笑いたかった海賊王(月光カレンと聖マリオ4)

せとかぜ染鞠

第1話

 虫が知らせたのか,ひどく気乗りしない仕事を強行して難局に見舞われた月光カレンは翌朝,豪華客船へ後始末に戻ったところ宿敵と遭遇する。掃除婦に扮装し,こってり厚化粧していたものの,三條さんじょう公瞠こうどう巡査に声をかけられ,内心穏やかではなかった。

「そんなはずない。確かに何処かでお会いしたはずです――僕の顔をちゃんと見てください」三條は首を横に振るだけの掃除婦にしつこく食いさがった。

「おい,あんちゃんよ――ポリ公っていうだけで美女に職質しょくしつすんのは特権乱用だぜ」筋肉エベレストとでも形容すればぴったりな図体の船員が三條に挑みかかった。「その女は最初から,このエベレマスさまが目をつけてたのさ」問答無用で抱きかかえられる。

「あっ,何をする! 大丈夫ですか?」三條が姿勢を低めて斜めから覗きこんだ。

 両手で顔をおおった。

「ほーら見ろ――兄ちゃんみたくヒョロッコイのはお好みじゃねぇとさ」

「何を言う! きさまの無礼に困惑してるだけだ!」掃除婦用エプロンをかけた胴に腕をまわし,筋肉エベレストから奪いとろうとする。

 三條と筋エベが揉みあいになり,どちらか一方が船底へ続く階段を踏みはずした。3人一緒に落下していく――天稟の高い運動能力が無意識のうちに発揮され,3回転して着地する。その脇を三・筋のノッポらが組んず解れつで転がっていき倉庫ドアへと突進した。ドアが破壊され,内側へ垂直に倒れた――

「助けて!」

「誘拐されたのよ!」

「売りとばされちゃう!」

 クリーンサービスの掃除婦たちが両手足を縛られていた。

「まあ,大変――助けを呼んでくるわ」そう言った俺を,鳩の豆鉄砲を食ったような表情で全員が見ている。

「ま,待て!――」遅ればせに筋エベが倒れこんだまま掃除婦の1人に銃を突きつけた。「下手な真似すりゃ撃つぞ!」

 三條が立ちあがり,ゆっくり近づき,俺と自分の手首に手錠をかけた。

「何をしますの! 狼藉者たちを逮捕してくださいな……」

 三條の黒い瞳に銀髪を振りみだす色男が映っている。変装の鬘がとれていた。

 海賊王エベレマスの指示がくだり,豪華客船から小型船艇は分離して港をあとにした。

「僕を人質にして身代金をとるがいい」三條がエベレマスと交渉していた。俺と手錠で繫がったままロープで拘束されているくせに,説得しようと熱くなるたびに身を乗りだすものだから,ぐいぐいロープが身に食いこんでこちらは堪ったものではない。

「おまえなんぞに高い値打ちがつくもんか。身代金をとるなんぞ七面倒くせぇこともしねぇ。それより――」エベレマスは俺に興味を示していた。「あんた――月光カレンだよな。ファンなんだよ。うちに来ねぇかい? 1人で活動するよか,仲間をもってたほうが都合もいいぜ」

 大欠伸をしてやった。

「な,何だよ! こっちが下手に出てりゃあ,いい気になりやがって!――女を殺すぞ!」銃をちらつかせる。

「少しは協力してください」肩ごしに三條が小声で言った。「女性たちの命が危険にさらされてるんです」

「殺したりするもんか。儲けが減るだけだ」

「こ,こいつ――」銃口をむけてくる。

「よせ! この人は僕が逮捕したんだ! 撃ちたいなら僕を撃て!」人を背中にのせて後方へ回す。聖人君子の所為がロープの食いこみという拷問を与えた――

いってぇんだよ!――」後頭部の頭突きをお見舞いした。

「痛い! こっちこそ痛い! 何をしてくれてんです!」振りむこうとしてロープをぐいぐい引く――

「だっから痛いつぅの! 動くなよ! 頼むから動かんでくれ!」再度頭突きで訴える――

「いってぇ!――」後頭部を打ちかえしてくる。頭蓋骨が乾いた音を発し眼底が一瞬だけ真っ白になる。跳ねあがり半回転して背中の荷物をモルタルにぶつけてやった。

「うっぐぐぐぅ……ひゃが折れた……」下敷きにした身体からくぐもった声が漏れた。

「……まるでお笑いだ。喜劇を見てるようじゃねぇか――」エベレマスが眼前に胡坐をかいた。「いいぜ,交渉に応じてやる。ただし笑わせてくれたらの話だ――」

わりゃりゃ……しぇる?……」背後から発音不明瞭な声が尋ねた。

「そうだ,俺を笑わせろ。笑った経験が1度もねぇのさ」

「笑りゃしぇたら女性ちゃちを解放きゃいひょうしゅてくりぇりゅのか?」

「いいぜ――ただし笑えなかったら死んでもらう」三條の蟀谷こめかみに銃先をねじこむ。「御要望どおり,おまえさんの命をいただくとするさ」

 すぐさま三條が立ちあがる――痛いから俺も立つ。三條が1人漫才をはじめるなりエベレマスが口を挟む。「分かってると思うが,月光さんよ――相方はあんただぜ。2人でお笑いするんだよ」

「はぁ?……」

「あんたとポリ公のかけあいを見てお笑いだと言ったんだよ。あんたもセットでお笑いするんだ」

「ちゃんとしてくださいよ――」三條が肘で小突く。「僕の命がかかってるんですからね」

 自分の命が助かるために俺さまにお笑いさせるのを当然だと考えている? おまえは何さまだ? 華麗で高貴な俺さまが自分のために働いてくれると思っているのか? おまえのような自意識過剰男には会ったことがない!

「君みたいな鶏には会ったことないよ!」三條は両腕を羽に見立ててバタつかせた。依然手錠ははまっていたが,要求が通りロープの拘束は解かれていた。

 屠殺場から逃亡した毛のない裸鶏が,鶏に化けた猫に騙され食われかけるが,裸鶏も恐竜の化けた仮の姿であり,逆に猫が餌食となるというコントをしていた。小さな子供の喜ぶ幼稚な内容だった。しかし壺にはまった。海賊たちも笑った――エベレマス以外は。彼はひどく寂しげに見えた。

鶏冠とさかが二つに分裂して耳に戻り,嘴はさけて牙が出るぅ,顎のブラブラがひげと化して――」

肉髯にくぜんの隙間に小蠅なんかとまったりしちゃって――ああぁくすぐったい――」

「実は猫なのですぅ――」

 エベレマスが立って部屋を出ていく――

「おい,待てよ。まだ終わってないぞ」

「もういい。全く笑えねぇ」

 手錠から手を抜いてエベレマスを追いかける。

「あっ――いつの間に! コント中に仕こんでたのか!」追尾しようとする三條を海賊たちが押しとどめた。「せっかく専用の特注手錠をつくらせたのに! 待て,月光カレン!――」

「バイバーイ」別れを告げてデッキへと駆けあがる。

 エベレマスが夜風に吹かれていた。

「御婦人たちは金で買おう。ついでに坊やも――言い値で構わない」少し離れた位置に立つ。

「噂どおり義賊だな」

「ふっ……今回は違うかも。恩返しだな。彼女たちには世話になってるから」

「坊やは? 坊やは何で助ける? あんたにとっちゃ厄介な相手だろうが」

「彼は知らないことだが,随分稼がせてもらってるのさ。その一部を返すまでだ」

「……いいな,あんたらは。俺も笑ってみてぇよ」

 社会性の備わる動物は毛繕いしあって仲間との関係をはかり,人間は毛繕いのかわりに笑いによって互いの絆を深めようとするという説もある。だとすれば海賊王は孤独なのだ。

 海の歌を贈った。船室の三條も静かになったようだ。波間に馴染みの鮫たちの気配があった。通信を傍受した警察もじきに到着するだろう。

 エベレマスが突如崩れおちた。頸部を押さえている。

「死ね!」海賊の1人が吹き矢を銜えていた。小さな矢が絶え間なく飛んでくる。

「おまえまで裏切るか!」満身に矢を受けながら相手に摑みかかり,道連れを抱えたまま船上から落ちた。

 海面に人が浮かびあがる。刺客の海賊だ。もう死んでいる。エベレマスは一体何処へ――

 海に飛びこみ,水中深く沈みいく巨体を抱いて浮上する。船へ戻ろうとすれば拒絶される。惨めなありさまを見られたくないと懇願する。

 鮫たちを呼んでエベレマスを乗せて近くの無人島へと運んでもらった。

「愉快だ――」血塗れの手を震わせながらのばしてくる。その手を両手でつつみかえせば,両眼を閉じ,微笑んだ……

 月光を頼りに花を集めようと考えた。

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