コメディエンヌは笑わせたい

尾岡れき@猫部

コメディエンヌは笑わせたい


「なんで君ってそうなん?」

「えー? ウチ、バカだから分からんもんっ!」

「「こんなバカで、ど~もすいませんっ!」」


 テレビの向こう側――スタジオに笑いが。そして我が家の茶の間でも、笑いが巻き起こる。 


 お笑いコンビ凸凹デコボコカンパニーの椎名しいなみっく、梶川かじかわむっくの二人組み。今やメディアを席捲する人気お笑いコンビだ。身長148cm。一見アイドルといったコーディネイトのみっく。190cmの眼鏡系男性アイドルという容姿のむっく。ともに人気があるが、みっくの注目度がココ最近は高い。


 お笑い界の姫君コメディエンヌとしてテレビ、動画配信、映画と引く手数多あまただ。

 と凸凹カンパニーの出番が終わった。

 そろそろ時間、か。


「お兄ちゃん、もしかして例の時間?」


 妹の早紀さきに言われて、俺は頷く。


「がんばってよ! 三玖みくちゃん、稽古の時間が一番大事って言っていたもんね」

「……素人がネタチェックして、何の効果があるのか分からないけどね」


 と俺は小さくため息を付く。


「でも、睦月むつき君も歓迎してくれるんでしょう?」

「まぁ、ね」


 肩をすくめて、俺は立ち上がる。

 椎名三玖。それから梶川睦月は、俺の幼馴染だった。でも、その時間も今日で終わる。





🎦





 ――あのね、みっくとむっくのためにも、もう会うの止めてくれない? 素人にネタを披露している余裕、正直あの二人には無いのよね?


 マネージャーが言うことももっともだと思う。


 いつもの稽古場で、二人のネタを見ながら。

 笑みを零しながら。


 贅沢な時間だなって思う。


 みっくとむっくが、目の前でネタの披露をしてくれているんだ。腹が痛いくらい笑う。でも、その代わり、胸の奥底がむなしくなる。


 いつから、だったんだろう。


 泣き虫の俺を、三玖が笑わせようと必死になって。そこに便乗してきたのが睦月だった。


 6歳の時、両親が離婚して。

 母さんと、早紀との三人暮らしになった。それがキッカケだったんだ、と思う。


 ――あのね、達喜。悲しいことなんか、全部、私がふっとばしてあげるからね。


 チカラコブを腕に作る真似をして。

 睦月と俺が喧嘩をした時も。


 飼っていた、柴犬のチロが亡くなった時も。

 いつだって、そうだ。


 三玖が、いつも全力で笑わせてくれるのだ。

 この時間が終わってほしくない、そう思うのに。

 ネタが終わってしまう。

 いつもの決め台詞で、閉幕である。


「「こんなバカで、ど~もすいませんっ!」」


 二人の息があった姿を見て、安堵した。この二人なら大丈夫。いや、それこそ素人の俺が思うことがおこがましい。


 素人は、メディアの向こう側。ディスプレイ越しで観覧するぐらいが丁度良い。それこそマネージャーさんの言う通りだった。


「たっ君、どうだった?」


 ニコニコ笑って三玖は言う。俺が笑って見ているのを感じていたはずだ。手応えがあった。そう表情に書いてある。だから俺は満面の笑顔で、頷いてみせた。


 むっく――睦月は、そんな俺たちを見て、終始ニコニコしている。いや、睦月? 本来なら、お前がストッパーになって欲しいんだけど?


「今度ね、”お笑い戦国時代”の出演が決まったんだよー」

「それはまた忙しくなりそうだな」

「うん。またネタの練習しなくちゃ。たっ君にもまた見てもらって――」

「ストップ」

「へ?」


 俺の真剣な表情に、三玖の顔から笑顔が引いていく。


「あのさ、三玖。お前ら、忙しいだろ?」

「暇ではないけど、達喜との時間は捻出できるよ。スケジュール的にも問題ない」


 そう言ったのは睦月だった。いや、お前。そこは俺のフォローを、だな。


「達喜は何が言いたいの?」


 三玖の青白い表情から感情が読み取れない。


「……俺とお前とじゃ、住む世界が違うんだよ。いつまでも素人にネタの披露をして良いわけないと思う」


「それ、安東ジャーマネさんが言ったの?」


 思わず俺もマネージャーさんも言葉がつまった。三玖はこういう時、妙に聰いのだ。


「あ、あのね、三玖。凸凹カンパニーはこれからもっと大きくなる! 今が飛躍の時なの。もっともっと、時間を有効活用して――」

「契約違反」


 ボソッと三玖は呟いた。今更になって思い出す。イヤイヤ、あんな内容を契約事項に盛り込むのが、そもそもおかしいだろ?


「達喜君に一番にネタ披露をすること。それから三人で組んでいた、凸凹カンパニーの名前を残すこと……よね。これを契約事項に盛り込むの、本当にどうかと思うわよ? 本当ならみっく&むっくで売った方がもっと認知度も――」

「よかった」


 ニヘラと三玖は俺に向かって笑う。機嫌を直してくれたのかと、マネージャーさんが、胸をなでおろしている。


「バカだね。完全に三玖の起爆装置のスイッチを押しちゃったよ」


 睦月のボソッと呟く。へ?


「……たっ君が安東さんと同じことを言うから、二人がデキているのかって心配しちゃった」

「へぇ?」


 何を言うのかと思えば、三玖のとんでもない発言に目をパチクリさせる。でも、次の言葉が出ない。三玖の目からハイライトが消えたとでも言えばいいのか。仄暗い眼差しに飲み込まれそうで――。


「安東さんとは、何にもないんだよね?」

「あ、うん?」


「他の芸人さんに声をかけられたりとか、他の女の子に声をかけられたりとか、そういうコトもないよね?」

「うん?」


「早紀ちゃんと実は義妹だったとか、そういうことも無いよね?」

「はぁ? 何いきなりぶっとんだことを――」


「そっか。じゃ達喜は、契約は守ってくれているんだ」

「へ?」


「それなら良い。契約を破ったのは、安東さんだけ。それがよく分かったから」

「え? え?」


 まったく意味が分からない。


「ちょっと、みっく?」


 三玖は、背筋をのばして安東さんを見やり、それからきっぱりと言い放ったのだ。


「御社の契約不履行により凸凹カンパニーは、マネージメント契約を解除させていただきます」





🎦





「三人だったらデビューはできない。みっくとむっくの二人なら、まだチャンスはあると思うけど? 君たちはどうする?」


 今でもあの時のマネージャーさんの言葉が脳裏に響く。みっくとむっくの二人なら、お笑い界の新星、スターになることも可能だ。そう彼女は力説をする。


「それなら、いいです。今回はなかっ――」


 三玖のバカが断ろうとした瞬間を、俺が押し留めた。


「それで良いです。この二人をデビューさせてください」


 俺は三玖と睦月の二人の意見を聞くことなく、頭を下げたのだった。





🎦





「「こんなバカで、ど~もすいませんっ!」」


 テレビの向こう側で、いつもの決め台詞。スタジオでも我が家でも笑いが巻き起こる。でもさ、何でお前らまでココにいるの? どうして我家のリビングで一緒にくつろいでいるのさ?


「三玖ちゃんと睦月君が来てくれるの、本当に久しぶりよね」

「ご無沙汰してます、おばさん。早紀ちゃん」


 ペコリと睦月が頭を下げて――って、早紀との距離、近くない?


「事務所移籍ってニュースを聞いた時はドキドキしたけど、結局元の鞘に収まって良かったわね」


「はい、好きなことを仕事にして、好きなようにやらせてもらっているので、本当に最高です。でも、私って欲張りだから、もっと上を目指したいって思っちゃうんですよね」


 安東さんが気の毒で仕方ないよ、俺は。 


「三玖ちゃん、ストイック!」


 早紀が拍手を送る――と画面が切り替わった。テレビでは司会がハイテンションにゲストにコメントを求めていた。


「実は今回のネタが収録だったことには理由がありました! ココからは、凸凹カンパニーから重大発表があります! 現場のみっく、むっく、よろしく!」

「「は~い」」


 と三玖も睦月も手をふる。テレビ画面には、我が家のリビング。それから三玖と距離が近い俺が映し出されていた。見れば早紀がスマートフォンで俺たちを撮影してた。


(は? はぁぁぁぁ?! どういうこと?!)


 と三玖がすり寄るように俺の腕を抱きついた。むしろ俺が逃げないように捕獲したと表現する方が的確か。


「今まで悩んでいたんですが、凸凹カンパニーは初期メンバーでの活動を再開することを決定しましたー!」

「き、聞いてないけど?」

「今、言ったから」

「ドッキリにも程がある! そもそも素人に何を言ってるの?!」

「以前はたっ君が勝手に決めたんじゃん。だから私も勝手に決めることにしたんですー」

「むっく、なんとか言って?」

「俺としては好都合なんだよね」

「へ?」

「だって、気兼ねなく早紀ちゃんとデートできるじゃん?」

「睦月君――」

「はぁぁ?! お前兄を前にして何を言って、早紀も何きゅんきゅんして――」

「たっ君、全国放送だよ」

「もともとはみっくが、ドッキリをを仕組んだんでしょう?」

「今まで凸凹カンパニーのネタ大半が、たっ君が考えてくれたわけだし。今さらだよね」


 ソレ暴露しちゃダメなヤツだからね?


「あと、これは言っておきたいかな。私がお笑いを始めたきっかけはたっ君だから。たっ君を笑わせたい。それだけで始めたから。たっ君がいない場所でお笑いやっても空しいだけだよ? たっ君が言ったんだよ『一生、俺を笑わせて』って」


「「「完璧にプロポーズ」」」


「みんな黙って?! そ、それ小学校の時の話でしょ? 全国放送で何を言ってるの?!」

「えー? ウチ、バカだから分からないー」


 ニッと三玖が笑う。でもと呟く。私がずっと大切にしてきた契約だからね、絶対に誰にも譲らないから。そう頬を朱色に染めて。

 そんな三玖から俺は目を離すことができなかった。


「もう、いい加減にしなさい!」


 とニヤニヤ笑いながら、睦月が俺と三玖にチョップしてくる。

 この流れは――。

 い、言わないよ? 絶対に、俺は言わないからね? そう思うのに、長年の習性とは恐ろしい。


「「「こんなバカで、ど~もすいませんっ!」」」


 三人が息ピッタリ――スタジオも、我が家も、日本中がこの瞬間、同じ言葉で溢れかえっていたことを、俺は翌日のニュースで知ることになる。

 新聞の見出しを見て、卒倒しなかった自分を褒めてやりたかった。





🎦




 【スポーツ新聞一面より引用】 

スクープ! 公開告白! 凸凹カンパニー新体制!


――コメディエンヌは彼だけを笑わせたい。

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