竹馬の友

義仁雄二

第1話

 私が五十年生き紡いだ縁の中に一際太い絆の紐帯で結ばれていた人がいる。お互いが社会人になってからはご無沙汰だったが、青春を謳歌していた頃によく一緒だったある男のことだ。彼はとても合理的に物事を捉えて、冷静な人物だった。

 ここでは仮にGと呼ぶことにする。

 これは決してみんなからの嫌われ者だと暗示しているわけではない。ただ彼の苗字が後藤と――。

 Gは確かにゴリラには近いかもしれない。彼はラガーマンだった。日夜、交通事故のようにぶつかっている彼等である。高い身長、広い肩幅、太い腕。筋骨隆々で巌の様な体格をした彼の特技はリンゴを片手で握りつぶすこと、一発芸はフライパンを曲げる事だった。その芸を見た後、彼と握手する人物に私は心当たりはない。

 また彼はある意味彼はGod、神のように人類を平等に見ていた。学生の頃、モデルもかくやというほどの美人な同級生がいた。肌は白く、スタイルは抜群。手足は細く、顔は小さい。華奢のようだが女性らしい丸みを帯びており、性格は穏やかとなれば、同学年の、否学園中の男子が首ったけになっていたのも頷ける。かく言う私もその一人であった。

 ところが彼女を見たGの第一声は、

「蹴ったら折れそうだな」

 である。

 この男、辞書のある単語にマークを付けたり、保健体育のある授業だけは真面目に受け、リビドーの行き場を模索する思春期真っ盛りのはずの年頃にもかかわらず、耐久面で女子を見ていたのである。二の句が継げないという言葉の真意が理解できたのはこときであった。

 そういえばと、Gと一緒に買い物に出かけた時に服を引っ張ったり叩いたりしていたのを思い出した。彼の私服はいつも筋肉質なのに頑なにパツパツのLサイズの服を着ていたので伸縮性でも確かめているのかと思っていたが、きっと耐久性面でもしっかり確認していたのだろう。あの時は服が裂ける音が聞こえたので直ぐに逃げて、気にする余裕がなかった。

 

 そんなGと再会したのは、私の父の葬式に出るために地元に帰ったときであった。

 学生の頃によく通っていた身ではあるのだが、何故潰れないのかと疑問を抱いていた客足の少ないこじんまりとした中華料理屋が開いていた。店の看板はもう何が書いてあるのか、店名すら分からないほど剥げていた。料理屋とは思えないさびれた外観は本来なら入るのを躊躇わせるものだったが、その時の私は何故か足を足を踏み入れていた。

 安そうな丸椅子、不愛想な店長どうよう長寿なブラウン管テレビetc。店の内装は変わっていなかったが、そのどれもが古ぼけており残っているからこそ、どうしようもできない時の流れを実感し、寂寥感を覚えずにはいられなかった。

「すいませんが、退いてもらっていいですか?」

 知らず知らずに入口の所で立ち尽くす私は不意に声を掛けられ正気に返った。

「あっ、申し訳ない」

 横にずれ道を開けた時、後ろから声を掛けてきた人物を見た。だいぶ変わっていたがGだと私はすぐに気が付いた。


 私とGは向かい合って座った。何と言おうか迷っている私より先にGが口を開いた。

「久しぶりだな。元気してたか」

「……まぁ、そこそこかな」

「そうか」

 随分老けたなと私は思った。毛量は少なくなっているし、細くなった。標準的な体型だが昔の彼を知っていると枯れ枝のようで酷く頼りなく見えた。スーツだって普通に着ている。

 無常だなと、私も含めて否応なく変わっていくのだなと思った。

「……あっ、あのさ――」

 私が尋ねようとした時に、唐突に軽快な電子音が鳴った。

「む、すまんメールだ」

「……ああ」

 Gは断りを入れ、スマホとチープな眼鏡を取り出した。

「眼鏡かけるようになったんだ」

「ああ、百均のだけどな」

 彼はスマホの画面を睨みながら答えた。

 何となく居心地が悪かった私は店内にあるブラウン管テレビに視線を向けた。テレビはCMに入り、間がいいことに「踏んづけても大丈夫!」と眼鏡のCМが流れていた。

「百均じゃなくて、ああいうのにはしないのか?」

 それは本当に無意識にでた言葉だった。モノを壊すのが得意なGには百均のよりCMで流れている方の眼鏡が合っている気がしたからだろうか。

 Gは横目でCMをみて言った。

「一万円ぐらいだろアレ。だったら百均のやつを百個買ったほうが得だろ。一週間ンに一回尻で潰しても一年は持つからコスパがいい」

 そのセリフはあまりにも彼らしくて、それがなんだか嬉しくて、私は呵々と笑った。

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竹馬の友 義仁雄二 @04jaw8

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