第34話「君が気が付いていないだけで……」

「幼馴染みの女の子が引っ越していく日のことが、今でも鮮明に頭に残ってるんだよ」

「あっ……」


 困ったように笑う秋人の言葉を聞いた夏実は、息を呑んでしまう。


「信じられないかもしれないけど、その子俺と離れたくないって大泣きしてたんだ。だけど、幼かった時の俺は何もしてあげられなくて――凄く悔しかったのを、今でも覚えているよ」

「そう、だったんだ……」


「だからかもしれないな、周りにいる人にはずっと笑っていてほしいと思うのは」

「それで、イベントごとを盛り上げようとしたり、困ってる人に手を差し伸べてあげてるんだね」


 夏実は優しい笑顔で秋人の顔を見つめる。

 すると、秋人はバツが悪そうにまた視線を逸らした。


「まぁやりすぎて先生に怒られること多いし、困ってる人を助けられてるかって聞かれると怪しいけどな」

「でも、みんな楽しんでるし、実際秋人に助けられている人たちはいるよ」


「……なんだか、今日はヤケに優しいな?」

「そう……?」


 顔を赤らめていた夏実は、不思議そうに首を傾げる。

 今まで夏実がここまで秋人を直接褒めたことはないのだけど、本人には自覚がないようだ。


「それよりもさ……もし、その幼馴染みが再び秋人の前に現れたら、どうするの……?」

「それは……どうだろうな?」

「付き合いたいと思わないの……?」


「もう十年くらい会ってないからな……。向こうだって気持ちは変わってるだろうし、どんな子になってるかわからないのに、気安くそんなことは言えないよ。それに――」


 秋人は言葉を止め、夏実のことを見つめる。


「どうしたの?」

「別に……」

「な、何よそれ……! そんな切られ方したら、気になるじゃん……!」


 プイッとソッポを向いた秋人に対し、夏実は不満そうに喰ってかかる。

 だけど、秋人は口を割らなかった。


「まぁでも……仲良くはしたいと思うよ」

「ふ~ん、そうなんだ……」


 秋人が隠しごとをしたことは気になったけれど、また仲良くしたいと言われて夏実は満更でもない笑みを浮かべた。


「まぁ、向こうはまだ秋人のことを好きな可能性は十分にあるからね。仲良くしてあげたほうがいいと思うよ」

「はは、さすがに好きでいることはないだろ」


「え~、わからないよ? 凄く好きだったら、離れている間もずっと想い続けてる可能性は十分にあるよ?」

「はは、そんな漫画みたいなことあるわけないだろ?」


「あるよ」


「夏実……?」


 先程まで笑っていた夏実が真剣な表情を浮かべたので、秋人は戸惑ってしまう。


「どれだけ離れていようと、いつかその人の元に戻りたいと思うほどに想い続けることは、あるんだよ。女の子のこと、あんまり甘く見ないでよ」

「えっと、ごめん……」


 夏実が怒っているんじゃないか。

 そう思った秋人は、戸惑いながら謝った。


「ふふ、もしその子が戻ってきたら、秋人告白されちゃうかもね」


 先程まで真剣な表情だった夏実は、まるで別人かと思うように明るく振る舞いながら秋人から離れた。


「駅、着いちゃったね。送ってくれてありがとう」


 そう言う夏実は、笑顔で秋人に手を振る。


「あ、あぁ……気を付けて」


 秋人は戸惑いながらも、夏実に手を振り返した。

 だけど、夏実は駅に入って行こうとしない。


「どうした……?」

「折角送ってもらったから、秋人を見送ろうかと思って」

「でも、電車が来るかもしれないぞ?」


 岡山は電車の本数が少なく、秋人たちの地域では大体三十分に一本しか電車がこない。

 だから乗り過ごすと、三十分のロスになってしまうため、秋人はそのことを心配した。


「大丈夫、ちゃんと事前に電車の時間は調べてるから。まだ十分ほど時間があるよ」

「そっか、じゃあ俺は行くよ」


 本当は電車が来るギリギリまで残ることも考えたのだけど、夏実がそれを望んでいないと思い、秋人は踵を返した。

 そんな秋人の後ろ姿を、夏実は寂しそうに見つめて口を開く。


「ねぇ、秋人……その女の子は、とっくに君の元に帰ってきてるし、今もずっと変わらず君のことを想い続けてるんだよ……君が、気が付いていないだけで」

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