第24話 期待の長距離砲
飯島さんが2軍に落ちて一ヶ月経った。
季節は8月も半ばを過ぎ、我が静岡オーシャンズはクライマックスシリーズ進出圏から大きく離された5位に甘んじていた。
でも最下位とは5ゲーム差であり、何とか4年連続の最下位は逃れられそうだ。
4位とも1ゲーム差なので、もう一つ順位を上げられるかもしれない。
そんな中、我ら誇り高き(?)、ドラフト同期2軍スタート5人衆の中から、谷口が一軍に昇格することになった。
谷口は2軍では72試合に出場し、打率こそ.243だがホームランは19本放っており、むしろ昇格が遅かったくらいだ。
(ちなみに僕の2軍成績は、43試合に出場し、打率.175、ホームラン0本、打点9、盗塁12である…。)
谷口は元々、東の谷口、西の平井と並び称されていた逸材であり、もし豊作のドラフトで無かったら、複数球団から1位指名を受けていてもおかしくなかった。
(僕らの年は特に投手が粒ぞろいと言われていた。)
このため、契約金は高卒のドラフト1位並の8,000万円であり、どこぞの打率一割台の1ツールプレイヤーとはチームからの期待度がまるで異なっていた。
チームとしてもここ数年は、ホームランを打てる若手が育っておらず、外国人選手頼みだったので、谷口は期待の長距離だ。
「じゃあ、行ってきます。」と谷口はカバンを肩からぶら下げて、練習に向かう僕たちに言った。
「おう、もう二度と戻ってくるなよ。」と原谷さんが言った。
ここは刑務所か。
谷口は僕の方に向かって言った。
「隆。上で待っているからな。お前も早く来いよ。」
僕はキョトンとして、思わず上を見た。
雲一つ無い青い空が広がっていた。気持ちいい天気だ。夏も間もなく終わりかな。
原谷さんが言った。
「バカ。そういうことじゃないだろ。次に一軍に上がるのはお前かもしれない、ということだ。」
え、打率一割台の僕が?
あり得ないと思うが。
谷口はタクシーに乗り込んで行った。
谷口のタクシーを見送り、練習場に向かいながら、原谷さんは言った。
「シーズンも終わり近くなると、優勝やクライマックスシリーズへの出場が絶望的になったチームは、来期に向けて、若手を使うことがあるようだ。
俺はまだ右肩痛が直っていないし、三田村はまだ2軍でも投げていない。
そういう意味では、隆、お前が次に上がる可能性もあるぞ。」
「でも俺、打率.175ですよ。さすがに無いんじゃないでしょうか。」
「野球は打つだけでなく、守りも走塁もある。
今でもその二つは一軍戦力になると思うぞ。」
そうだろうか。まあ、期待せずに日々の練習を頑張るしかない。
三田村が言った。
「隆、行くときは一緒に連れて行ってくれよ。」
近くのコンビニじゃあるまいし。
ていうか、お前はまだリハビリ中だろ。
三田村は春先は調子良かったが、開幕直後にまた肩に違和感を感じ、手術したのだった。
プロに入ってから、早くも二回目の手術であり、果たして完治するのだろうか、という不安と日々、闘っているのだろう。
だから不安を紛らわすために、敢えて、普段バカを演じて、明るく振る舞っている…、わけはないか。こいつに限って。
恐らく天然だろう。
さて谷口はキャンプは一軍に帯同していたが、シーズン中に一軍昇格は初めてだ。
そして昇格して最初の試合、四国アイランズ戦で、いきなり八番レフトでスタメン出場となった。
谷口はドラフト同期の中で唯一の高卒の野手であり、僕とは内野と外野の違いはあれど、ライバルである。
しかしながら、本心で活躍を期待しているのは、やはり同期としての絆か。
さて僕の高校同期のゴリラーマン平井は、プロ初打席でホームランを打ったが、谷口はどうか。
僕はトレーニング室で素振りをしながら、谷口の打席をテレビで見ていた。
さて注目の初打席。
フルスイング3つで三球三振だった。
当たれば飛びそうなスイングだ。
君津監督が頷いているのが、テレビ画面に映った。
まずは振ってこいという指示があったのだろう。
解説者も「長距離砲としての雰囲気を感じますね」と言っていた。
この日、谷口は三打席で、三振、三振、ライトフライと全て凡退だった。
ただ最後のライトフライは当たりとしては悪くなかった。
よし、いつかは自分も。
僕はウェートトレーニングをしながら、そう思った。
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