第31話 二度目の秋季キャンプと契約更改
宮崎から帰ると、二回目の秋季キャンプが始まった。
今回のTK組は四人で昨年のドラフト指名の高卒選手三人と僕の四人だった。
(三人の中には僕と同じポジションの足立も含む)
二年連続でTK組に選ばれたのは、僕一人であり、きっとチームは僕にとても期待しているのだろう。
(後で聞いたが、一人経験者を混ぜることで、引き締める効果を狙っているとのことだ。
でもそれは僕じゃなくても良かったのでは…。)
「よしウォーミングアップだ。お前ら、グラウンド百周だ。」
「えーっ。」
いいね。その初々しい反応。
やっぱり僕も走るんですか?
そうですか。そうですよね。
谷津コーチのノックは今回も冴え渡り、午前中のウォーミングアップでパンパンの足に、容赦なく降り注いだ。
「こら、高橋。そんな調子なら、TK組クビにするぞ。」
是非ともそうして頂きたい。
「お前は見本となる立場だろう。」
そうですね。
そうこうしている内に、秋季キャンプも無事終わり、参加者全員でグラウンドで1本締めを行い、待望のシーズンオフになった。
シーズンオフとなると、今年も寮を追い出され、またあのボロアパートに帰らなくてはならない。
そしてこの時期には毎年恒例の契約更改がある。
今年も寮で契約更改があった。
僕は50万円アップの500万円となった。
球団職員は、昨年と同じ二人で、精悍な顔つきの痩せ型と小太りの2名であった。
原谷さんが以前言っていたが、小太りの方は、難関国立大学の野球部を経て、プロ野球選手になり、二年で引退後、球団職員になったそうだ。
契約更改の場では、小太りから「一軍デビューおめでとう。来年はもっと試合に出るよう頑張ってくれ」と言われた。
ええ、頑張ります。
ちなみに新聞報道によると、ドラフト同期の契約更改は以下の通りだった。(推定)
1位の杉澤さんは、今シーズンは一年間先発ローテーションを守り、28試合に登板して、11勝9敗、防御率3.49と期待に応えた。
年俸も2,700万円から2,500万円アップの5,200万円と推定されている。僕の十倍以上だ。
ドラフト2位の谷口は、8月の初昇格から一軍と二軍の往来を2回し、結局6試合に出場して、15打数2安打.打率.133だった。
二軍ではホームランを20本打ったが、一軍では初ヒットを打ったものの、ホームランはまだ無い。
年俸は現状維持の840万円。
やはり一軍で数字を残さないと年俸は上がらないのだ。
ドラフト3位の竹下さんは、今年はずっと一軍に帯同した。
代走、守備固めを中心に68試合に出場して、84打数19安打、打率.226、ホームラン0、打点6、盗塁13(盗塁死5)。
年俸は1,260万円から1,800万円へアップした。
ドラフト4位の三田村は、今年はリハビリに専念したため、二軍でも登板機会が無く、年俸は560万円から520万円にダウン。
ドラフト5位の原谷さんは、右肩痛の影響で、二軍でも9試合の出場に留まったが、16打数4安打でホームラン2本打ったのはさすがだ。
年俸は820万円から780万円へのダウン。
11月末で杉澤さんと竹下さんは寮を出る事になった。
原谷さんも大卒二年を過ぎたので、規定では寮を出ることが出来るが、本人が希望しなかった。
僕と谷口、三田村は、高卒なので規定では、結婚しない限りは、寮に五年間いることになっている。
よく寮監の菅谷さんから言われるのが、「寮にいる間にクビになるなよ。」ということである。
つまり寮にいると衣食住の心配をする必要が無く、しかも歩いて直ぐの所に練習場もあり、野球に専念するには最高の環境である。
そこでクビになるということは、本人がどう思うかはともかく最高の環境を活かせなかった、という事らしい。
菅谷さんは元々プロ野球選手で、チームスタッフや二軍コーチを経て、五年前から寮監をやっている。
その間には遊びに填まり、練習を疎かにするようになり、やがてクビになっていく、という選手を何人も見てきたそうだ。
確かにプロ野球選手になると、高卒でドラフト下位の僕でも、大学卒の新入社員以上のお金を貰っている。
高校時代は缶ジュース1本買うのにも躊躇していたのが、寮費を納めてもかなりの金額が残る。
そう考えると、遊びに夢中になる人の気持ちが分からなくもない。
(もっとも僕は実家に仕送りをしているので、それ程余裕があるわけでもないが。)
例えば、昨年戦力外になった高卒三年目の野手と、大卒二年目の投手はそれぞれ溢れる才能を持っていたが、遊びに夢中になり、練習が終わると直ぐにどこかへ消えていたそうだ。
そして結果として才能を花開かせることなく、退団した。
二人ともトライアウトを受けたが、声をかける球団は無く、今はどうしているかわからない。
そういう点では、僕のドラフト同期にはそういう人はいない。
三田村も原谷さんも普段はチャランポランでノー天気だが、野球に対する姿勢は真剣である。
特に三田村はプロに入って二年間、リハビリばかりだが、いつも一生懸命やっている。
日々、地道なトレーニングをコツコツとやっている彼を見ると、自分も頑張らないとと思わせてくれる。
また谷口もそういう意味では良い手本だ。
僕からすると、天賦の才能に恵まれた谷口でさえ、あれだけ練習するのだ。
それを見ると才能もセンスも乏しい僕は練習するしかないと思わせてくれる。
そういう意味では良いライバルに恵まれていると思う。
いつか杉澤さんが投げ、原谷さんが受け、僕、谷口、竹下さんが守る。
そういう試合をしてみたい。
実家へ帰る新幹線の窓から、流れる景色を見ながらそう思った。
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