第382話 おどろ木、桃の木、山椒の木

 秋季キャンプが終わると、待望のオフである。

 強力なライバルの入団が決まり、僕としてもうかうかしてはいられない。


 だが来シーズンに向け、疲れを取るのも重要だ。

 来年は僕も27歳。

 まだまだ若いつもりではあるが、少しずつ疲れが溜まりやすくなってくるかもしれない。

 だから12月中は大阪に帰り、軽めの調整としている。

(札幌の12月は雪が積もり、そして寒い。

 とても外ではトレーニング等はできない)


 その日は僕はスポーツジムで汗を流し、夕方、結衣と待ち合わせしていた。

 夕飯を外で食べるためだ。


 久しぶりの道頓堀は週末ということもあって、かなり混み合っていた。 

 その待ち合わせの場所、丸と四角の図形を組み合わせた、意味不明なモニュメントの前で待っていると、急に後ろから声をかけられた。


「よお、お兄さん」

 どこかで聞いたことがある声だと思って振り向くと、そこには何故か三田村がいた。


「何だよ、驚かすなよ。

 しかも何だ、お兄さんって。気色悪いな。

 ていうか、何でお前がここにいるんだよ」

 偶然にしても驚きだ。

 お互い大阪にいるので、ばったり会うことはあり得なくはないが……。


「いや、実は俺、結婚することになってさ。

 まずはお前に報告しようと思ったんだ」

 ほう、めでたいことだ。

 良くボランティア好きの女性が見つかったものだ。

 僕は人生の外れくじを引いた、三田村の結婚相手に同情を禁じ得なかった。

 でも何で僕がここにいることを知ってるのだ?


「相手の親には会ったのか?」

「もう何度も会ったことがある。

 今回は親友の隆に紹介したいと思ってな」

 それは光栄だ。

 でも何だろう。

 胸騒ぎがする。


「相手を紹介するよ。

 ほらおいで」

 その相手を見た瞬間、僕は卒倒しそうになった。

 というよりも卒倒した。

 何故ならば……。


「驚いた?、お兄ちゃん」

 そこにいたのは僕の妹だった。

 しかもその横には、翔斗を抱いた結衣がいた。


「ど、どういうことだ……?」

 僕は事態が飲み込めず、頭の中が混乱していた。


「こういうことなんだって」と結衣が言った。

 腕の中では翔斗がお気に入りの、静岡オーシャンズのイルカのマスコットキャラクターのぬいぐるみを手に持って、キャッキャと笑っている。

 どういうことだ。

 僕は混乱したまま、呆然としていた。


「まあ、立ち話も何だし、お店に入りましょう」と結衣。

 僕は呆然としたまま、結衣と三田村、妹の後について、近くの喫茶店に入った。


「何で?、どこで知り合ったんだ?、結衣は知っていたのか?」

 店に入り、飲み物を注文すると、僕は矢継ぎ早に聞いた。


 「2年くらい前かしらね」と妹が言った。

 「久しぶりにお兄ちゃんの試合に、お母さんと結衣さんと一緒に応援に行った際に、偶然会ったの」

 三田村が続けた。

「スタンドで結衣さんを見つけて、声をかけたら、隣に隆のお母さんと麻衣さんがいたんだ。

 その時、偶然隣が空いていたので、座ったのが始まりだ。

 驚いたか?」

「当たり前だろう。

 心臓が止まりそうになったよ」


 正直に言う。

 驚いたのは確かだが、三田村と妹の組み合わせは悪くないと思う。

 もっと言えば嬉しいかもしれない。

 いや、違う。とても嬉しい。


 三田村のことはプロ入り以来、よく知っている。

 一言で言えば、良い奴だ。

 密かに尊敬もしている。


 こいつがプロに入ってから、故障ばかりで苦しい中、どれくらい努力したか知っている。

 どんな時でも前向きな気持ちを失わず、自分にできることをいつも全力で取り組んでいた。

 2軍とは言え、最後の完全試合は野球の神様からの贈り物だったと、僕は思っている。


 引退だってしたくなかったのはわかっている。

 僕らの前では吹っ切れた、サバサバした表情を見せていたが、その裏ではどれだけ涙を流したか、僕は知っている。


 そして引退を決めてから、必死に勉強し、結構レベルが高い大学に入り、そこでも一生懸命勉強し、資格を取得したことも聞いている。

 英語も勉強したようで、卒業したら静岡オーシャンズにトレーナー兼チームスタッフとして、就職することが決まっている。


 普段はチャランポランでチャラチャラしているように見えるけど、実直で剛毅な男である。

 だから妹に、本物の男を見る目があったことを嬉しく思う。


「隆は反対か?」

 三田村は不安そうに聞いた。

 僕がさっきから険しい顔をしていたからだろう。


「反対のわけがないだろう。

 可愛い妹と親友の結婚だ。

 嬉しく無いわけないだろう。

 だが1つだけ約束してくれ」


 三田村と妹はホッとしたように顔を見合わせた。

「約束ってなんだ?」

「俺のことを、お兄さんとは呼ばないでくれ。気色悪い」


 



 

 

 

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