第428話 まさかの伏兵に…

 9回表は大東投手が無失点に抑えた。

 8回、9回と勝ちパターンのKRDSの一角を投入したということは、まだ試合を諦めないという意思表示だろう。


 9回裏、静岡オーシャンズのマウンドには、抑えの切り札、ジャン投手が上がっている。

 点差は1点。

 たかが1点。

 されど1点。


 プロの抑えの切り札から1点をもぎ取るのは至難の業である。

 抑えに君臨するレベルの投手は、1イニング全ての球を全力投球であり、そのほとんどが決め球にもなりうる球である。

 ジャン投手は190cmを超える長身から、160km/hを超えるストレートをコンスタントに投げ込んでくる。

 そしてカットボール、チェンジアップも得意としており、的を絞りづらい。


 そのジャン投手から1点を取るには、失投を逃さないことが肝要である。

 ダンカン選手は空振りの三振に倒れ、バッターボックスには下山選手が立った。


 下山選手は毎年、コンスタントに二桁ホームランを打つが、ホームランバッターではなく、中距離ヒッターである。

 それでも不動の5番打者として君臨しているのは、類まれなる勝負強さの由縁である。


 この打席もツーストライクと追い込まれてから、ファールで粘り、フルカウントまで持ち込んだ。

 そして9球目をライト線に弾き返した。


 先ほど僕の打球を好捕した、憎きライトの高橋孝司選手が懸命に追ったが、打球はその前に弾んだ。

 見事なツーベースヒット。

 これでワンアウト二塁。

 同点のランナーをスコアリングポジションに出した。

 そして俊足の岡谷選手が代走として出場した。


 ここで迎えるバッターは、セカンドでスタメンの光村選手。

 僕と同年代であり、ロイトン選手、湯川選手、そして僕とセカンドのポジションを激しく争っている。

 大卒、社会人経由のため、齢は僕と同じだが、入団2年目の選手である。


 光村選手はワンストライクからの2球目のカットボールを掬い上げた。

 打球はセンター前に落ち、岡谷選手は三塁を蹴ってホームに向かってきた。


 タイミングは微妙だったが、さすがベテラン岡谷選手。

 うまくタッチをかいくぐり、見事にホームインした。

 恐らくランナーが下山選手のままだったら、ホームインできなかったであろう。

 この回は結局、同点止まりではあったが、土壇場で、しかも抑えの切り札のジャン投手から1点をもぎ取ったのは大きい。


 延長戦に入り、10回表のマウンドにはルーカス投手が上がった。

 恐らく次の回は新藤投手を投入するのだろう。

 勝ちパターンの投手を投入する以上、負けたくない試合だ。

(負けたい試合などないが…)

 

 だがルーカス投手はまさかの伏兵、原谷捕手に今日二本目のホームランを打たれてしまった。


 あーあ、今日の食事はキャンセルしようかな。

 完全に原谷さんの独演会になる…。

 普段ならまだ良いが、方やホームラン2本、僕は4タコである。


 静岡オーシャンズのベンチは大きく盛り上っており、原谷さんは満面の笑みで、ダイヤモンドを一周している。

 僕はあえて目を合わせなかった。

 ただでさえ、今日は自慢話をずっと聞かされるだろう。

 そう考えると気が重い…。


 ルーカス投手はその後は抑えたが、まさかの安牌に被弾である。

 ショックは大きい。


 10回裏、9番のピッチャーのルーカス投手の打順であり、ここはもちろん代打である。

 今日スタメン落ちの湯川選手が代打に告げられた。


 湯川選手はバッターボックスに向かう前に、ネクストバッターズサークルに入った僕のところに来た。

 

「絶対に塁に出ますから、ホームに返して下さいよ」

「あ、ああ」

 僕は頷いたものの、チラッとベンチを見た。


 もし湯川選手が塁に出たら、僕のところで代打を告げられるかもしれない。

 何しろここまで4タコで、9打席連続ノーヒットだ。

 ベンチにはロイトン選手がまだ残っている。

 まあ、送りバントということなら打席に立てるかもしれないが…。


 静岡オーシャンズのマウンドは、浜田投手が上がっている。

 かっての抑えの切り札で、今はジャン投手にその座を譲っているが、その能力はまだ衰えていない。


 湯川選手はバッターボックスに入り、浜田投手に向き直った。

 

 

 


 


 

 

 

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