剣聖の物語 剣聖スフィーティア・エリス・クライ 序章

@izun28

第1話 始まりの物語

 ある晴れた空、はるか上空。


 地上には、都市が見える。急に空の空間が歪みだし、ポッカリと穴が開いた。ゆっくりと赤い巨体の物体がそこから押し出されるように出てきた。その物体が空間の歪みの穴から完全に出てくると、重力に圧され落下していく。空いた穴はスッと塞がっていた。その落下していく物体がムクムクと動きだす。丸まっていたのだろう。背中から大きな翼が広がり、長い尾っぽ、長い首、手と足が露わとなった。翼をバサリと羽ばたかせると落下が止まり、上体が上を向く。空間の歪みから出てきた物体は赤い大きなドラゴンであった。

 ドラゴンは、眼下に、小さく見えるが、都市を確認すると、そちらを目指し飛んで行った。


 城壁に囲まれた街の城壁塔の見張り兵達だ。

「ああ、早く交代の時間来ねえかなー。腹減ったー。早く飯にありつきたいぜ」

「おいおい、まだ小一時間はあるぞ。気が早いって」

「え、まだそんなに時間があったのか!」

「うん?」

 一人の見張り兵が上空を見る。

「どうした?」

「おい、あれはなんだ?」

 上空からこちらにむかってくる小さな物体を指さす。

「え?あれは・・・」

「ドラゴンだ!」

「大変だ!鐘を鳴らせ」


 ガーン、ガーン、ガーン!


 市中に危険を知らせる鐘の音が響いた。その間にも赤い巨大なドラゴンは接近してくる。


 そして・・・。

「うわあーーーーー!」

 ドガガガーーーーン!

 見張りの兵等がいた城壁にドラゴンが突っ込んできて、城壁が崩れ落ち、風穴が開いた。

「ドラゴンだーー!」

「住民を避難させろ!」

「兵は、ドラゴンを食い止めろ!」

 赤いドラゴンは、街中に降り立ち、静かに辺りを見回す。

 その間に弩弓を持った守備兵部隊がやって来た。

「射ち方用意!放て!」

 ドラゴンの正面から、城壁上から囲むように一斉にドラゴンに矢が放たれる。


 シュン、シュン、シュン、シュン、シュン・・。


 しかし、矢はドラゴンに当たるが、寸分も傷つけることなく弾かれ落ちて行く。


「グルルルル・・・」


 ドラゴンの射すくめるような低音で心臓まで響くような呻き声だ。

「ひいっ!」

 この呻き声を聞くと、人間は、背筋まで悪寒が走り、射すくめられてしまう。守備兵等はガタガタと震え、動きが止まる。

 ドラゴンが動きだした。右腕をブンと振り回すと、守備兵が吹き飛ばされる。

「うぎゃーーーー!」

 ドラゴンの右手には、数人の兵が掴まれていた。顔の前に持っていくと、握り潰した。


 バキ、ボキ、グキ、ボキッ!


 ドラゴンの手から握りつぶされた兵の血がボタリボタリと滴り落ちる。手を持ち上げ、その大きな口に死体となった兵を放り込む。しかし、好みじゃなかったのか、ブヘッと吐き出すと、バラバラになった手、足などが、口から放り出されてきた。

 ドラゴンは、人間など眼中にないようだ。邪魔な者は払い、立ちふさがる者は踏みつぶし、向かってくる者は握り潰した。


 ドラゴンは進撃する。体当たりや長い尻尾を振り回して建物を破壊し、人間を蹴散らす。その進撃を止められる者はいない。こいつがいったい何をしたいのかは人間にはわからない。時々捕まえた人間を口に放り込むが、食べずに吐き出す。壊した建物の瓦礫をボリボリと砕いて食べることからすると、無機質な岩などのほうが好みなのだろう。ただ、それも目的ではないだろう。


 街の住民は逃げ惑う。ドラゴンから遠い方の城壁の門から逃げ出そうと、人々や馬車が城門に殺到する。赤いドラゴンは城壁内の街の建物を壊しまくると、首を上げ、人々が逃げ惑う方向に目をやる。すると大きな翼を広げ、ブワッと上空に飛び立った。町の上空で静止し、大きな口を閉じると、口元から煮えたぎっているような音がし始めた。


 グツグツグツグツ・・・。


 そして、ドラゴンは、赤い眼をクワッと見開くと大きな口を開けた。すると轟音とともに赤い炎のブレスが真下に走り、地上を焼き尽くす。ドラゴンが顔を上げて行くと、ブレスの炎が一直線に走り人々でいっぱいの通りと建物を焼き尽くしていく。その炎は城門まで達し、瞬時に破壊し、消えて無くなった。ドラゴンのブレスが収まった時に、炎の通った跡は、地面まで焼き抉られ、何も残らなかった。周囲も暴風が巻き起こり、破壊され、人間や馬は吹き飛ばされ、死体と化した。

「うわあー-!」

「誰かぁ!助けて・・」

「死にたくない、死にたくない・・」

 人々の阿鼻叫喚、悲鳴が、静かに周囲に反響こだましていく。



 城壁に囲まれた都市は、壊滅し、瓦礫の山と化した。多くの人間が死に、生き残った者は、只々悲嘆に沈むしかなかった。

 それを町の上空から悠々と見下ろすドラゴン。その変わることはない表情は、この悲惨な光景を目の当たりにしても何を感じているかわからない。行動だけ見れば、ただ破壊することだけが目的のようだ。そして、真っ赤なドラゴンは、何事もなかったかのように、飛び立ち、遠くへと消えて行った。


 人々の心に絶望だけを残して・・。




 ドラゴンにあらがう術を持たない人間は、いつしかドラゴンを災厄と思うようになった。ドラゴンが現れれば避難し、過ぎ去るのを待つ。殺された人を弔い、壊された町を再建する。それが、人々の日常となった。


 しかしながら、時の経過うつろいは人々にとって悪い方に転ぶ。ドラゴンの勢いが増し始めたのだ。ドラゴンの出現と攻撃が増し、人間はどんどん追い詰められていく。そして、人間はこのままドラゴンによって滅ぼされてしまうかに思われた。


 そんな中、人間の中に一つの希望が生まれた。ドラゴンを狩る存在が現れたのだ。

 その男は、身の丈3mを超え、白いロングコートに身を包んでいた。そして、その身の丈以上の灰色の長大で分厚い大剣を背中に担いでいた。炎のように揺れる銀色の髪、灰色と金色のオッドアイの瞳と異様な風貌をしていた。

 ある時、その大男が町を襲った赤い巨大なドラゴンの前に現れた。自分の目の前に立ち塞がる異様な男にドラゴンは、不思議そうな顔をしていた。男は、ドラゴンを見上げ、ニヤリとすると、その背中の特大の大剣を背中から抜くや、ドラゴンに一瞬で詰め寄り、その首を斬り落とした。


 ズドドドドーーーーーン!


 ドラゴンが倒れるや、ドラゴンの胸に特大剣を突きつけ、胸を抉り、ドラゴンの心臓から赤い物体を取り出した。

 男は、人々の方に振り向き、その赤い物体を掲げた。

「ウワォーーー――っ!」

 人々は歓喜した。それは、人間が初めてドラゴンを倒した瞬間だった。

 果たして「男」が人間ひとであったかはわからないが。



 それから、男は、人々からの要請を受け、町を襲ったドラゴンを次々と退治していった。そのあまりにも大きく象徴的な特大剣を振るい、巧みに剣を操りドラゴンを倒す姿に、いつしか人々は、彼を「剣神けんしん」と呼ぶようになった。


 男のドラゴンを倒す様は、圧巻であったが、とても男一人では、人々を襲うドラゴン全てを相手にすることは不可能であった。そこで、男は人間の中から、可能性のある子どもを選び出し、彼の力を分け与え、育てた。その子供たちは、成長すると各地に散り、ドラゴンを見つけては、男と同じようにドラゴンと戦った。子供たちは、男ほどの強さはなかったが、ドラゴンを退治しては、また殺された。そして、男と同じように、白いロングコートに身を包み様々な剣を持ち、ドラゴンと戦う姿にいつしか人々は、彼らを「剣聖けんせい」と呼ぶようになった。


 剣聖となった者から子が生まれると、その子がまた剣聖となった。そして、その剣聖からまた子が生まれ、剣聖となる頃になると、組織的な団体へと成長していった。そんな過程の中で、男は次第に、人前には姿を現すことは無くなっていった。ドラゴンの退治は全て剣聖が行うようになっていた。そして組織化された団体は「剣聖団けんせいだん」となった。



 男が姿を消し、剣聖団が、ドラゴン討伐を全て担うようになると、男の存在は、いつしか人々の記憶から忘れ去られていった。そして、剣聖団とドラゴンとの戦いは、いつ終わること無く続いていった。しかし、突然、困難な局面が訪れた。


 ドラゴンの中に特異な強大な力を持つドラゴンが出現したのだ。そのドラゴンは、黒色の巨大なドラゴンであった。黒色のドラゴンは、次々と町や都市を消し去り、人々に絶望を与え、黒色のドラゴンが現れた地域は闇に包まれた。そして、黒色のドラゴンは、「暗黒竜あんこくりゅう」と呼ばれるようになる。剣聖団は、剣聖等を派遣し、暗黒竜に次から次へと戦いを挑んだが、全て殺され、帰る者は無かった。剣聖が次々と暗黒竜に敗れ去ると、剣聖団は壊滅の危機へ陥った。



 世界の3分の1が暗黒竜の出現で、闇に覆われた。


 この状況になって、人々は、「男」のことを思い出した。史上初めてドラゴンを倒し、人々が「剣神」と称えた男の存在である。


「もう剣神様に頼るしかない」

「剣神様に我らの救いを祈ろう」

 人々は、男を待望した。


 そうした人々の祈りが通じたのか、男が人々の前に久しぶりに姿を現した。白いロングコートに身を包み、身の丈3メートルを超える長大な分厚い灰色の剣を構えていた。前と違っていたのは、男には長い白い翼が生えて空中に浮いていたことと男が白い光に包まれていたことだ。それは、人々に神によって遣わされた天使を彷彿させた。男は、人々に問うた。


人間ひとよ。我の力を求めるか?」

「剣神様。あの暗黒竜を倒してください。そして、闇に包まれた世界から我らをお救いださい」

「我とかの竜の戦いは、凄惨な被害をお前たち人間にもたらすことだろう。それでも、望むか?」

「このまま暗黒竜により闇に覆われれば、我らの滅亡は免れません。どれほどの被害も甘受かんじゅします」

「よかろう」

  

 男は、翼をはためかせると、一条の光となり人々の前から姿を消し、暗黒竜の元へと飛び去った。




 「男」と暗黒竜の闘いは、男が言うように凄惨なものとなった。男の力は光、暗黒竜の力は闇。相容れない二つの力が、ぶつかると、地上のあらゆるものが吹き飛ばされ、壊され、消失していった。草木、人間、動植物と生命が何も残らない無機質な大地だけが残った。その戦いも場所を次々と変え続いて行ったため、地上からは生命が消え、荒廃した大地がどんどん広がっていった。また、時に大地までもが無くなったという。いつ終わるともしれない光と闇の闘いは、1週間続いたという。


 この闘いで地上の9割の生命が失われたという。しかし、突然光と闇の闘いは終わりを告げた。その決着の戦いを見た者はいなかったが、海上のある場所で、男の長大な特大剣が暗黒竜の胸を貫くと、光が一気に広がり、暗黒竜飲み込んだという。そして、男は白い竜に姿を変え、上空高く舞い上がると、自らも消えて無くなり、真っ白な光が、暗黒竜が覆った暗黒の闇を世界から消し去ったという。


 世界を救ったその男の名を「マキナ・ソル・アルファシオン」と言った。




 それから、1500年が経過した。剣聖とドラゴンの戦いは、尚も続いていた。


 竜と剣聖が紡ぐ物語は、ここから始まる。

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