天才+金髪アホツンデレ=?

「風間くん……! 私達は絶対、そんな人達のように、あなたを偏見で遠ざけたりはしませんわ……!」


 風間くんに負けじと号泣しながら、神原天乃はそう言った。


「ありがとう……こんなにすぐ、二人も友達が出来るんて……嬉しくてやべぇよぉ……!」


 男泣きする風間くんを余所に、僕と神原は目を合わせる。


『……友達?』


 何だか……友達! と言いきるには、僕と彼女の関係はいささか歪な気がするのだが。


「違いますわ! 私と神乃ヶ原くんは……その、好敵手ですわ!」


「……友達じゃ、ない……?」


「おいおいひどいな神原。僕の友達を泣かすなよ」


 僕は、わざと非難するような目で彼女を見た。


「あぁっ、いや! 風間くんと神乃ヶ原くんは友達ですわよ! 私も勿論、風間くんのことは級友と認識していますわ!」


「友達……良かった」


 最早幼児退行を起こしたのではないかと疑いたくなるような様子で、風間くんはただただ言葉を繰り返すだけだ。


「でも彼と私は……その、『同志』というか……こう、敵ではないですが、何かこう友達とは違う……」


「えぇ……友達じゃ、ない……?」


 僕は風間くんの真似をして、絶望顔を作ってみた。


「騙されませんわよ! あなたもさっき怪訝な顔をしていたではないですか!」


 神原が顔を真っ赤にしてフシャー! と威嚇してくる。


 ……ち。引っかからなかったか。もっとおろおろさせたかったのに。


 どうも僕は神原を見るとおちょくりたくなる。彼女のアホさはこうラブリーというか、からかいがいがあるものに感じるのだ。


 ……友達のすることではないかもしれないな。


「そうだな。風間くん。僕もキミのことは高校最初の友達と思っているよ」


「……ありがとぅ」


 よしよしと彼を慰めながら、僕は神原を見る。


「だけど神原は……うぅーん。何かこう、チョロチョロしてんなー、と」


「チョロチョロって何ですの!? 私はハムスターですか!」


「ハムスター? 自分をそんな可愛いものだと思っていたのか?」


 僕はわざとらしく驚いた顔を作ってみせる。


「信じられませんわ! 女の子に何てことを言うんですのよ!」


 顔を真っ赤にする神原をもっとからかってやりたい気持ちがないではないのだが、丁度いいワードが出たな。ここは思っていたことを言わせていただこう。


「……そうだ。女だよ、お前は」


 僕は急に声のトーンを落として、真面目な目で彼女を見た。


「な……何ですの?」


 そう言って彼女は自分の身体を腕で隠すようにしてから、ハッとなる。


「ど、どこを見ているんですの!? 不埒者っ!」


「違う。お前は僕を何だと思っているんだ」


「職員室で先生をナンパした軽薄男」


 ……ぐ! 否めない!


「違う。僕が言いたいのは! 女が、あんな筋肉ゴリラの前に躍り出て、罵倒するなんて命知らずにも程があるって言いたいんだ!」


 僕がそう言うと、神原は少しぽかんと、呆けたような顔になった。


「実際に髪を掴んで引っ張られた! 何の勝算もなかったのに、激情だけであんな無茶をするなんて、お前はアホなのか!」


 いよいよ本気トーンで僕は説教モードになった。多分アレがハナだったらこんなモンじゃない。おそらく言葉より先に、僕はあのゴリラの背後から急所を潰してる。


「でも……あの時は……カっとなって……」


 少しばかり殊勝な態度になったものの、神原は往生際も悪く言い訳を始めた。


「それで相手もカっとなって、ああなったんだ。お前は今後もああいう場面を見たら、何も考えずに突っ込んで行くのか? 相手が見ず知らずのヤンキーやヤクザでも?」


「……ええ! 間違った行いを黙って見過ごすことなんて出来ませんわ!」


 神原は譲らないとばかりに、僕を睨み返してきた。


「でも、神乃ヶ原くんが守ってくれたじゃない」


「黙ってろ小太郎……!」


 僕は口を挟んだ風間くんを、一睨みで黙らせた。


「……はい」


 小動物のように萎縮しつつも、名前で呼ばれたのが嬉しかったのか、彼は笑顔だった。


「じゃあ……どうしろって言うんですの!? それでその理不尽な輩が自分の周囲に迷惑を掛けていたら?」


「自分の周囲に……?」


「そう、風間くんや……その、私が……! 被害を被りそうになっていたら!」


 一瞬言い淀みながらも、一歩も引かずに神原は問い掛けを返してきた。


「……僕は、黙っちゃいないだろうな」


 くそ。何て返って来るか分かり切っているのに、嘘を吐くのは、自分を偽るのは嫌だった僕は正直に答えてしまった。


「私だってそうです! 風間くんや……あなたが酷い目に遭っていたら、黙ってなんかいられませんわ!」


 やっぱりこうなるよな……! でも、仕方ない。嘘を吐くのは嫌だった。神原に自分はそういう人間なんだと思われるのは、何故か抵抗があったんだ。


「警察や、先生や、代わりに注意してくれる人を探せよ……!」


「そんな人がいなかったら!? 我が身可愛さに自分の信念を押し殺せって言うの!?」


「…………」


 頭に浮かんだ言葉はあった。でもそれを口にしてしまうのは……!


「答えなさい! 風間くんが無法者の被害に遭っている! でも警察も先生もいない時は、どうしろって言うんですの!?」


「え、俺……?」


 勝手に被害者役に抜擢された風間が、ボソっと呟く。


 こいつ……! からかいがいがあると思ってたのに、口喧嘩が強いじゃないか。


「……に言え」


「……何ですって?」


「…………」


 ……あぁ分かったよ。僕の負けだ!

 

 僕は思ったより口喧嘩は弱かったようだ。


「……僕に言えよ。何とか……するから」


「……え」


 神原が再び予想外だとばかりに、呆けた顔をする。


「僕に言え! お前は信念を押し殺さないでいい。でも自分の身を顧みないのも駄目だ。だから、僕に言え!」


「…………」


「……文句あるか」


「……ぷ」


「ぷ?」


「あ、はは……あっはっはっはっは!!」


 神原が大爆笑した。後ろで風間くんも笑っている。何だってんだ!


 くそぅ。さっきまでずっと僕のペースだったのに、スーパーカウンターを貰ってしまった。


「はー……はは……分かりました。そうします」


「……そうしろ」


「ありがとう。よろしく。神乃ヶ原くん」


 そう言って神原が満面の笑みで手を差し出す。


「……やっぱ友達じゃん」


 またもボソっと呟く風間くんの言葉を無視しながら――


「ああ」


 ――僕は神原の手を取った。

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