第4話 意志という炎は消せない(前編)

 少年よ!「力」に屈してはいけない。願え、そして抗え!


 ここは、ヴェストリ(西)大陸のある国の辺境にある村だ。その日はとても良く晴れていた。人々は、畑仕事、洗濯などの家事などいつもの日常の仕事をこなし、その日も平和に終わるはずであった。


 が、現れるまでは・・・。



 その村に住む少年ルイは、勉強好きで素直な少年だ。父親を幼い時に亡くし、母親と妹と3人で暮らしていた。母親はこの子は勉強ができる子だと考え、無理して隣町の学校に通わせていた。ルイ自身も家族を助けるために立身出世したいと考えていた。


 そして、その日も10㎞も離れた町の学校に通っていた。


 昼頃に授業が終わると、昼食も取らずに自宅のある村を目指す。

 ここは、小さな町ではあるが、辺境異民族との国境に近く、それほど高くないが石の城壁に囲まれていて、兵士に守れている。


「ルイ、今帰りか?」

 城壁を守る兵士に声をかけられた。

「はい」

「うん?お前また、飯も食わずに村まで帰る気か?」

「平気です。お腹空いてないし」


 ギュルルルル・・・。

 その発言とは裏腹に、ルイのお腹が鳴った。


「ハッハッハッハ!お腹は正直なようだぞ。そら、持ってけ」

 兵士が、ルイにパンを渡す。

「ミッチェル兵長、ありがとうございます」」

「子供は遠慮するもんじゃねえぞ。将来お前が立派な大人になり、同じように子供を助けてやってくれ」

「はい。それじゃ!」

 ルイは、ミッチェルに手を振りながら、町の西にある村に向けて長く続く街道を走って行った。



 道中の半ばまで来たときだ。急に突風が後ろからかけた。

「うわっ!」

 ルイは、びっくりして見上げると、緑色のドラゴンが、村の方に飛んでいくのが見えた。そして、暫くすると村の方の空が赤くなり、煙が上がるのが見えた。

「え?」

 ルイの心はざわついた。そして、村の方に向かって急いで走る。

「母さん、アンネ!」



 心臓がはち切れんばかりに走り、村の前まで来ると、村の家々が燃え、崩れ、煙が上がっていた。

 村の中に入ると、褐色肌の耳の長い小柄な種族が、うろついていた。そして、先ほどの緑色のドラゴンが村の上空を旋回していた。ルイは、小柄な異人種に見つからないように、村の中を進むと、そこいらに死体が転がっていた。異人種達は、家に押し入り、金目の物を盗んでは家に火を放っていた。生存者はいるのだろうか疑問なほどだ。ルイは、その凄惨な光景に息を吞む。


 しかし、じっとはしていられない。家に急がなければ。

 

 ルイは走った。


『母さん、アンネ、無事でいて』

 心の中でそう叫びながら、家に向かう。何とか異人種に見つからずに、家までたどり着くと、建物は崩れ、燃えていた。

「そんな・・」

 ルイは、絶望した。


「hunhunhunn・・」

 家の横の方から異人種のものと思える声が聞こえた。

 そっとルイは覗いてみると、仰向けに横になった女性の上に乗っかって異人種が、女性の両脚を広げ腰のあたりを懸命に動かしているようだ。女性は全く動かない。ルイには、女性の服装に見覚えがあった。途端に怒りがこみ上げて、鞄の中にしまってあった護身用のナイフを取り出すと、その異人種目がけて飛び込むと、異人種が振り向いた所を、首筋にナイフを突き立てた。


「この、この、このッ!」

 ルイは、何度も異人種にナイフを突き刺した。ルイの身体は返り血で真っ赤になる。そして、異人種の死体をどかし、横たわった女性を見る。

「母さん・・」

 ルイの目から涙が溢れだし、動かなくなった女性の胸にうずくまって啼いた。


「あーん、あーん・・」


 その時だ。家の中から泣き声が聞こえてきた。

 それも聞き覚えのある声だ。

「アンネ!お兄ちゃんだよ」

 ルイは、家に近づき声をかけた。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」

「待っていて。お兄ちゃんが今助けるから」

「うん」


 ルイは希望に触れ力を得た。


 しかし、どうやって建物に入るか?

 正面に戻ると、玄関は崩れ、炎で燃えていて入れない。

 時間がない。

 ルイは水を探した。近くの井戸が使える!

 ルイは走った。


「お兄ちゃん、熱いようッ!」

 アンネが訴える。

「今すぐ助けるから」

 ルイは水を被り急いで戻って来て声をかけた。


 しかし、崩れた玄関を入ろうとした時だ。


 空から大きな物体が降りて来ると、崩れたルイの家に突っ込んだ・・・。

 

 ルイは、その衝撃で遠くに吹き飛ばされた。

「うわっ!」


 起き上がると、上空を舞っていたドラゴンが目の前にいた。

 壊れたルイの家は、ドラゴンに潰され、完全に破壊された。


 そして、小さな片腕が、ルイの前に転がってきた・・・。


「アンネ・・。うわーーーっ!」

 ルイは、頭を抱え発狂した。


 グルグルグルル・・

 

 緑色のドラゴンがルイの方を向き、うめく。

 ルイは、ドラゴンを見上げた。

 ルイの顔が血の気が引いたように青ざめていく。

 ドラゴンが、その大きな手をルイの方に伸ばす。

 しかし、ルイは、抵抗を諦めなかった。


「このー!よくも妹を!」

 ルイは奮い立ち、エメラルド・ドラゴンの大きな指先にナイフを突き刺すが、弾き返された。

「うわっ!」

 ルイは、バランスを崩して倒れそうになった。


 その時、ルイの後方から何者かが、スウッと近づいて来て、ルイを抱えた。

 そして、一目散にドラゴンの前から消えた。


 ルイは、力強い腕に抱えられ、揺れる腕の中で、次第に意識が遠のいて行く。


「アンネ・・。ごめん。お兄ちゃん、仇を取れなかった」

 少年の目から大粒の涙が流れ落ちた。




 数日後。


 ここは、低い城壁に囲まれた小さな町リーズ。


 フードの付いた薄青いローブに身を包んだ一人の背の高い女性が、町の城門に現れた。門を通って行こうとすると、門番の兵に止められた。

「そこの者、町の者ではないな。通行証を見せろ」

「ああ、通行証ですね。それでしたらここに」

 ローブの女性が、門番に顔を向け、フードを軽く上に上げる。門番は女性の黄色く光る瞳を見た。

「ああ、確認した。通っていいぞ」

「ありがとう」

 会釈をして、ローブの女性は町の中に入っていった。


 ローブの女性は、町の北東側に見える教会に向かった。進んで行くにつれ、家も少なくなり、畑や緑が多くなる。寂れた教会の前まで来ると、その門をくぐり、教会の裏庭にたどり着いた。そこは少し高い丘になっており一本の大きな木があった。その下に一人の青い騎士風の装束に身を包んだ男が待っていた。その傍には少年が俯いて地面に座っていた。


 銀髪を短く切りそろえた男が、ローブの女性に声をかけた。

「カラミーアの司教は?」

からみにくい卑怯者」」

「このダジャレっぽい合言葉なんとかならないか?」

「私に言わないでくれ。こっちも辟易へきえきしてるんだ」

 ここで、騎士風の男が女性にニカっと笑い手を差し出す。

「アトス・ラ・フェールだ。よろしく頼む」

「スフィーティア・エリス・クライだ」

 スフィーティアがフードを取り、長い金髪を露わにすると、不思議とその場に光の粒子のような物が漂ったようにアトスには見えた。そして、スフィーティアの美貌に目を見張った。

「・・・」

 アトスは、眼をパチクリさせている。

「どうした?」

 スフィーティアが怪訝に思い問う。

「あ、嫌、あんたのあまりの美貌に目を奪われたのさ」

 アトスは、正直に答えた。

「世辞はいらん」

「お世辞じゃないさ。そうか、あんたが噂のスフィーティアか。『神をも虜にする』と言う美人剣聖がいると聞いていたが。納得だ。その実力も随一と聞く。あんたと仕事ができるなんて光栄だ。よろしく頼むよ」

 二人は握手を交わした。


「仕事の話をしよう」

 スフィーティアが切り出す。

「ああ。説明しよう。ここから西方に10㎞ほど離れた村に3日前、エメラルド・ドラゴンが現れた。村はドラゴンの攻撃により壊滅した。その少年は村の唯一の生き残りだ」

 アトスは隣で俯いてブツブツと呟いている少年を示す。


 スフィーティアがチラッと少年を見るが、少年は虚ろな目でブツブツと呟いている。

「今は、こんなだが、大したガキだぜ。ドラゴンに小さなナイフ一本で挑みやがった。間一髪で俺が助けたってわけだ。可哀想にドラゴンに家族を殺されたようだ。小さな妹を目の前で殺されたのがよっぽどショックだったようだ。俺が助けた時すぐに意識を失っていたが、町に連れて来て意識を取り戻して記憶が蘇ってきたのだろう。それから発狂し、落ち着かせてからは、ずっとこの調子だよ。まともに話せなくて困ったが、少年はこの町の学校に通っていたので、知り合いもいるから、名前をルイということがわかった」


 スフィーティアは話を聞くと、ルイの前に屈んだ。小声で聞き取りづらかったが、少年が、『アンネ、ごめん。ドラゴン殺す。アンネの仇を取る』

 と繰り返し、呟いているのがわかった。スフィーティアが目の前に座っても気づかないのか、茶色の瞳は虚ろなままだ。


 スフィーティアが静かに手を伸ばしルイを抱き寄せた。

「よく頑張ったな、ルイ」

 その言葉とスフィーティアの温もりが、ルイの正気を呼び寄せた。ルイは目を見開くと、大きな瞳から大粒の涙が溢れてきた。

「うう、うう、うわあーー!」

 そしてせき止めていた感情が一気に噴き出し、止めども無く溢れてきた。

「アンネ、助けられなくてごめん。ごめんよ。母さん・・」

 そうして、スフィーティアの腕の中で感情を吐き出すと、ルイは落ち着きを取り戻していった。

 

 スフィーティアは、ルイの涙をやさしく指で拭う。

「お姉さん、ありがとうございます」

 ルイは、この時初めてスフィーティアのあまりの美しさに気づいて、顔が火照って行くのを感じた。スフィーティアの青碧眼の瞳が真っすぐにルイを見つめる。

「ルイ、君の思いを私は受け取った。約束しよう。君の家族を殺したドラゴンを私が倒す。君の家族の仇は私が取る」

「え?」

 この時、ルイは、ローブの下に見える、スフィーティアの腰にある青い大きな剣が見えた。

「ルイ、そのお姉さんはな。とても強いんだ。ドラゴンだって倒せるほどにな。だから、信じていいんだぞ」

 アトスが口添えをする。

「うん。僕お姉さんを信じるよ」

 ルイは、ドラゴンを倒せる人間がいるとは思えなかったが、この美しい女剣士ならやってくれると思えて頷いた。


「これも伝えておかなくてはならないことだが、エメラルド・ドラゴンの襲撃の後、ガラマーンが村を襲った。そして、今も村を占拠している。どうもガラマーンの侵略にエメラルド・ドラゴンが関与しているように思える」

「ガラマーン。あの褐色肌の小さい野蛮で好戦的な種族か」

「ああ、やつらに襲われた町や村は、男は皆殺しにされ、女は、暴行や慰み者にされ、子供は奴隷にされるそうだ」

「だから、野蛮だと言うんだ。で、どうしてそう思うんだ?」

「俺は、ここの領主の依頼でガラマーンの行動を追っていたんだ。そうしたら、エメラルド・ドラゴンが現れた。奴らはドラゴンが来るのを待って村を襲ったんだ」

「そうか。では、ガラマーンへの対処も必要になると?」

「そうだな」

「アトス。君ならわかっていると思うが、私達剣聖は、人の争いには関わらない。あくまでも、ドラゴンを狩るのが私の役目。ガラマーンとの争いに協力はできない」

「そう言うと思ったが、スフィーティア、あんただって、ルイのような子供を増やしたいと思わないだろ?間違いなく次の奴らの狙いは、この町だ。ルイの村と同じようなことをここで起こさせたくはないはずだ」

「それは、そうだ」

「だったら、協・・」

「ドラゴンを倒すまでだ。それ以外はできない」

「まあ、そう言うと思ったがな。ガラマーンは、この町の兵士に頑張ってもらうしかないか。一応手も打ったし、そっちに期待するさ」

「アトス、君の協力には感謝する。ここで待っていれば、エメラルド・ドラゴンが現れるということだな?」

「ああ、ガラマーンの狙いは、ここの領主の都市ランカの一帯を制圧することだと思う。その途中に位置するここリーズを次に狙うさ」


 スフィーティアは、微笑を浮かべた。

「わかった。では、私はドラゴンが現れるまで、ここで待つとしよう」

 そう言うと、スフィーティアは、木の根元に腰を下ろし、目を閉じた。

「おい、休むなら、教会の中で休め。ドラゴンはそんなすぐに現れないぞ」

 アトスが所々壊れている古びた教会を指す。

「大丈夫だ。外で寝るのには慣れている。私が気配を消しておかないとドラゴンは現れない・・だろ・・う」

 スフィーティアは、そう言うと寝息を立て始めた。

「うわ、もう寝てるぜ」

 アトスが呆れる。

「ふう、俺は俺のやることをやるか。」

 アトスはそう言うと、教会に入って行った。




 また数日後。


 晴れた日の正午ごろ、ガラマーン族が、リーズの西方から現れた。

「ついに来たか。鐘を鳴らせ。町の外にいる住民を急いで中に入れ、門を閉じるんだ。急げよ」

 リーズの防衛隊長のスミスが兵に命じる。

 リーズの住民が、全て壁内に入ると、全ての城門は閉じられた。

「ガラマーンの数はどれほどだ?」

「ざっと、二、三千人と言ったところでしょうか」

「こんな小さな町を攻めるのに大層なことだ。大弓の用意をしておけ。射程に入ったら撃つぞ」

「ハ!」

「魔導士がいれば、よかったが・・」


「ミッチェル兵長」

 ルイが急いで城門に向かうミッチェルを捕まえる。

「おお、ルイか。大変だったな。村のことは残念だ」

 ミッチェルがルイを気遣う。

「僕にも何か手伝わせてください」

「ルイ、ありがたいが、これはな、大人の仕事だ。お前は、街の中央の安全な場所に行くんだ」

 ミッチェルは、ルイの頭を撫でる。

「ミッチェルさん。僕、どうしてもあいつらを許せない。アンネを、母さんを殺したあいつらを。だから、あいつらを倒すためなら何でもしたいんです」 

 ルイが拳を握りしめ、わなわなと震えている。

「ルイ。お前はまだ子供だ。子供がいくさになど関わってはダメだ」

 ミッチェルは、ルイの両肩に手を置いて諭す。

「でも・・」

「ここはわしらに任せておけ。必ずお前も、町のみんなも守るからな」

 そう言い残すと、ミッチェルは、西の城門の方に去って行った。


 ガラマーン軍は、西から接近し、町を包囲しようとする。

「放て!」

 スミスの指揮の元、城壁上から矢が一斉に放たれる。しかし、ガラマーン軍は盾を上に構え、矢を防ぎながら、接近してくる。

「くそ!蛮族め。火矢を用意しろ」

 今度は、火矢が城壁上から放たれた。油を染み込ませた火矢が盾に当たると、木製の盾に火が移り、少しづつ燃え始めた。ガラマーン軍は盾を捨てると、今度は、矢が城壁から降って来る。堪らずガラマーン軍は矢の射程内から後退していく。

「よし。やつら、後退していくぞ」

 

 ガラマーン軍は、町の西側から後退し北に回り、東の方まで包囲し始めた。

「うん?やつら、北の方から攻めるつもりか。急いで北門の方に兵を移動させろ」

 その時伝令が、スミスの所にやってきた。

「隊長、大変です。ドラゴンが現れました」

「何だと!」

「どこだ?」

 その時、町の北東の方に目をやると緑色のドラゴンが、町の城壁の近くまで接近しているのが確認できた。緑色のドラゴンは、静止して咆哮し、大きな翼を羽ばたかせる。すると大きな竜巻を発生させた。その竜巻は、北東のあたりの城壁にぶつかる。

「うわッ!」

 強い揺れに、スミスは体勢を崩した。

城壁が崩れ、瓦礫などが上空に舞い上がっていく。

「これは・・・」

 スミスの顔は、蒼白した。


                               (つづく)

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