第385話 恒例行事②(大阪愚連隊編)
「えーと、会費は5千万円か?
え、5千円?
それって1万円札を半分に切れば良いのか?
俺はここ数年、1万円札しか見たことが無い」
冒頭から山崎の嫌味が炸裂した。
スピンオフの「(仮題)ドラフト1位で入団するまで」が、あまりPVが伸びないのは、作者の力量不足もさることながら、主人公に魅力が無いというのも大きな要因だろう。
「おう、お前だけ5千万円だ。
どうせ、税金で取られるなら、俺たちに還元したほうが良いだろう」
「バカ言え、そんな無駄な事に金を使うくらいなら、喜んで税金払うぜ」
今や大リーガーとなった山崎だが、僕らの関係性は高校時代と変わらない。
偶然にも素晴らしいメンバーが揃った、群青大学付属高校野球部の同期達。
それぞれ個性が強く、最初はバラバラでよく喧嘩もしたが、やがて一つの目標に向けてまとまり、高校3年生の夏の甲子園で全国制覇を成し遂げた。
そしてそのチームからは僕も含めて、4人がプロ入りした。
名実ともに黄金世代だったと思う。
「で、平井。今後はどうするんだ?」
さすが、山崎。
遠慮というものを知らない。
僕らは平井に気を使ってその話題に触れないようにしていたのに。
平井はトライアウトを受け、独立リーグや、社会人チームの幾つかのチームから声をかけられていた。
「おう、社会人のJR南日本野球部に入ることになった。
正直なところ、ここ数年自信を無くしていたから、1からやり直すさ」
「もうプロにはもどらないのか?」
「ああ、残念ながら俺の力ではプロでは通用しなかった。
JR南日本では引退して、社業に専念して、駅長になっている人もいるそうだ。俺は次の夢を追う」
僕はそのように吹っ切れたような表情で淡々と語る平井が眩しく見えた。
平井は高校時代から、僕にとってはスターだった。
一般入部の僕(いわゆるパンピー)に対して、平井は1年生からレギュラーとして活躍し、ずっと4番を打っていた。
まるで人間の中にゴリラが一人混ざったような段違いのパワー。
(見た目もゴリラを連想させる)
甲子園でもホームランを放ち、ドラフト時点では東の谷口、西の平井と並び称され、ドラフト上位候補として名が上がった。
プロに入ってからも、1年目から一軍出場し、ホームランも放った。
そしてプロ3年目には打率1割台ながら、二桁の10本のホームランを打った。
まだ2軍が主戦場だった、その頃の僕は、平井の活躍を妬ましくも嬉しく思っていた。
そしてそのまま、長距離砲として順調に成長していくものだと思っていた。
しかし平井はそこから伸び悩んだ。
プロに入る選手は、子供の頃はエースで4番だった選手ばかりである。
スラッガーは野球の華であり、どこのチームも育てたいと思う。
しかしながら数多くのスラッガー候補のうち、ホームランを20本以上を打つようになる選手は、ほんの一握りなのだ。
「おい隆、飲んでいるか」
平井が僕のグラスにビールを注いだ。
「おう、飲んでいるぜ。
お前こそ飲みすぎるなよ。
ゴリラに酒は似合わないし、飲んで暴れたら一大事だ」
「誰がゴリラやねん」
やはりいつもの平井だ。
「しかし隆が、プロでレギュラーになるとはな」と柳谷。
「本当にな。2、3年で戦力外になるかと思っていたけどな」と新田。
君たち、僕のことをそんな目で見てたのね。
お生憎様、今や札幌ホワイトベアーズの不動の1番バッター。
不動の切り込み隊長、蒼き旋風こと、高橋隆介です。
今後もお見知りおきを。
「お前はいつ、アメリカに戻るんだ?」
僕は鍋にわずかに残っている締めの雑炊を、貧乏臭くしゃもじで集めて、茶碗に入れている山崎に聞いた。
とても7年で100億円を稼ごうとしている人間には見えない。
「ああ、正月開けたら戻るつもりだ。
どうせ、俺は日本には親類もいないし…」
山崎はちょっと寂しそうに言った。
山崎は児童養護施設で育ち、天涯孤独なのだ。
山崎は稼いだ年俸を何に使っているか決して言わない。
そして僕らは知っていても聞かない。
毎年、各地の地方新聞に児童養護施設への匿名の寄付の記事がでる。
昨年からその金額は更に増えていた。
「そう言えば、お前の妹さん、結婚するんだってな。何で俺等に紹介してくれなかったんだ」
山崎がどこで聞きつけたのか、急に言い出した。
お前らと義兄弟になるのが嫌だったからだよ、と心に思ったが口には出さなかった。
三田村と義兄弟になるのも嫌だが、こいつらからお義兄さんと言われるのは想像しただけで、寒気がする。
最後に肩を組んで、群青大学付属高校の校歌を歌った。
さあ、年が開けたら自主トレだ。
湯川というライバルも出現したし、来シーズンも頑張ろう。
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