第375話 厳しい世界に、僕らは生きる
「ところでよ」
雑談も一区切りしたところで、平井が口を開いた。
「明日、球団事務所に呼ばれた。
スーツを着て来いとよ」
「そうか…」
この時期にスーツを着て、球団事務所に呼ばれるということは答えは一つ。
つまり戦力外通告だ。
「まあ今シーズンは一軍昇格無かったからな。
気持ちの上では覚悟が出来ている」
「そうか。これからどうするんだ。トライアウト受けるのか?」
「うーん、正直五分五分だな。
今の俺の実力では、取ってくれる球団は無いだろう」
平井は自分の実力を冷静に認めているようだった。
「俺は打つしか能が無い。
だがそれすら最近は自信が無くなっている。
まあそれでもプロで28本のホームランを打てた事は、俺にとっては幸せだった。
お前は何本だっけ?」
「えーと、14本かな…」
「そうか、ホームラン数だけは俺が勝っているんだな」
「そうだな。
ゴリラにはパワーは敵わない」
「誰がゴリラだ。
まあ、でも楽しかったよ。
高校時代、お前らと出会えて、全国制覇までさせてもらったし、プロにも入れた。
プロでも大成功とは言えないものの、ホームランを28本も打てた」
「トライアウト受けろよ。
まだやれるだろう」
「そうだな、考えとく。
でも日本のプロ野球だけが、野球じゃない。
アメリカはもちろんのこと、台湾や韓国、ヨーロッパでも野球はできる。
日本でも独立リーグや社会人野球というのもある」
「野球は続けるつもりなんだな」
「ああ、俺には野球しかない。
身体が動く限りは、どんな形でも野球は続けるさ」
「そうか…」
「隆…」
「何だ?」
「クライマックスシリーズ頑張れよ。応援しているからな」
「ああ、暴れてくるぜ」
「おう、楽しみにしているぜ。またな」
最後にウホウホ言って、電話が切れた。
そうか、平井も戦力外か…。
平井はドラフト時は東の谷口、西の平井と並び称され、ドラフト2位で熊本ファイアーズに入団した。
熊本ファイアーズでは高卒1年目からホームランを打ち、2年目には7本、3年目には10本を打つなど、スラッガーとして順調に成長しているように見えた。
しかしながら、4年目からは4本、2本、1本と伸び悩み、7年目の昨シーズン、新潟コンドルズに金銭トレードで移籍した。
昨シーズンはシーズン終盤にホームランを3本打ち、今シーズンの契約を勝ち取ったが、今シーズンは若手の成長にも押され、一軍出場が無かった。
二軍では62試合でホームラン9本と実力の片鱗を見せたが、打率は.235と確実性に課題を残していた。
今季、谷口が現役ドラフトで移籍して、自己最高の成績を残したことを考えると、明暗が別れる形になった。
やはりプロは厳しい世界だな。
僕は自宅マンションのベランダから、遠くに見える札幌中心部の街明かりを見ながら、そう思った。
そして翌日、新潟コンドルズは戦力外通告した選手を発表し、予想通りその中に平井の名前があった。
わかっていたとは言え、何とも言えない寂しさを感じた。
インタビューを受けたようで、「トライアウトを受けるかは半々です」というような談話がスポーツ新聞やネットニュースに載っていた。
今回の戦力外通告の中に、葛西の名前は無かったが、今シーズン、一軍では13試合の出場にとどまっており、来年は3年目とは言え、年齢的にラストチャンスかもしれない。
僕だって来シーズンは9年目で27歳になる。
最早若手ではなく、中堅の領域に差し掛かる。
大リーグもレギュラーシーズンは終わり、ポストシーズンに入る。
今季、大リーグに挑戦した山崎は、シーズン当初は中々勝ち星が伸びなかったが、中盤以降盛り返し、12勝10敗、防御率3.69でシーズンを終えていた。
7年間で一億ドルという契約に見合った活躍かはわからないが、まあ及第点なのだろう。
年末の忘年会で、どんな不遜な発言をするか、今から楽しみだ。
さて、明後日からはクライマックスシリーズ。
今年のシーズンはできるだけ長く野球をしたい。
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