軽くて軽くて

片葉 彩愛沙

軽くて軽くて

 どうしようもなく広がる大きな海があった。夏なのか冬なのか不明な深い青色。

 漂ういかだがあった。

 乗っているのは五人の男。

「陸は見えたか?」

「さっぱりだよ~」

「はあ? ほんとにこっちかよ」

「マップによればこっちであっているのですが」

 男たちは汗をぬぐった。海上には涼しい風が吹いている。

 一番体格の良い男が、無言でオールをこいでいる。

「疲れるでしょ、水飲んで」

 オールをこぐ男は差し出されたレッド○ルで翼を授かった。

 漂流して二時間立つが、四人は意外と余裕であった。

 三人のスマホの充電は切れていたが、一人はソーラー式充電器を持っている。

「おい、そのスマホよこせよ」

「なぜですか」

「いいからよこせ」

 スマホをよこさない相手。男はそいつの足元にある骨を取ろうとする。

「!」

 するとスマホを持つ手が揺らいだ。そのすきに男はスマホを奪った。

「……やっぱり。嘘つきやがったな」

 先ほどから案内される方向は、陸とは反対方向ばかりだった。

 スマホを奪われた男は、足元の頭蓋骨をそっと胸に抱いている。

「いい加減にしろよ。お前ごと海に捨ててやるぞ」

「……それもいいかもしれませんね」

「待ってよ! それじゃ彼も浮かばれないでしょ、ねえ」

「さよならしろ。そいつはただの骨だ」

 男は奇麗に漂白された骨を見つめた。その子が死んでから数日が経ち、火葬もして、簡単な葬式も終えた。

 それでも男は、かつて家族であったその骨を手放せずにいた。

 三人は静かに待っていた。

 やがて男は、赤ん坊をあやすように抱いていたその骨を、小さな湯船に浸けるように海へ預けた。

 骨は白く輝いているように見えたが、深い青にどんどん飲み込まれた。

 見つめていた彼の瞳が潤んできらめき、一つの雫を落とした。

 その雫は広大な海に、初めから存在しなかったかのように溶け込んでいった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

軽くて軽くて 片葉 彩愛沙 @kataha_nerume

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ