2・2 しくじった
落下はすぐに終わった。身体をしたたかに打ち付けたが大きなケガはしていない。ラッキーなことに魔物の死骸の上に落ちたようだ。
「生きているかジスラン!」
エルネストが叫ぶ。
「殺すな、生きてる! お前くそ重すぎなんだよ!」
答えつつ、目に入ったものに息を呑む。焼けるように真っ赤な空。すぐそばにエルネストの攻撃を受けた蛇型魔物。俺たちを囲む魔物の数々。ヤツらの多くは蛇型の肉を喰らっている。長い胴体の下半分は生きているのか、ビタンビタンとうねり地を打っている。
おかげで小型魔物はこちらに近寄れないようだ。蛇型の肉はご馳走なのか、喰っている魔物たちは硬そうな皮を避けながら夢中になっているが、俺たちに気づくのは時間の問題だろう。
「……あれだな」
そう呟いたアホが『待ってろ』と言い残して駆けていく。先には最初に遭遇したのと同じ大型魔物。蛇肉をむさぼっている。エルネストはその背後に近づくと手をかざした。
使役する気か。
すぐに巨体が、蛇を喰らわず穴に向かうタイミングを見計らっている魔物を蹴散らし始めた。
アホが戻ってきて、
「これで多少は時間を稼げる」と言う。
「エルネスト、俺にしがみつけ」
脳筋は理由を聞き返すことなく両肩を掴んだ。地に座り込んだまま早口で呪文を唱える。俺たちのまわりに光のドームが生じた。
「これはなんだ?」
「防御壁。お前のことだから未確認なんだろ?」
「すまん」
「だが一人用なんだ」
「狭いな」
「ならば出ろ」
空を見上げて落ちてきた穴を探す。見当たらない――と思ったが、それもそのはず。真上に広がるのではなく地面に垂直に穴があいていた。高さは俺がエルネストの肩に立って手が届くかどうかというところ。
移動術を使えば、エルネストをあの中に放り込むことができる――
「騎士たちはあらゆるものを用意している。すぐにロープを垂らしてくれるはずだ。それまで乗り切るぞ」アホが隊長らしいことを言う。「先に言っておくが、俺だけ脱出はしない。助かっても袋叩きにあうに決まっている」
「そうだな。人望の差だ」
ふう、と息を吐く。
「気のせいか? 息苦しくないか?」
「ジスランもか? 俺もだ。やけに暑くるしいせいかと思ったんだが――」
確かに真夏のような暑さでだいぶ汗をかいている。周囲を見回すエルネスト。
「臭いのせいもあるか?」
蛇型の臭いなのか魔界の臭いなのか、嗅いだことのない不快な臭いがたちこめている。
「魔界だから人体に毒とか」俺はそう言ってから、自分の言葉にぞっとした。
と、飛行型の魔物の一軍がやって来て穴に向かう。
防御壁の中から攻撃できるか? 試しに近くの死骸を移動術で動かそうとしてみる。
「ダメだ。中から外へは術が使えない」
そう言う間に、魔物が穴へ飛び込んで行った。向こうは疲れきった、ほぼ未成年の三人。
「お前もバカだが俺もバカだ」
「そうだ。ちゃんと俺は、もしもの際の隊長代理にジスランを指名しておいただろうが」
「名は言われていない」
「言わなくともわかるだろ!」
違う。アホとケンカをしている場合じゃない。
せっかく魔界にいるんだ。こっちにいなければできないこと――魔物を向こうに行かせないようなことを考えるんだ。
なにか、いい方法は――。
くそっ。息苦しくてうまく頭が回らない。地面に手をつく。カサリとした感触。草だ。そういえば木のようなものも生えている。魔界にも植物があるらしい。枯れているが、燃えているかのような空と関係があるのか? これが普通なのか?
――そうだ。
「エルネスト。火の術に壁があったよな」
どちらかといえば防御に近い。自分の前に高い火の壁を出現させる。
「あるがやったことはない。火事になると思ってな。呪文もわからん」
「多分ある」
ポケットから折りたたんだ紙束を出す。覚えていないが役に立ちそうないくつかの術の書き写しだ。念のために持っていた。
「あった!」
ナイス、俺! さすがすぎて恐ろしいぐらいだ。
「これを俺たち中心に円状にやる」
「……焼死しないか?」
「竜巻を使う。うまくすれば燃え広がる。穴に魔物は近寄れないし、ヤツらはこんがり。失敗しても俺は水流も出せる」
「わかった」
「お前もやれよ。大技だがらできるだろ」
「……じゃ、読んでくれ。死ぬ気で覚える」
「脳筋が!」
三度ほど読み上げたところでエルネストがうなずく。こいつにしては、めちゃくちゃに早い。死ぬ気というのは伊達じゃなかったらしい。ちょうど防御壁と魔物使役の効果が薄れてきている。
「効果が向こうより短い」
「ああ、使役もだ」とエルネスト。「もっとも扱った魔物サイズが違うが」
「サクッと成功させるぞ。俺は苦しい」
「死ぬなよ。カロンが待っているだろ」
「神官の俺をな」
「俺はお前と騎士団に骨を
「ないね。――ほら、やるぞ」
防御壁は消えた。
立ち上がり、エルネストと背中合わせに立つ。
「『明かりをもたらし安息を与える。産み出す叡智焼き尽くす強力。其を操るは火の精霊よ。サラマンダー、そのお力を我に貸したまえ。燃える障壁!』」
呪文を唱え終えるとてのひらから光が放たれ、少し先に炎の壁が出現した。横幅は短いが高さは穴を超えるほどあり、蛇型魔物やそれを喰らっている魔物を巻き込んでいる。
「くそっ、暑いな」
振り返るとエルネストも成功している。
「やればできるじゃないか」
「ずっと気になっているんだが」とエルネスト。
「なんでカロンに手を出さないんだ?」
こいつまた、俺の神域を踏みにじりやがって! しかもなんで今なんだよ。
アホの太腿を蹴り飛ばす。
「壁が足りない、もう一回やるぞ」
都合三回、術を発動し六つの壁ができた。魔物を焼く前にこっちが蒸され死にそうな暑さだ。
「おいアホ。一応俺にくっつけ」
エルネストがまた俺の肩を掴む。
両手を天に向ける。
「『回り回る巡り巡る、黒き雲が遣わす螺旋の猛獣』」頼む。シルフ。威力は弱めで。「『其を操るは風の精霊よ。シルフ、そのお力を我に貸したまえ。猛る竜巻』」
心なし静かに呪文を唱えた。光が迸り、手のすぐ上で爆散。
風が吹く。
小さな渦巻き。
それはすぐに大きくなり、俺とエルネストを中心に竜巻が生じた。
炎の壁が揺れる。風にそって回り、回りながら外に広がっていく。
「成功じゃないか?」とエルネスト。
「炎が消えなかったならな」
「失敗したらまたやればいい」
「……俺は立っているのも苦しいんだが」
息苦しさは最高潮だ。意地でここまでやりきったが、もうしんどい。
地面に膝をつく。
「ジスラン! くそっ、ロープはまだか」
「……飛行型魔物がかなり行ったんだぞ……」
「そうだった」
攻撃しにくいアレに対して向こうは三人だ。
騎士がいるにしても飛行型に対処できるのは弓部隊くらいだろう。投石機も用意されているのを見たが、当てられるとは思えない。
なんとか自分たちでここを脱出しないと。
《キャアッ! 崩れるっ!》
突如頭に響く、甘ったるい声。
次の瞬間、目の前に人が落ちてきた。
いや、人じゃない。
立派な胸をたゆたゆさせながら半身を起こした女神は俺たちを見て首をかしげ、
《覗いたらドジって落ちちゃった》
と可愛らしく笑った。
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