ルイには、スフィーティアの横顔が微笑んだように見えた。


 スフィーティアは、城壁の開いた穴からガラマーン軍が逃げ出して行くのを確認すると、開いた穴の方に走り始めた。町を出て、ガラマーン軍の部隊に追いつくと、その手前で大きく跳躍した。ガラマーン軍の上を飛び越して、着地する。急に前に出てきたスフィーティアに驚いたガラマーンの部隊は、進路を北の方に変える。しかし、スフィーティアはガラマーンには目もくれず、上空を見ていた。


 先ほどまで上空を旋回していたエメラルド・ドラゴンが見当たらない。南の方に目をやるとかなり遠くにもう小さくなっているドラゴンを確認できた。

「逃がすか」

 そう呟くと、スフィーティアは、剣聖剣カーリオンを、槍を投げる時のように持ち、構える。助走をつけて、カーリオンを目にも止まらぬ速さでエメラルド・ドラゴン目掛けて投げた。


 カーリオンは信じられない速さで一直線に飛んでいく。



 町の上空で様子を伺っていたエメラルド・ドラゴンは、剣聖の存在に気づき、町を離れていたが、剣聖の様子を伺うため、長い首を上に上げ後方を振り返った。その時だ。

 

 グッスッ!

 

 スフィーティアの放った剣聖剣が長い首に突き刺さる。すると、剣から凍気が迸り、エメラルド・ドラゴンをあっという間に凍らせた。

 ドラゴンは地上に落下していく。


 スフィーティアは、ドラゴンの落下を確認すると、飛ぶように駆けて、ドラゴンの元に着いた。エメラルド・ドラゴンは、落下の衝撃で凍結は解除され、よたよたしている。スフィーティアの剣は首に刺さったままだ。

「ここまでだ」

 スフィーティアが、エメラルド・ドラゴンを睨む。


「ギュッファーーーンッ!」


 エメラルド・ドラゴンが、咆哮すると、スフィーティア目がけて、複数の真空刃しんくうじんがスフィーティアを襲う。エメラルド・ドラゴンは、別名ウインド・ドラゴンとも呼ばれ、風や空気を操る厄介なドラゴンである。

 スフィーティアは、左手のブレスレットから展開された光のシールドで弾いてこれを防ぐ。エメラルド・ドラゴンは、尚も抵抗し、今度は、先ほどよりも多くの真空刃を放ち、それがスフィーティアに一度に襲い掛かる。シールドでは、防げない量だ。


 スフィーティアは、両手を広げ、微笑を浮かべた。防ぐ気はないようだ。すべての刃がスフィーティアに命中した!


 と、思われたが、スフィーティアの姿はそこには、無く。ドラゴンに一瞬で詰め寄り、エメラルド・ドラゴンの首に刺さった剣聖剣にぶら下がっていた。


「返してもらうぞ」

 そう言うと、ドラゴンの長い首を足場にして、首筋を裂きながら剣を引き抜いた。

「ギャッワワワーーンッ!」

 エメラルド・ドラゴンは悲鳴を上げた。

「終わりだ」

 スフィーティアは、地面に着地すると、剣聖剣を頭の横に持っていき、ドラゴンに剣先を向けて構えた。


疾駆刺ハートゥル・スピール!」


 一瞬で間合いを詰め、スフィーティアの剣がエメラルド・ドラゴンの心臓を貫いた。

 エメラルド・ドラゴンの緑色の瞳から光が消え、目が閉じられ、ドラゴンの巨体が崩れ落ちる瞬間、スフィーティアは宙返りして着地する。

 

 ドドドドーン!

 

 スフィーティアの背面にドラゴンは倒れ、絶命した。


 スフィーティアは、ドラゴンの心臓に刺さった剣聖剣で心臓を抉り、心臓にある『竜の心臓の欠片』を取り出す。竜の心臓は大きいが、この欠片だけなら小さい。皮膚の近くまで剣で持ってくると、手を突っ込んで取り出した。手慣れた作業だ。ドラゴンの返り血を浴びることもない。スフィーティアが指先位の『竜の心臓の欠片』を取り出すと、最初赤く生々しかったものが一瞬で結晶化し、エメラルドのように碧色の光る石に変化した。剣聖は、これを『竜石』と呼ぶ。


 ドラゴンの生命力は、強い。首を落としても死なない。唯一殺す手段は心臓を壊すしかない。しかし、それでも只、刺しただけでは、殺せない。暫くすると、修復され、心臓が動き出すからだ。正に不死身の生命体である。しかし、この『竜の心臓の欠片』を取り出せば、ドラゴンは復活出来なくなる。だから、剣聖は、欠片を取り出すことを最終目標とする。


「よう、やったみたいだな」


 スフィーティアが、心臓の欠片をドラゴンから取り出した後、エメラルド・ドラゴンを調べていると、アトス・ラ・フェールがやって来た。ニカっと楽しそうだ。


「暫く見なかったが、その様子だとそっちも上手く行ったようだな?」

「ああ」

 そう言うと、北の方を見た。東の方からかなりの数の騎兵が駆けてくるのが見えた。そして、ガラマーン軍と交戦を始めた。

「ここの領主ランカ男爵の部隊だ。男爵は領内のガラマーン殲滅に動き出したよ」

「そうか」

「あんたのおかげだよ。男爵の不安はドラゴンだって、わかっていたからな。ドラゴンは、こちらで何とかすると説得したのさ。まあ、最初は信じてもらえなかったが、剣聖出現の噂がここまで届いていたから。男爵も信じてみる気になったのだろう」

「アトス、私のことは言っていないだろうな?」

「言うわけないだろう。お宅らの活動は極秘だろ。単に噂を刷り込んだだけだよ。まあ、こいつの存在は隠せないがな」

 そう言って、エメラルド・ドラゴンの死骸を見上げる。

「仲間が、回収に来る。それまで、人を近づけないようにしてくれ」

「わかった」


「任務は完了した。私は、これで失礼する」

 立ち去ろうとするスフィーティアをアトスが呼び止めた。

「おい、ルイには会わなくていいのか?」

「アトス、これを渡しておこう。私と接触した人たちに使ってくれ。勿論、ルイにもだ」

 スフィーティアは、腰の鞄から小さな白色の聖鈴せいりんを取り出してアトスに渡す。そう言うスフィーティアの表情からは、彼女の感情を読み取ることはできない。

「はあ。まあそうだろうが、ルイはあんたに救われたと思っている。挨拶も無しに消えたら、ショックだと思うぜ」

「それを使えば、私の記憶は消えるから心配ないさ。頼んだぞ」

 そう言い残し、その場からスフィーティアは消えた。


「あ~あ、行っちまったか。しかし、あいつとはまた縁がある気がするな」

 アトスは、ニヤリと笑みを浮かべた。



 アトス・ラ・フェールは、ルイに、スフィーティアから渡された聖鈴を使った。

 ルイは、その音色を聞くと意識が遠のいて行く。


 目が覚めると、ミッチェルの家のベッドで寝ていた。

「ルイ、目が覚めたか?」

「ミッチェルさん。ううっ」

 ルイは、目頭を抑えた。

「大丈夫か?」

「うん、平気だよ」

 そう言いつつも、ルイの両目からは涙が溢れていた。何かとても大事なことを忘れた気がしたのだ。


「ミッチェルさん、僕、強くなるよ。絶対に。約束したんだ。人々を救える大人になるって」

 しかし、誰とその約束をしたのだろう?

 

 少年の涙は止まらない。


 スフィーティア・エリス・クライは、ルイの自分に関する記憶を消すことができた。しかし、少年の心の中に芽生えた強い意志と彼女への淡い思いまでは、消されることはなかった。


 少年の心に灯った『意志』という火は消えることは無い。


                                (おわり)

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