第205話 試合前のあれこれ

「よお、絶好調のようだな」

 僕は試合前練習で葛西を見つけ、声をかけた。

「おう、お前こそ大活躍だな。野球以外で」

 葛西は皮肉屋なのだ。

 

「バカ野郎。

 野球でも活躍しているぜ、新聞見なかったのか、俺の開幕戦初球決勝ホームランを」

「ああ、ラッキーパンチおめでとう」

「これでもプロでホームラン6本目だぜ。実力だ」

「それはさておき、今日はいい天気だな」と葛西は眩しそうに澄み渡った気持ちの良い春の青空を見上げた。

 勝手にさておくな。

 全くマイペースな奴だ。


 葛西は高校時代もあまり感情を露わにすることはなく、熱くなりやすいチームメートをなだめる役割が多かった。

 だが結構喧嘩も強く、一年生の時に理不尽な命令ばかりする上級生3人を相手に一人で勝ったこともあった。

(この時は葛西が先輩に呼び出しを受け、それを知った僕らは慌てて探したのだが、体育館の裏で見つけた時にはすでに勝負はついていた)

 その時も飄々としており、僕らに気がつくと、「おう、腹減ったな。飯行くか」と言った。

 僕らの代は、野球も強かったが、喧嘩も強かったのだ。

 なお僕らの名誉のために言っておくが、僕らは売られた喧嘩は買ったが、自分たちから喧嘩をふっかけたことはない。

(山崎以外)


「お前は今日スタメンか?」と葛西。

「ああ、今日の先発は左の佐渡さんだからな。

 左の時はスタメン出場が多いんだ。お前は?」

「ああ、今日もスタメンだ」

「そうか、じゃあお互い頑張ろうな」

「ああ俺は頑張るから、お前は俺の打球が飛んたら、ヒットにしてくれ。

 うまくやれよ。

 エラーになったら打率下がるからな」

「じゃあ、お前も俺の打球が飛んだら、ヒットにしてくれるんだろうな」

「ああ考えておく」

 そう言って、葛西は自軍のベンチに戻っていった。

 嘘つけ、そんな気はサラサラないくせに。


「おう、高橋

 葛西の弱点を教えてくれ」

 ベンチに戻ると今日の先発の松田投手に声をかけられた。

 多彩な変化球を操る軟投派の左腕である。

「嫌ですよ。僕が昔の仲間を売るような人間に見えますか?」

「勝ち投手になったら、飯奢るぞ」

「それなら話は別です。

 あいつは笑い上戸なので、変顔には弱いです。

 あとピーマンとニンジンが苦手です」

 松田投手は嘆息し、「俺は打者としての弱点を聞いているんだ。それともお前は投げるたびに俺に変顔しろというのか?」

「大丈夫です。真顔でも充分、いけますよ」

 松田投手は猿人類を連想させるような特徴的な顔つきをしている。

 最近、在阪のテレビ局の人気女子アナとの結婚を発表した。

 男は顔ではないということだ。


「寿司でもいいぞ」

「マジっすか。葛西は150 km /hを超える速球にはやや弱いです。変化球には滅法強いですが」

「お前な。俺がそんな速球を投げられると思うか?」

 松田投手の速球は最速でも130km /h台である。

 その分、多彩な変化球を投げ分けることで打者を抑えるタイプである。

 

「まあ無理でしょうね」

「てめえ、ハッキリと言いやがって。まあいいさ。打たせるからしっかり守ってくれよ」

「あの、お寿司は?」

「完封勝ちしたらな」

 さっきよりハードルが上がっているんですけど。


 今日のスタメンは以下のとおり。


 1 高橋隆(ショート)

 2 額賀(セカンド)

 3 岸(センター)

 4 岡村(ファースト)

 5 デュラン(指名打者)

 6 宮前(ライト)

 7 伊勢原(サード)

 8 高台(キャッチャー)

 9 山形(レフト)

 ピッチャー 松田

 

 202話のオーダーと投手しか変わっていない。

 作者の奴、コピペしたな。

 

 僕は守備練習をしている葛西の動きを見た。

 高校時代も名手と言われていたが、その時よりも遥かに上手くなっている。

 僕もプロで揉まれてきたが、葛西も大学、社会人で揉まれて来たのだろう。

 ここまで辿ってきたルートは違うが、このようにプロの世界で戦えるのは喜ばしいことだ。


 さあ、僕もレギュラーの座を掴むために今日の試合も頑張ろう。

 気合を入れて、ベンチ裏に戻った。

 

 

 

 

 


 

 


 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る