トラウマとの邂逅

「そんなワケで――ハナが迫害されていることが分かった」


「…………」


「…………」


「…………」


 時は放課後。場所は新聞部の部室。


 僕が昨日の調査で明らかになったことを淡々と語ると、小太郎に、神原、速見先輩に副部長さん。そこにいた全員が無言になった。


「ので、僕は今からテニス部に乗り込んで、全員ぶち殺してこようと思う。みんな今までありがとう」


 そう言って頭を下げて、僕はドアへと歩き始める。


「ちょっと待った!」


「待ちなさい神乃ヶ原くん!」


 小太郎と神原が即座に反応する。


「何だよ。あまり時間は掛けていられないんだ。騒ぎが発覚して先生達がテニスコートに駆け付けるまでの間に全員をぶち殺さなきゃならないんだ。完全下校時刻を過ぎたらスッと来ちゃうだろ。まだ忙しい今の内に行きたいんだ」


「待て待て待て!」


「待ちなさいったら!」


 なおも小太郎と神原は食い下がった。


「僕がお前達をここに呼んだのは、最後の挨拶をする為だ。何の予告もなしにお別れするのは余りに寂しいし、酷だなって思ったから」


「おお! そりゃあ多分、成長だな! きっと以前のアマツだったら今よりもっと後先考えずにテニスコートに一直線だったことが容易に想像できる!」


 小太郎が捲し立てながらも僕の腰にしがみつく。


 ……邪魔をしないでくれ。


「でもまだ頭が足りませんわよ! そんなことしたらあなたが退学になってしまいますわ!」


 僕の前に立ちはだかった神原が、本気で怒った顔で言う。


「知ってるよ、そんなこと」


 僕は事も無げにそう返した。


「え――」


 おそらく、彼女はハナに実際に何かあったなら、僕がこういった行動に出ることは予測できていたのだろう。


 だが、入学したばかりの短期間で、ハナほどのいい子が、迫害を受けるなんてそうそうあるはずがない……と心のどこかで杞憂だと、そんなはずがないと楽観視していたのだろう。


 僕もそうだったから。


 面喰った神原に、僕はさらに続ける。


「僕はそれで構わない。ハナを守れるのなら……ハナが目指していた学校生活を取り戻せるのなら、退学なんて全然OKだ」


 僕がそう言った瞬間――神原が僕を思い切り引っ叩いた。


 見えてはいたけど、僕は避けることをしなかった。一方的に別れを告げる後ろめたさもあったからだ。


「全然……OKじゃないわよっ! あなた、何も分かってない!」


 見れば、神原は泣いていた。


「退学ってことは……もうこの学校に戻って来れないのよ!」


「分かっているさ。でも、僕に絶対に必要かと言われれば、そうでもない」


 そう言った瞬間、再び神原が僕を殴る。今度は神原が口を開くより先に僕が叫んだ。


「高校を卒業しないでも、僕は生きていける! 何ならすぐにでも色んなところで即戦力だ! 高校を卒業することが僕に絶対に必要かと言われれば、答えはノーだ! でも……ハナが幸せな高校生活を送ることは……僕にとって必要不可欠なんだ!」


「バカァっ!」


 更に神原が泣きながら僕を殴る。何度殴られても、避ける気になれなかった。


「あなた、やっぱり何も分かってない! あなたがいなくなった後の……私や、風間くんや、ハナちゃんの気持ちを……全然考えていない!」


「考えたさ! その上で……それよりも、何よりも! 僕はハナが……あんなに頑張っているハナが不当な扱いを受けていることが我慢ならない!」


「それであなたが暴れて、退学になって! それで私や風間くんやハナちゃんが、幸せな高校生活だって笑って過ごせるようになると、本当に思っているの? だとしたらあなたは馬鹿よ!」


「……っ」


 きっと、ハナは泣くだろう。泣きながら、今神原がしているように僕をなじるだろう。


 僕の腰にしがみついてる腕が震えていることから、小太郎も泣いていることが分かる。


「……ごめん。分かってる。お前達は、友達だ。僕にとって初めての、大切な友達だ。コレからも一緒に過ごして、色んな事を共有して、卒業しても、連絡を取り合うような仲でいたいと思っていた」


 僕は、つられて少し泣きそうになっている自分に気づいた。


「……でも、無理だ。もう、決まっちゃってるんだ。自分の中の優先順位が。……僕はハナを守る。ハナを迫害するヤツらを排除して、二度と手を出せないようにする。その為なら、何を犠牲にしても構わない。コレはもう……覆らない」


「私達と……一緒に過ごす未来も?」


 既に留まる事を知らない涙で、顔をぐしゃぐしゃにした神原が問うてくる。絞り出したような声の最後は裏返っていた。


「……そうだ」


「……っ!」


 神原が腕を振り被る。


 ……あぁ、僕は今、僕が学校から去っても繋がり続けたかもしれない絆を、踏みにじったのかもしれない。


 そんなことを考えていたら、僕と神原の間に入り込んだ小太郎が、僕を殴った。


「小太ろ――」


「嫌だね。行かせねぇよ。初めての親友なんだ。まだ出会って、話すようになって、約一ヶ月だぜ!? なのに、もう親友だって思ってんだ! この一ヶ月が楽しくて楽しくて仕方なかったんだ! お前もそうだろ! アマツ!?」


 小太郎が泣きながら僕の胸倉を掴む。


「たった一ヶ月の付き合いで、こんなに泣くか普通!? 分かってんだよ。その辺の友達なんてヌルいレベルじゃなくて、人生から外せない、家族みてぇな繋がりなんだって! だから涙が止まんねえんだよ! 俺も、神原さんも! お前も! そうだろ?」


 小太郎の言う通り、僕はいつの間にか頬を伝うものの存在に気づいていた。


 仕方ないだろう。いつもプンプン怒っている神原の泣き崩れる姿や、いつもヘラヘラしている小太郎のこんな顔を見て、泣かないワケがないだろう!?


「でも……」


「許さねえぞ! まだ、球技大会も、体育祭も、文化祭も、修学旅行も、夏休みも冬休みも、考えただけで眠れなくなりそうな楽しみが待ってるんだ! それを全部自分の手で台無しにしてぇのか、てめえは!」


「じゃあ、どうしろってんだよ!?」


「考えろよ! お前の目的を達成しつつも、お前がいなくならなくても済む方法を! 天才なんだろてめぇは!」


「キミの負けだよ――神乃ヶ原くん」


 今まで黙っていたか速見先輩がぽつりと呟いた。


「……先輩」


「分かっている。この二人やそのハナさんと比べれば塵芥の如きうっすい付き合いであることは。それでも図々しくも口を挟ませて貰えるならば、キミがやろうとしていることは、そもそもハナさん本人が望んでいない、とボクは思うのだがね」


「……それでも……僕は──」


 僕がそう返しかけると、神原と小太郎がしがみついてきた。


「いや……いやよ……テンちゃん……行かないで……! どうして、いつもいつも……ハナちゃんなのよ……! たまには私のお願いも聞いてよ……!」


「考え直せ……アマツ……! 親友の言うことが聞けねぇのか……!」


「お前ら──」


「とりあえず、今日は大人しく帰りたまえ。間違ってもカチコミなどしないこと。良い手が浮かばないなら、再び、新聞部として協力してもいい」


「…………」


「ハナさん本人が望んでいない。二人の親友もこうまで泣いて止めに掛かる。それでも自分の怒りをぶつけて消えてしまいたいというのは、さすがにキミのエゴなのではないかね?」


「…………」


「今日は帰りたまえ。いいね」


「……はい」



◆◆◆◆



 僕の中には、獣がいるのかもしれない。


 結局頭の中では、周りの人間をサルと見下して、自分より劣るヤツらを力で全て吹き飛ばしたいのかもしれない。


 僕がそれをすることで、悲しむ人がいる。


 ……神原の、小太郎の涙を見るまで、気付かなかった。


 そんなことにすら気付かなかった。


「……どこが、天才なんだよ……!」


 毒づく。下を見たまま歩く。また涙が零れてしまいそうだった。


「…………」


 校門を越えたところで、下を向いたまま歩く僕の視界に、ローファーが映った。


「……ちっ」


 正面に立った靴の主は、道を譲るつもりはないらしい。


 顔を上げて、どけよと言いたかったが、視線を上げたら、泣いていたのを悟られる。


 僕は乱暴に袖で目を擦った。


 その最中だった。


「ああ……良かった。もう、帰ってしまったかと思ってました」


「……誰だよ」


 そう言って僕は視線を上げた。正直今は誰にも会いたくない気分だ。


「…………」


「…………」


 嘘だろう? なんでこのタイミングで? 僕を……待っていたのか?


「お久し振りです……神乃ヶ原くん。少し……お話出来ませんか?」


「……音無さん」


 ――神乃ヶ原くん。お慕い申し上げております――


 ――神乃ヶ原くん、何だか放っておけなくて――


 ――出てって! 出ていってよぉぉ!!――


 そこに立っていたのは、僕を一度地獄から救い出し、再び突き落とした、音無さんだった。

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