第354話 3,000千円の使い方(あるいはヒーローインタビュー番外編)

 試合が終わると、表彰選手の発表がある。

 僕ら選手は、ベンチの前に1列に並んだ。


 キー局の有名男性アナウンサーがマイクを持っている。

 テレビでよく見る顔だが、男性アナウンサーには何の興味もない。


 受賞者の発表が始まった。

 優秀選手、敢闘賞。

 僕の名前は呼ばれなかった。

 正直、優秀選手には選ばれる可能性があると思っていたので、ちょっと落胆した。


 まあ、最後だけちょろっと出て、ラッキーなランニングホームランを打っただけだ。

 人生そんなに甘くない。


「それでは最優秀選手を紹介します」

 いわゆるMVPだ。

 ちなみにMVPとは経営学修士のことではない。

 間違えないように。

 

 しかし、いいなー、最優秀選手の賞金は300万円か。

 そんなに貰えたら、欲しいもの何でも買えるよなー。

 まあ年俸をいっぱい貰っている選手にとっては、大した金額じゃないかもしれないけど。


 ジャジャジャジャーンというようなジングルが鳴り、少し間があった。

 

「最優秀選手は、札幌ホワイトベアーズの高橋選手です」

 へー。

 札幌ホワイトベアーズの高橋選手がMVPか。

 いいなー。羨ましいなー。

 ぼんやりとそんな事を考えていた。

 

「札幌ホワイトベアーズの高橋隆介選手、前にお越しください」

 ん?、今、札幌ホワイトベアーズの高橋隆介って言わなかったか?


 僕はキョロキョロと周りを見渡した。

「ほら、早く行け」

 道岡選手が背中をポンと押した。

 え、まさか、僕が?


 夢見心地のまま、前に出た。

 すると球場内の至るところから、大きな拍手が上がった。

 

 そしてスポンサーの会社の社長から、幅が1メートルくらいある長方形の小切手を渡され、その方と握手をした。


 カメラマンが何人か真正面に来たので、僕はその大きな小切手を上に掲げた。

「高橋選手、もっと笑って下さい」

 僕は作り笑いを浮かべた。

 

 そして僕が真ん中で優秀選手、敢闘賞を取った選手と記念写真を撮った。

 まだ信じられない。

 夢じゃなかろうか。


 そしてその後は受賞者のインタビューだ。

 敢闘賞、優秀選手の順に行われ、僕は1番最後だった。

 

「それでは最後に見事、最優秀選手賞を獲得された、札幌ホワイトベアーズの高橋隆介選手にお話をお伺いします」


 僕にマイクが回ってきた。

「MVP、おめでとうございます」

「は、はい、ありがとうございます」


「素晴らしい当たり…ではなかったですが、えーと、その…、ナイスホームランでした…」

「はい、気力で打ちました」

 アナウンサーが言葉を一生懸命に選んでいるのが伝わった。 


「9回裏、ツーアウト満塁の大チャンスで代打として出場しました。

 どんな事を考えて、打席に入りましたか?」

「えーと、そうですね。

 忘れました…」

 男性アナウンサーがずっこける仕草をした。

 僕は緊張のあまり、頭が真っ白になっていた。

 なぜか球場中が笑いに包まれた。

 

「ツーアウト満塁。

 ここで万が一、ここでホームラン打ったら美味しいな、とは思いませんでしたか?」

「はい、多分思いました」

 

「ホームランは狙っていましたか?」

「えーと、多分狙っていたと思います」

 

「打った瞬間はどう思いましたか?」

「浅い外野フライだと思ったので、あー、やっちゃったと思いました」

 

「小田選手が懸命にダイビングしました。

 その時はどんな事を考えていましたか?」

「はい、小田選手には申し訳ないですが、落としてくれと願っていました」

 

「打球がフィールドに落ちた瞬間、どんな事を考えていましたか?」

「やったぜと思いました」

 

「そして打球が外野を転々としている間に、ダイヤモンドを一周しました。

 走りながらどんな事を考えていましたか?」

「無我夢中でしたが、三塁コーチャーの指示どおりに走りました。

 アウトになっても僕のせいじゃないと、開き直っていました。メッチャ、疲れました。

 まだ足がガクガクしています」

 

「記録がホームランとなったのはわかっていましたか?」

「いえ、道岡さんに言われて初めて気が付きました」

 

「その瞬間はどう思いましたか?」

「はい、これは夢かと思いました。

 ていうか、夢じゃないですよね。ちょっとつねってもらっていいですか?」

 

「良いんですか?じゃあ、つねりますよ」

「イテテテ…」

 頬をつねられた。

 

「痛いということは夢じゃなさそうですね」

「はい、痛かったです。

 本当につねられるとは思ってませんでした」

 球場内が笑い声に包まれた。

  

「ところで賞金の300万円の使い道は決まっていますか?」

「えーと、キャバクラで豪遊…じゃなかった。

 あの、その、多分全部妻に取られると思います」

 喋りながら、今日は結衣が来ているのを思い出した。

 やばい、帰ったら怒られる…。

 この間、もうキャバクラには行かないと念書を書いたばかりなのに…。

 

「ご自身では何か買わないんですか?」

「あ、えーと、欲しいジーパンがあるので、妻と交渉します」

 

「そうですか。交渉が成立すると良いですね。

 最後に球場内の皆さん、今日の試合、活躍された選手の方々に大きな拍手をお願いします」

 盛大な拍手の中、僕らは頭を下げた。


 こんな大舞台で活躍できるなんて。

 夢じゃなかろうか。

 僕は大歓声を聞きながら、ぼんやりとそんな事を思った。

 

 


 


 

 


 

 


 

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