第303話 九回裏、二死満塁
ノーアウト満塁というのは意外と点が入らないと言われる。
もちろん大量点に繋がることもあるが、最初のバッターが倒れると、次以降のバッターに強いプレッシャーがかかり、そしてツーアウトになると相手のピッチャーも、より一層ギアが入る。
この回もノーアウト満塁がすでにツーアウト満塁に変わり、僕にかかるプレッシャーも強いものとなっていた。
僕が凡退したら、試合終了である。
「僕は打てる、僕は打てる、僕は打てる」
バットに向かって、呟いた。
ツーアウトとなったが、二塁にランナーを返すとサヨナラなので、相手の外野はやや前に来ている。
当然だが、相手の投球も低め中心になるであろうし、追い込まれたらフォーク攻めに遭う。
成松投手のフォークは分かっていても打てないと言われている。
つまり追い込まれる前に勝負する必要がある。
初球。
外角低めへのスライダー。
鋭く曲がる。
これは打ってもセカンドゴロだ。
あえて見逃した。
ストライク。
うーん、今のは仕方がない。
2球目。
またしても外角へのスライダー。
さっきよりも遠く感じる。
ボールと判断し、見送った。
だが判定はストライク。
うーん。
追い込まれた。
僕は表情を変えないように意識しながら、次の球種を考えた。
3球目は何でくるか。
もう一球スライダーか。
決め球のフォークか。
ストレートもありうる。
裏をかいてシンカー、チェンジアップもありえなくはない。
僕は一度、バッターボックスを外した。
迷っていては打てない。
僕はヤマを張った。
ヤマを張った球種以外が来たら、ファールで粘ろう。
もっともそれが至難の業であるが…。
3球目。
ストレートか、いやフォークだ。
辛うじてバットに当てた。
ファール。
カウントはノーボール、ツーストライク。
4球目。
外角低めへのスライダー。
際どかったので、バットを出した。
ファール。
カウントは変わらずノーボール、ツーストライク。
5球目。
ボールゾーンからボールゾーンへ落ちるフォーク。
ワンバウンドしたが、キャッチャーの大隅捕手が体を張って止めた。
これでワンボール、ツーストライク。
6球目。
またしてもフォークだ。
今度はさっきよりも高い。
これも辛うじてバットに当てた。
カウントはワンボール、ツーストライク。
7球目。
ストレートか。
いや、遅い。
チェンジアップだ。
3球目の後、バッターボックスを外した時に考えていた。
フォーク、スライダー、ストレート。
これらの球が来たら、僕は当てるのが精一杯だろう。
もし打てるとしたら…。
そう、チェンジアップにヤマを張っていたのだ。
この場面でチェンジアップが来る可能性は低いとも思っていたが、確実に打てるのはこの球しかない。
僕は思い切り引っ張った。
鋭いライナーがレフト線に飛んでいる。
打球はフェアゾーンで弾み、ファールゾーンに達した。
ツーアウトなので、打った瞬間、ランナーはスタートしている。
三塁ランナーがホームインし、やがて二塁ランナーもホームインした。
サヨナラタイムリーだ。
二塁ベース上で自然とガッツポーズが出た。
お父さんやったよ、翔斗。
見ているか?
恐らく結衣はケーブルテレビを付けているはずなので、翔斗が起きていれば見ていたかもしれない。
もっとも意味はわからないだろうけど。
チームメートが僕のところに駆け寄ってきて、殴る蹴るの暴行を受けた。
ちょっと痛いけど、心地よい。
誰かに頭から水をぶっ掛けられた。
これでチームとしても8勝8敗の五分に戻した。
よし明日も頑張ろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます