第381話 新たなライバル

 長かった8年目のシーズンが終わった。

 目標としていた規定打席にも到達し、リーグの打率ベストテンの9位に入った。

 初のオールスターにも出場し、まさかのMVPまで獲得した。

 クライマックスシリーズにも出場した。

 我ながら出来過ぎのシーズンだった。


 僕はフェニックスリーグへの参加は免除されており、11月からの沖縄での秋季キャンプには参加予定である。


 それまでは札幌で身体を動かし、キャンプインに備える。

 だが長いシーズンを乗り切ったことで、心身ともに疲れているのも確かである。


 よって三泊四日の日程で、道内の温泉に家族で出かけた。

 結衣のご両親と、母親も同行したが、妹は何かと忙しいとの事で参加しなかった。

 珍しい事もあるものだ。


 そして10月下旬にはドラフトがある。

 僕はドラフト会議の朝、スポーツ新聞を見ていた。

 あれから8年か。

 感慨深いものがある。


 今年のドラフトの最大の目玉は、湘南大学の湯川選手。

 高いレベルで走攻守の三拍子そろった、数十年に一度の逸材と言われており、高校時代から注目されていた。


 彼は高校時代に甲子園を湧かせたが、プロ志望届けを出さず、湘南大学に進学し、そこでも大活躍した。

 まさに野球エリートであり、ドラフト1位で複数球団競合必至と言われており、本人は12球団どこでもOKの意思表示をしている。


 ポジションは内野はどこでも守れるが、大学4年生時はショートを守っていた。

 万が一、札幌ホワイトベアーズに入団したら、強力なライバルとなる。


 そしてドラフト会議。

 予想通りドラフト1位で、5球団競合となり、その中には札幌ホワイトベアーズも含まれていた。


 抽選となり、大平監督が最後にくじを引いた。

 そして一斉にくじを確認し、大平監督がガッツポーズをした。

 つまり札幌ホワイトベアーズが、交渉権を獲得だ。

 これで更に強くなるな。

 僕は呑気にそんな事を考えていた。


 その夜、携帯電話がなった。

 着信を見ると、山城のおっさんだった。

 久しぶりだな。

 何の用だろう。

 少なくとも僕の方は用は無い。

 

「はい、高橋です」

「おう、元気か?」

「ええ、大城さんはいかがですか」

「誰が大城だ」

「すみません、久しぶりで名前を忘れてました」

「貴様、恩師の名前を間違えるな。

 まあ甲子園出場監督ともなると、色々な行事にも呼ばれて大変だ。

 そう言えばお前ら少しは考えろ。

 いくら俺がビールを好きでも、2,000本も飲めねぇよ。俺をアル中にする気か」


 差し入れに文句を言う人も珍しいのではないだろうか。

 余ったら知人にあげれば良いと思うが…。

 

「ところで何か用すか?」

 少し世間話をした後、僕は恩師に対し、敬意を込めて言った。

 

「おう、そうだ。

 またしても大変な事になったな」

「何がですか?」

「湯川だよ、湯川。

 札幌ホワイトベアーズが交渉権を獲得しただろう」

 

「あー、そうですね。

 これでまた強くなるんじゃないですかね」

「随分と余裕だな。

 お前とポジション被るだろうが」

「あー、まーそうですね。

 僕だってプロで8年やっているんですよ。

 簡単には負けませんよ」


 山城さんは大きくため息をついた。

「その意気だ、と言いたいところだが、話はそう簡単には行かないぞ。

 何しろあれだけの金の卵だ。

 チームとしても大事に育てようとするだろうし、出場機会も与えるだろう」

「まあ、そりゃそうでしょうね」

 

「そうなるとだ。

 必然的にお前の出場機会は減ることになる」

「そうですかね。

 僕も簡単には負けませんよ」

「もちろんだ。

 俺だってそう思う。

 お前だって曲がりなりにも、規定打席に到達し、打撃ベストテンに入った選手だ。

 そりゃ、簡単にはポジションを譲らないだろう。普通はな」


 珍しく褒めてくれた。

 そして山城さんは話を続けた。

「そうは言っても相手が悪い」

「そうですかね」

「湯川は本物だ。

 いつかトリプルスリーをやっても不思議じゃない。

 俺の後輩が湘南大学のコーチをやっているが、あれ程練習熱心で努力家の男を見たことが無い、と言っていた。

 才能があって、努力する奴は強いぞ」

「はあ」


 努力なら僕だって負けていないつもりだ。

 だが山城さんがそこまで言うのであれば、やはり良い選手なのだろう。

 

「初めは間違いなく、湯川が使われるだろう。

 その時に腐らずに試合に出るために必要な準備をし続けることができるか。

 それがお前が生き残っていくために重要だ。

 よく覚えておけ。

 そして、俺の好きなブランデーの銘柄は〇〇と△△の◯年ものだ。これも覚えておけ」

 そう言って、山城さんは電話を切った。


 後からインターネットで〇〇と△△を見たが、相当高い。

 ブランデーの値段もピンキリだと思った。

 山城さんがバスローブを着て、グラスに入れたブランデーを嗜む姿を想像したが、やはり山城さんに似合うのは焼酎だと思う。

 今度、下町のナポレオンと称される焼酎を差し入れしよう。10ダースほど。 

 

 

 

 

 

 



 

 


 

 

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