高校デビュー②


 職員室にて。


「お前が騒いだせいで僕まで呼び出されたじゃないかよ! どうしてくれるんだ!」


 実際には、このアホ女が騒がなくても金髪の件で呼び出されていただろう、と思いつつも、とりあえず目の前の……神原かみはら? のせいにしてみる僕だった。


「あらそれは失礼いたしましたわね! 天才とは何もせずとも光を放ってしまうものですから、生まれた影にあなたが呑まれてしまうのも無理からぬことですわ!」


 しかし神原天乃あまのは、全く悪びれることなく、豊満な胸を反らして高らかに笑った。


「し、静かにしてくださぁい!」


 半泣きになった担任の先生がそう叫んだところで、ようやく僕と神原は彼女の存在を思い出した。


 小山内葉子おさないようこ。制服を着ていたら生徒……どころか、中学生が紛れ込んだんじゃないかと勘違いしてしまいそうなほど、幼く、頼りない先生だ。


「うぅ……新卒から担任を持つことは聞いていたけど……三年生の予定が変更になるなんて……あたしどうなっちゃうんだろ……ツブされちゃいそうで怖いよぉ……」


 何か、唐突に身の上をペラペラ話しながら泣きだしたぞ。


 つい数か月前まで学生だった彼女だ。きっと不安と社会の不条理さに胸を痛め、頭を抱えているのだろう。


 ……好都合だ。コレ以上なく。


 以前の僕は、自分を取り巻く周囲の環境に、ただ流されるままでいたことで大失敗をした。


 同じ轍は踏まない。


 今度は自分が動きやすいように、周囲を操作してみせる……!


 一番の障害になりかねない、担任の教師がこんなチョロそうなら……この状況を何もせずに逃すワケにはいかない。


「すみませんでした……初日から滅茶苦茶にしてしまって……お前も謝れよ」


 僕が促すと、神原はまたも傲岸不遜な態度で腕を組み、胸を反らした。


「申し訳ありませんわっ!」


 ……アホだ、こいつ。


「ううぅ……神乃ヶ原くん、神原さん」


『はい』


 両手でゴシゴシ涙を拭う、何とも子供らしくて可愛い仕草で呼び掛ける、先生の声に応える僕と神原。


「もう一人、クラスの子を呼んでいるのでちょっと待っててください……」


「もう一人?」


 何だ? 始業一日目で、早くも職員室コースのヤツが三人もいるのか? 大丈夫かこのクラス。


 と思っていたら戸が開き、一人の男子生徒が入ってきた。


「…………」


 あぁ、ヤンキーか。茶色く短い髪がツンツンと上を向いている。


 あまりお近づきになりたくないし、実際に関わることもないだろう。


「すみません。風間小太郎かざまこたろう、遅れました。ちょっと緊張でお腹下しちゃって……」


 かざま、こたろう……? 忍者みたいな名前だな?


 そいつがボソボソと喋り、頭を下げた。


「風間くん、神乃ヶ原くん、神原さん」


 小山内先生がキッと僕達に視線を送る。


『はい』


「三人の、その髪の色は駄目ですぅ……直してきてくださいぃ……」


『嫌です(わ)』


 僕達は即答した。


「ふえぇぇ……なんでぇ……」


 おろおろと狼狽する先生。メンタル大丈夫か?


「この色が私に一番、相応しいからですわ! 既にこの金色の髪は、この神原天乃の一部なのですわ!」


 ……お前はアホか。髪が自分の一部なんて当たり前だろ。そんなのが通ったら全校生徒が金髪になってしまうだろう。


「そんなぁ……だから職員室じゃなくて指導室で生徒指導の先生にって言ったのにぃ……『初日なんだから担任の先生で何とかして下さい』って……ふえぇん」


 駄々漏れだぞ先生……なるほど、押し付けられたのか。


「あの……先生」


「はいぃ?」


 風間とかいう茶髪が一歩前に出て、先生に進言した。


「自分、この髪……天然なんです。俺……婆ちゃんがオランダ人なんで」


 ……ほう、クォーターか。コレは意外だ。不良かと思っていた。


 色眼鏡で彼の人間性を判断していたことに、僕は少し反省した。


 確かによく見てみれば若干、肌も白いし、瞳も茶色がかっているような気がする。注意深く見なければ気づけないほどの色合いだが。


「え、えぇ? そうなんですか?」


「……はい。中学の時は、それでも黒くしろ、周りに合わせろって言われてたんですけど……黒髪で婆ちゃんに会った時、『ありのままの自分で生きられないなんて悲しいことだ』って泣いちゃって……できれば、このままでいたいです」


「うぅ……ご家族もそれに賛成してるんですかぁ……?」


「はい、承諾書っていうか、手紙も用意してあります」


 そう言って風間は封筒を差し出す。


 ……うぅむ、本当にこいつが自毛なのか染めているのかはさて置き、上手い手だな。どっかのアホ女とは比べ物にならない。


「わ、分かりましたぁ……」


「先生! 実は私も海外の血が入っちゃったりしているんですのよ! 私の親戚にヨーロッパ人がいますのよ!」


「よ、ヨーロッパ人?」


 神原もいい手だと思ったのか、急にたわ言を言い始めた。アホここに極まれりだな。


「それで……神乃ヶ原くん」


 神原のたわ言を無視して、先生は僕を見る。


「はい」


「あなたは……?」


 小山内先生が、まだ涙の溜まった瞳で僕をじっと見つめてくる。


「…………」


「……えっ」


 僕は無言で先生にハンカチを差し出した。


「あ、ありがとうございます……」


 先生はおずおずとハンカチを受け取り、トントンと目尻に当て始めた。


「先生」


「……はい」


「……僕、中学の時、迫害されていたんです」


「え……」


「勉強も、スポーツも、何でも人より出来てしまって、そのやっかみで、クラスの全員から遠ざけられていました」


 僕の言葉に先生は目を丸くしている。


 知らなかったのか。不登校ながらも毎回テストで一位を取っていたなんて珍しい話、もう耳に入っているかと思っていたのに。


「でも、だからグレてこんな髪にしたってワケじゃありません。コレはバリアなんです。人を見た目とか、色眼鏡とかで見るようなヤツとは違う、本当に心を許せるヤツだけと仲間になりたいっていう!」


 そう言って僕はハンカチを持つ先生の手を握った。


「はわっ!? か、かかかかかカミノガハラくん……!?」


 途端に顔を真っ赤にする小山内先生。


「お願いです、先生。僕、勉強だって頑張ります。先生のこと、困らせたりしません……!」


 テンパる先生にグイっと顔を寄せ、目一杯困った顔でお願いする。


「ち、ち、ち、近いですぅ……ああ、でも本当に整った顔してる……絵に描いたようなイケメンん……!」


 おいおいおいおい、駄々漏れだぞ。テンパり過ぎじゃないか先生。


「お願いです先生……僕、テストだって毎回、学年一位を取ってみせます。二位以下になったらすぐに戻します。だから、それまで……ワガママを聞いてくれませんか? 僕のこと、見守っていてくれませんか?」


「ゆ、ゆ、夢だわ……『幼い幼女』と呼ばれていた小山内葉子にこんな、こんな……イケメン金髪生徒に迫られる新任ポンコツ教師なんて、夢小説みたいな尊い展開があるはずがないいぃ……!」


 自分でポンコツとか言うか普通。


「先生はポンコツなんかじゃありません! 一生懸命僕達のことを考えて、慣れないことにも精一杯頑張ってくれているだけです!」


「あ、あ、あ! あ……駄目、尊い、尊すぎて意味分かんない尊い……妊娠しちゃうぅ……!」


 してたまるか! と僕が心の中でツッコんだその時だった。


「あなたいい加減にしなさい! 職員室の衆目の中で先生を妊娠させる気ですの!?」


 神原が僕と先生の間に入り、二人を引き離した。


「させるか! 僕はただ学年一位を取り続けるから、その間は見逃せと言っただけだ!」


「ケダモノ! 先生の目を見なさい! 完堕ちしてますわー!」


「あまちゅ様ぁ……」


 神原の腕にしなだれかかった先生は、恍惚とした表情で涎を垂らしていた。


「いやいやいや! 効き過ぎだろいくら何でも!」


 初心うぶそうな女性だったから、そういう意味での圧力も多少は掛けたつもりだが、ここまでの自体は予想外だ。


「す、すげぇ……!」


 ぼそりと呟いた風間が、何だかキラキラした目を向けてくる。


 やめろ、そんな目で見るな。コレは僕のスキルというよりは最早先生のスキルだ。


 ……ハナに怒られるかな。


 ……って、今はそれどころじゃない。ていうか、なんでハナが出てくる?


 まずいな。騒ぎ過ぎだ。周囲がざわざわとこちらを見ている。


「ところで、先生」


 神原が先生の頬をペチペチ叩きながら、声を掛ける。


「……ふぁい」


「新入生って何人ほどいらっしゃいますの?」


「……二百、八十人……くらいれす」


「では私、テストで学年……百四十位以上を取りますわ! そうしたら……」


「パクッてんじゃない!! しかも志が低過ぎるだろっ!!」


 その日一番の大きな声で僕はツッコんだ。




 今日は先生が茫然自失状態になってしまったので、逃げるように僕達は職員室を後にしたのだった。

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