第216話 僕はあ〇さんにはなれない
翌日の試合、東京チャリオッツのピッチャーが右投げの船堀投手ということもあり、僕はベンチスタートだった。
良かった…。
球場に入ってもまだ酒が残っており、今日スタメンなら辛かった…。
「おう、高橋。調子はどうだ」
高台捕手に声をかけられた。
「絶好調です」
「そうだろ。酒は百薬の長だからな」
それは適量の場合ですよね?
高台捕手はチームでも一、二を争う酒豪らしく、あれだけ飲んでも全く酒が残っていないそうだ。
児島投手はそれ程アルコールに強くないが、昨日先発したので今日は休みだ…。
僕は試合が始まる前、汗をかいて酒を抜こうとひたすら走った。
そして試合が始まってからも、ベンチ裏で素振りをした。
(黙ってベンチに座っていたら、具合が悪くなるのだ…)
試合は昨日とうって変わって、8対1のビハインドで9回の表を迎えた。
僕は今日は出番がないと油断していた。
しかしそううまくはいかないものである。
「高橋、次代打な。
そしてその後、守備に入れ」
栄ヘッドコーチにいきなり言われた。
何と今日無安打の高台捕手のところで代打ということだ。
全く予想していなかった。
マジか…。
代打だけならまだしも守備に入るのか…。
どうやらベンチ裏で積極的に体を動かしていたことが、首脳陣には好印象だったらしい。
アピールしていると思われたようだ…。
僕は頭痛を感じながら、打席に入った。
あまり頭が働かない。
マウンドにはミランダ投手。
150km/hを越えるストレート(フォーシーム)が武器の投手だ。
初球、外角低目へのカットボール。
見逃してストライクワン。
2球目、またもや外角低目へのカットボール。
さっきと同じような球だがわずかに外れてボール。
これでワンボールワンストライク。
3球目。
内角高めへのストレート。
これも見逃してボール。
4球目。
外角低目へのカットボール。
これも際どいがバットはピクリとも動かず、ボール。
スリーボール、ワンストライクとなった。
やばい。
このままフォアボールで塁に出ると、具合が悪い。
とても盗塁などできるコンディションではない。
僕は次はどんな球でも振ろうと心に決めた。
5球目、真ん中高めへのストレート。
無心で振り抜いた。
カキーン。
快音が響き、打球はレフトに上がった。
あれ?
これってもしかして…。
レフトの浮田選手は打球を追うことすらせずにスタンドを見上げている。
打球はレフトスタンドの後方に飛び込んでいた。
今シーズン2号ホームランだ。
僕は具合が悪かったこともあり、ゆっくりとベースを一周した。
これで8対2なので、大勢に影響は無い。
でもこのところ8打席連続で凡退していたので、潮目が変わる良いきっかけになるかもしれない。
不思議なもので、さっきまで悩まされていた二日酔いの頭痛もホームインしてベンチに座ると綺麗さっぱりと消え失せていた。
「やっぱり酒は百薬の長だろ。
バッティング不振にも効く」
高台さんが僕の隣に座って言った。
「そうかもしれませんね」
「そうだろ。じゃあ今日も行こうな」
「嫌です」
きっぱりと断った。
高台さんはウワバミであり、幾ら飲んでも全く表情が変わらない。
そんな人に付き合っていたら、肝臓が幾つあっても足りない。
僕はあ〇さんにはなれない。
(わかりますか?、マンガの主人公です)
その後の守備も何とかこなし、試合はそのまま終了した。 僕はそそくさと着替を済まし、一目散にチームバスに乗り込み、気配を消した。
後から聞いた話では高台さんが試合後、僕の事を探し回っていたそうだ。
ここ最近の不振を脱出できたのは良かったが、今日は早く帰って寝たい。
ホテルの部屋に入ると、携帯電話の電源を切っておいた。
ぐっすり眠り、朝起きてから電源を入れると、高台さんからの着信(7回もあった)の他に、結衣や三田村、原谷さん、竹下さんからの着信もあった。
きっと2号ホームランに対するお祝いの電話だったのだろう。申し訳ない。
今日は昨日とは打って変わって、すこぶる調子が良い。
僕はホテルの窓から、通勤客の列を見ながら、今日試合に出たら打てそうな気がした。
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