4年目 新しい日々の始まり

第71話 なぜかフロリダ

 僕は今、なぜかアメリカのフロリダにいる。

 日本は真冬だが、フロリダはまるで初夏だ。

 日本と違いカラッとしているので、気温ほど暑くはなく、爽やかな気候だ。

 フロリダは年中温暖らしい。


 なぜ僕がフロリダにいるのか。

 それは12月下旬にかかってきた1本の電話による。


 僕はその時、結衣とユニバーサルスタジオジャパンで束の間のオフを楽しんでいた。

 アトラクションの順番待ちをしている時、携帯電話に見知らぬ番号からの着信があった。

 丁度僕らの番が近づいていたので、僕は一旦保留にし、終わってからかけ直した。

 

「はい、黒沢です」

 黒沢?、僕にはそんな知人はいない。

「もしもし高橋と申しますが、電話を頂きましたでしょうか」

「おう、高橋君か。黒沢です。元泉州ブラックスの」

 僕は驚き、慌てて電話を落としそうになった。

 

「え?、あの、その。黒沢さんですか?」

「おう。初めまして」

「あっ、どうも初めまして」

「今、大丈夫かな」

「は、はい。大丈夫です」

「今回は俺のせいで申し訳なかったね。」

 人的補償の事を言っているのだろうか。

「いえ、あの僕に取っては逆にチャンスだと思っていますので」

「そう言って貰えると助かるよ。俺のわがままで若い選手に迷惑かけたんじゃないかと気になっていたんだ」

「いえ、そんな事はありません。あのままオーシャンズにいても、僕にはノーチャンスでしたから。」

「ありがとう。少し気が楽になったよ。

 ところで高橋君は自主トレはどこでやるんだ?」

 僕はそれを聞かれるまで、あまり自主トレについて深く考えていなかった。

 住むところは泉州ブラックス寮に移ったが、まだ知っている選手もいないので、取り敢えず球場施設で1人で体を動かそうと思っていた。

 

「いえ、あのブラックスの施設で年明けからやろうと思っていました」

「そうか。それなら罪滅ぼしっていう訳でも無いけど、俺らと一緒にやらないか。」

 え?、願ってもない事だ。

 一流選手がどのようなトレーニングをやっているのか、是非教えて欲しい。

「本当ですか。是非、お願いします」

「了解。君はパスポートはもっているか?」

「は?、パスポートですか?」

 高校時代の遠征で、一度台湾に行った事がある。

 その際に作ったのが、どこかにあったはずだ。

「はい、確かあったと思います」

「航空券とかホテルとかは、俺の方で全部手配しておくから、高橋君は野球用具と着替えを2週間分、あとは小遣いを用意して、1月3日の十五時に成田空港へ来てくれ。じゃあな。」


 僕は通話が切れた携帯電話をぼうっと眺めていた。

 あまりに話の展開が早すぎて、頭がついていかない。

 ただでさえ、そんなに賢い頭でもないし。

「どうしたの?」結衣が心配そうに僕の顔を覗き込む。

 ここ最近は何かと心配かけてばかりだ。

 

「黒沢さんから自主トレ、一緒にやらないか、って誘いを受けたんだ」

「自主トレ?、黒沢さんと?、どこで?」

 うっかりしていた。どこでやるか聞かなかった。

 パスポートを持ってくるように行っていたから海外か?

「まあ空港へ行ってのお楽しみだね」


 そして年が明け、僕は言われたとおり2週間分の着替えと野球道具を持って、成田空港駅にいた。

 そもそもどこで待ち合わせをするかも聞かなかった。

 僕は成田空港駅を降りて、改札を出てボーッとしていた。

 すると携帯電話が鳴った。

 谷口からだった。

 

「おい今、どこにいるんだ」

「おう、今成田空港にいる」

「成田空港のどこだ?」

「えーと、成田空港駅を出た改札の前かな」

「わかった。今行く」

 は?、何で谷口が?

 僕は意味が分からず、そのまま立ち尽くしていた。

 

 電話を切って5分もしないうちに、「あけおめ、ことよろ」と後ろから声がした。

 谷口だった。

 カートに大きなキャリーケースを載せていた。

「何でおまえがここに?」

「あ?、聞いてなかったのか?」

「何が?」

「黒沢さんとの自主トレ。

 俺も参加するぜ。」

 えー?、マジで?

 どういうことだ。


 僕は航空会社カウンターに向かいながら、谷口から事情を聞いた。

 元々黒沢さんと谷口は出身地が近く、面識があり、昨年も自主トレに誘われていたが、断っていた。

 ところが今回は僕も参加すると聞いて、谷口も参加することにしたとのことだ。

 

「ところでどこに行くんだ」

「それも聞いてないのか。フロリダだ。」

「フロリダって、あのアメリカの?」

「そうだ。一年中温暖で、日本は冬でも向こうは温かい」

 僕はまさかアメリカ本土まで行くとは思っていなかった。

「俺、そんな金ないぞ」

「俺とお前の分は黒沢さんが全部出してくれるってさ。

 自主トレメンバーは、黒沢さんと道岡さん、中本さん、与田さん、お前と俺の6人だ」

 道岡さんは札幌ホワイトベアーズのサード、中本さんは東京チャリオッツのファースト、与田さんは川崎ライツのセカンドでそれぞれレギュラーを張っており、錚々たる顔ぶれだ。

 

 航空会社カウンターに行くと、旅行代理店の方が待っており、航空機のチケットと行程表をくれた。

 黒沢選手と他の三名は既にチェックインして、ラウンジにいるとのことだ。

 

 というわけで、何だかよく分からないうちにフロリダまで来てしまった。

 空港を出ると、雲一つ無い青空が広がっていた。

 こんな所で自主トレできるなんて。

 僕は素晴らしいシーズンのスタートを予感した。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る