第232話 ロッカールームと消去法
8回表の泉州ブラックスの攻撃は、1番の伊勢原選手からだ。
点差は6対4の2点差なので、この回に追加点を取れれば更に有利になる。
伊勢原選手は三振したが、今日は2番に入っていた宮前選手がレフト線にツーベースヒットを打った。
だが3番の岸選手、4番の岡村選手が凡退し、この回は無得点に終わった。
8回裏はセットアッパーの山北投手。
今日もツーシームが冴え渡り、3人で抑えた。
そして6対4の2点差のまま9回表を迎えた。
仙台ブルーリーブスのマウンドは、大卒2年目の右腕、塩釜投手。
浮き上がるような速球が武器の投手だ。
この回は5番のデュラン選手からの打順だったが、センターフライに倒れ、6番の水谷選手も三振し、僕の打順となった。
ツーアウトなので、好きに打てる場面だ。
僕はネクストバッターズサークルで塩釜投手の球筋を見ていた。
スコアラーから聞いていたよりも、速く感じる。
これを打ち返すのは容易ではないだろう。
しかも荒れ球なので、なかなか的を絞りづらい。
バッターボックスに入った。
ここは初対戦なのでじつくりと見て行きたいところだ。
初球。
真ん中高めへのストレート。
やはり速い。
だが僕だって厳しいプロの世界で7年も生き抜いてきた。
速い球はこれまでも多く見ている。
強振した。
真芯に当たった感触があった。
手応え抜群だ。
打球はレフトに上がっている。
僕はホームランを確信しながら、一塁に向かった。
レフトの選手は打球を追うことすらしない。
打球はレフトスタンドの上段に飛び込んだ。
恐らく相手キャッチャーは今日の僕の打席を見て、粘ってくると思っていただろう。
だから初球から打ってくるとは予想せず、ストライクを取りにきたと思う。
それを逆手に取ったのだ。
今シーズン3号は会心の一撃。
これで7対4。
俄然有利となった。
9回裏のマウンドには抑えの切り札の平塚投手が上がった。
ツーアウトを簡単に取ったあと、ソロホームランを打たれたが、それでも7対5。
試合はそのまま終了した。
今日は4打席で3打数2安打、ホームラン1、打点2、盗塁1、ファインプレーあり。
なかなかの活躍だったのでないだろうか。
僕は軽やかな足取りで、チームメートと勝利のハイタッチをした。
これで今シーズンの成績も86打数26安打の打率.302、ホームラン3、打点13。
早くも昨年のヒット数とホームラン数に並んだ。
ここからは一本打つごとに自己最高を更新することになる。
しかも規定打席に到達していないが、打率も三割を越えている。
チームの規定打席到達者の最高打率は、岸選手の.291なので事実上、チーム最高打率だ。
我ながら素晴らしいシーズンを過ごしてる。
だが好事魔多し。
このように好調な時こそ、ケガをしないようにしなければならない。
僕は勝利の心地良い余韻を感じながら、グラブとバットを持ってロッカールームに下がった。
「高橋いるか?」
椅子に座って、タオルで顔を拭いていると、梅林広報の声が聞こえた。
「はい」
新人の高橋隆久投手が返事した。
「いやごめん。
俺が探しているのはバカの方の高橋だ」
それはどういう意味でしょうか?
「隆の方ならここにいますよ」
岸選手が言った。
「おう、いたいた」
「何でしょうか」
「お前、今日ヒーローインタビューな」
「は?」
僕は想定していなかったので、驚いた。
「今日は二宮は勝利投手になったとは言え、3失点しているし、先制点はフィールダースチョイスだろ。消去法でお前になった」
さいですか。
ご指名とあれば仕方が無い。
僕は改めて帽子を被り、鏡の前でユニフォームを整え、グラウンドに用意されたヒーローインタビューの場所に向かった。
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