第152話 決めろ、スクイズ!?

 僕はバッターボックスから、ベンチのサインを見た。

 ここはスクイズもあり得る。


 栄ヘッドコーチが出したサインは、「スクイズ………のふりをしろ」だった。

 相手投手もスクイズを警戒しているのが、ハッキリと分かった。


 初球。

 低目へのカットボール。

 僕は一瞬バントをするふりをして、バットを引いた。

 判定はボール。


 2球目。

 外角低目へのスライダー。

 これも見送ってボール。


 ツーボールノーストライク。

 スクイズをするには良い場面かもしれない。

 僕はベンチのサインを見た。

 サインは「打て」だった。


 3球目。

 真ん中低目へのストレートか。

 それにしては遅い。

 いずれにしても打ち頃の球だ。

 僕は思いっきり振り抜いた。

 打球はレフトに上がっている。

 犠牲フライにはなるか。


 僕は走りながら、打球の行方を見ていた。

 レフトが下がっているから、外野フライには充分な距離だ。

 いくら足が速くない高台捕手でもホームに帰れるだろう。

 

 そんなことを思っていたが、まだレフトは下がっている。

 え、まさか。

 打球はレフトスタンド最前列に飛び込んだ。

 嘘だろう。

 一塁を回ったところで、自然とガッツポーズをしていた。

 マナーとしてあまり良くないが、ここは許して欲しい。

 何しろ1試合で2本のホームランなんて、人生初だ。


 球場内が大きく沸いている。

 ホームに帰ると、監督、コーチを始め、全員がベンチを出て迎えてくれた。

 夢じゃないだろうか。

 これで6対4。

 僕は出迎えてくれた全員とタッチし、興奮冷めやらぬまま、ベンチに座り、汗を拭った。


「おい、やったな。

 やっぱり俺の言うとおりだっただろう」と釜谷バッティングコーチが声をかけてきた。

「そうですね。ありがとうございます」と僕は大人の対応をした。

 

 打った球種は落ちなかったフォークだろう。

 それはいわゆる棒球であり、打者としては絶好球である。

 恐らくスクイズを警戒して、フォークを投げたのが、うまく指から抜けなかったのだろう。

 いずれにしても失投を一発で仕留められたのは僕の成長の証ではないだろうか。

 しかもそれを古巣の静岡オーシャンズの前で見せられたのは嬉しい。


 この回はさらに田部投手を責め、フォアボールとヒットでワンアウト一三塁にしたところで、静岡オーシャンズは新外国人のウェイド投手をマウンドに送った。


 だがこうなると泉州ブラックス打線は止まらない。

 4番の岡村選手はセンターオーバーのツーベース、5番のデュラン選手はライト前ヒットとたたみかけ、さらに3点を奪った。

 後続は倒れたものの、この回6得点で9対4。

 見事に試合をひっくり返した。


 そして8回表のマウンドにも丸山投手が上がり、さっきとは別人のようなピッチングで三者凡退に抑えた。

 

 試合は結局、9回も丸山投手が三人で抑え、9対4のまま、泉州ブラックスが勝利した。

 僕はチームの勝利の喜びの輪に入りながら、俯き加減に引き上げていく谷口を目で追った。

 

 谷口は4打席いずれもヒット性の当たりをしながら、ノーヒットに終わった。

 ツキが無いとも言えるが、1番の原因は、「データーが予測した通りのところに打ってしまう」ということだろう。

 

 どういうことかというと、プロ野球の各チームには、データー収集、分析を専門とするスタッフがいる。

 僕らは毎試合、それらのデーターをもらい、守備位置も打者によって微妙に変えている。

 またバッテリーもそのバッターの得意なコース、苦手なコースが頭に入っており、基本的には苦手なコースを執拗に責める。

 そして不思議と苦手なコースの球に手を出すと、例えジャストミートしても、同じところに飛んでしまうのだ。


 なぜ僕が今シーズン打撃好調か?(打席に入る機会は少ないが)

 恐らく昨年よりもバッティングフォームを変え、またそれにより打球の性質が変わったので、各チームがそのデーターが揃っていないということも一因だろう。

 つまりもう少しすると、僕は弱点を執拗に付かれるようになるだろう。

 そこを乗り越えることができないと、安定した打率を残すことができず、レギュラーを取れないということだ。


 そして谷口は昨シーズン終盤、そして今シーズン序盤が好調だったため、マークが厳しくなったということだろう。


 お互いここが正念場だな。

 僕は敵チームではあるが、谷口の背中に心の中でエールを送った。

 

 

 

 

 

 

 

 


 


 

 


 


 

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