仲間
「小学生の頃からかな……『何でも出来ていいよな』とか、少しずつ距離を置かれるようになったのは」
お礼に一杯のコーヒーだけでも奢らせて欲しい、という小太郎の要望もあり、ファストフード店の椅子に腰掛けながら、僕は自分の過去をポツポツと語り出した。
ハナを除いて、初めての『友人との寄り道』に少し心が弾んでいるのは内緒だ。
「……男子は僕を仲間外れにし、女子は群がってくる、何も面白みの無い日々を過ごしていたよ」
「……そうでしたの、ね」
「……うぅ、アマツくん程の男でも。いや、アマツくん程の男だからこそなのか……」
神妙な表情の神原と、既に泣きが入っている小太郎。
「クラスの隅に一人でいるヤツに、自分から友達になりにいったりもしたけれど、駄目だった。二週間も持たずにただのクラスメイトに戻ったよ」
そう言ってカップを口に運ぶ僕に神原が不思議そうな顔を向ける。
「……どうして?」
「……僕が天才だから」
「ハッキリ言いますわね」
お前が言うなと言いたかったが、僕は何も言わず呆れ顔の神原に、代わりに自嘲気味な笑みを返した。
「あの時から疑問が生まれたんだよな。『何故何でも出来るヤツが出来ないヤツに虐げられなくてはならないんだ?』てさ」
「それで……どうしたの?」
泣きながらも、フライドポテトを口に運ぶ小太郎に目をやる。
「……遠ざけられても、虐げられても、僕は出来ないヤツらに合わせて出来ないフリや本当は出来ることに手を抜くのは嫌だった」
「……かっけぇ」
「ただの意地だよ。でも、その意地を通したおかげで、初めての友達も、初めての恋人もすぐに失った」
『恋人!?』
二人が声を合わせて、僕に顔を寄せてくる。
「……いたの?」
「……いましたの?」
何だかすごい食いつき具合だ。
「え……うん。といってもすぐに破局したけど」
「マジで!? ど、どどど、どうやって付き合ったの?」
興奮してドモりまくりの小太郎を、落ち着けと手で制す。
「いや、普通に向こうから。初めての友達を失ってやさぐれてたところに『お慕い申し上げております』って」
……そう言えば彼女は今、どうしているのだろう?
もう別に恨むような気持ちはない。僕は彼女個人に憤っていたワケではないのだから。
そもそもあまり興味がないけど、まあ……もし街の中で彼女に出くわしたら、普通に挨拶くらいは出来る……と思う。たとえその隣に彼氏がいたとしてもだ。今度は何も言わず、当たり障りないやり取りをして、じゃあ……ってその場を去れるはず。むしろそうしたいと思うというか。
でも、あの子の話になると、ハナが不機嫌になるんだよな……。
「お、お、『お慕い申し上げております』って……お嬢様!?」
「うん。神原のようなアレとは違う、本物のお譲だった」
「アレって何よ!」
「はい大きな声を出さない。まぁそんなワケで、友達も恋人も上手くいかなかった僕は、ある日限界を迎えて、からかってくるヤツらを全員教室で叩きのめしたワケ」
「ええ……今さらっとすごいこと言ってない……?」
「……それで、その日以来、中学には通わなくなった」
「…………」
「……まぁ、でも逃げたと思われるのは癪だから、テストの度に保健室登校して一位は取り続けたけど」
「か、かっけぇ……!」
目を輝かせる小太郎。お前それ何回言うつもりだ。
「……だから、職員室でも先生に、一位を取る間は見逃せって言ってましたのね」
「そういうこと。中学では失敗した僕は、高校ではなるべく失敗しない……動きやすい環境を自ら作ろうと先生を懐柔しようとしたワケだ。決してナンパしようとしたワケじゃないぞ!」
「どうだか……あなたはどうも女好きというか……関わる女子はみんな落とそうとしているように見えますわ」
どういうワケだか神原はそこを譲りたがらない。何故だ!?
「僕はお前を落とそうとした覚えはないのだが……」
「……っ! あの時――」
「まぁまぁ、やることがカッコよすぎて落ちちゃいそうになったってことっしょ」
「――だ、黙りなさい! 誰がこんな軽薄な……!」
ヘラヘラ笑う小太郎にフシャー! と威嚇する神原。騒がしいなこの席。
「……でも、僕もお前らに救われたよ」
『……え?』
「校門を出たときの僕は、もう駄目だって思っていた。また繰り返してしまった。怒りにまかせて暴れて、暗い高校生活を送るんだ……って、絶望してた」
「…………」
「…………」
「二人のありがとうに……救われたんだ。……ありがとう」
「……あ、アマツくぅん……!」
「ふふ、どういたしまして! ですわ!!」
号泣する小太郎に、精一杯胸を反らして踏ん反り返る神原。
「そんなワケで、晴れて高校に入って……その、友人と……仲間? に出会えたワケで、何だ……その」
「コレからもよろしく、だね!」
「よろしくですわ!!」
僕の意を汲んでくれた二人が、嬉しそうに歯を見せて笑う。
「俺もアマツくんのおかげでこの髪のままでいられそうだし」
「私も自分の信念を貫きますわ!」
「……そうか」
「この髪の色は、俺達の絆だよ!」
「ええ、明日からも、そのままの自分で生きますわ!」
元気良くコレからの学校生活への思いを語る二人に、僕は不思議な居心地の良さを感じていた。
◆◆◆◆
「ただいまー……ん?」
二人と別れ、帰宅した僕は玄関に小さなスニーカーを見つけた。
ハナの靴だ……!
「おかえりなさい。ハナちゃん来てるわよ。お母様の実家から送られてきた苺持ってきてくれたの」
「……ん」
「あ、テンちゃんおかえり……あれ?」
パタパタとスリッパの音をさせながら……何だかひどく久し振りな気がする……明井花が姿を現した。
「……よ。久し振り」
「テンちゃん……何その頭!?」
「そうなのよこの子ったらいきなり金髪にしちゃって! ハナちゃんどう思う?」
母さんが面白がるように言う。
「んー……何か、テンちゃんっぽくない」
「…………」
……落ち込んでなんかいないぞ。コレは色々あった疲れが、丁度、今出てきただけだ。
「……別に、ハナに関係ないだろ」
「あるよ」
「え?」
僕が顔を上げると、ハナはニヤニヤしていた。
……あ、コレ、からかわれる時のアレだ。
「前にあたしが部活も引退してー、受験勉強に毎日来てたとき、髪も伸びてー、肌も白くなってー、男子に告白されるようになったんだー、て言ったら、テンちゃん言ったよねー?」
「……っ!?」
そ、それここで言うの? 母さんがめっちゃ目を輝かせてるんだけど!
「『何か……ハナっぽくない。ハナは……髪短くて、真っ黒に日焼けしてる方が、いいよ……』」
「キャー!!」
母さんが感極まった声を上げる。
液体窒素とバットはどこだ? 僕の頭部を冷却した後に、父さんにフルスイングして貰わなきゃ。
「それで、あたし今こんなんだけど? どう?『ハナっぽい』かな?」
ハナが自分の毛先をくるくると指でいじる。あと僕のこともイジる。
母さんはハァハァ言ってる。
「……はい」
「今のテンちゃんは、『テンちゃんっぽくない』ねー」
「ちょっと、ランニングしてくる……コンビニ……いや、薬局まで」
「にへへ……いってらっしゃい。気を付けて。また週末にね」
そう言うハナの声を背に受けて、僕は玄関のドアを閉めた。
◆◆◆◆
翌朝。
『あーっはっはっはっは!!』
僕の黒髪を見た父さんと母さんは大爆笑していた。
◆◆◆◆
教室にて。
『う、裏切り者ぉぉ――ッ!!』
僕の黒髪を見た小太郎と神原は絶叫していた。
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