2・3 俺の秘密を
第一王子ディディエ・サリニャックと公爵家嫡男のマルセル・ダルシアク。ふたりは幼馴染と聞いている。将来は国王と宰相の間柄になるだろうと誰もが考えている仲だ。
そして彼らは、エルネストと俺が考える勇者の最有力候補だ。どちらも一番に名前をあげた。誰もが目を見張る美青年なのだ。
ディディエは金髪碧眼の、いかにも王子という気品と風格を持つイケメン。マルセルは銀髪緑瞳。どこか冷淡に見えるさめざめとした美しさが特徴の美男子。
女神が顔で勇者を選んでいるなら、絶対にこのふたりは入る。
ただ俺やエルネストと違って、国や家を継がなければならない。そして若い。マルセルは18。王子はまだ未成年の17。
もしこれで彼らが選ばれれば、本当に顔が基準だと分かる。
かしこまっている俺たちに、王子が
「楽にしてくれ。訓練の様子を見に来ただけだ」と言う。
「恐れながら殿下。我々はまだ力を使いこなせてはおりません。何が起こるか分からない以上、危険ですからお見せはできません」
俺の言葉にディディエは「そうか」と答える。王子なのに素直だ。
「ふたりは突然の重責に戸惑いも大きいだろうが、頑張ってくれ。エルネストならば可能だと信じている」
「ありがたきお言葉。光栄にございます」
真面目な騎士は返答も堅苦しい。
「ジスランといったな」ディディエ
が俺を見る。
「はい。殿下」
「言葉を交わすのは初めてだが、執り行う祭祀は何度か見ている。実に感動的だった。そなたにはオーラがあるな」
「ありがとうございます」
「きっとそれゆえに選ばれたのだろう。神官の身で戦うことは心中複雑であろうが、是非とも頑張ってくれ」
「御言葉通りに」
頑張る気なんて無いが、わざわざ伝えてやる義理はない。適当に返事をして深く頭を下げる。
「それにしても」
と、王子はひとりの騎士を見た。クロヴィスという名のエルネストの同期だ。彼も若くして隊長を任されている。
王子の視線が俺に戻ってきた。
「先ほど聞いたのだが、ジスランはかつてはエルネストと同等に剣の腕が立ったとか」
情報源はクロヴィスだな。お喋りな男だ。
「子供の頃の話です」と事実をありのままに答える。
「だが騎士団から入団を望まれていたそうではないか。なぜ神官になったのだ?」
「単なる向き不向きにございます」
俺が答えると、エルネストの肩がピクリと動いた。
「……このろくでなしは六股がバレたんです」
「六……?」
王子と宰相子息が目をみはる。
「おい、お耳汚しだ」
「痴話騒動のあと全員に結婚を迫られて、神官に逃げたんですよ。『結婚が禁じられている神官なら、いくら遊んでも責任を取る必要がない』って」
「……そんな下衆なのに、祭祀はあの神々しさなのか」
ディディエが初めて声の調子を乱した。
クソ童貞め。余計なことを。
フーシェ教は神官や巫女の婚姻を禁じている。だが恋愛やそれに付随する楽しいアレコレについては言及していない。素晴らしとしか言い様がないだろ? 堅苦しくてキツイ騎士団より何百倍もいいに決まっている。
「剣術の腕や精神面が勇者選定に関係があるのかと思ったのだが………」とディディエ。
「そうではないのかもな」とはマルセル。
顔とは聞いていないらしい。ならば自分たちが勇者候補だとも考えていないのだろう。ということは、単純に聖なる力の威力を見に来ただけなのか。せめてバルトロに声を掛ければ、訓練は見られないと分かって無駄足を踏まなくて良かったのに。
「……とりあえず二人に」
王子の言葉に侍従がひとり進み出てカゴを差し出した。中には酒瓶が二本。
「訓練の合間に飲んでくれ。それから聖なる力を制御できるようになったら教えてくれ。見たい」
かしこまりましたと頭を下げる。
良かった。エルネストのポンコツ具合を晒さなくて済んだ。
魔物襲撃まで後六日。
◇◇
神殿に入る。誰もいない。侍女と楽しい時間を過ごしていたら、ついつい遅くなってしまった。もう夜の礼拝は終わっている。かがり火の揺れる中、最奥に向かう。我らが神、アマーレ像。
床に膝をつき頭を垂れる。
「先輩ですか?」
カロンの声だ。顔を上げると、聖具室から出てくる彼女が見えた。
「……私を待っていたのか?」
「いえ。今夜の片付け当番の子が具合が悪いって言うので交代したんです。先輩は今帰りですか?」
「ああ」
「夕飯は?」
「まだだ」
「じゃあ、ここが終わったら食堂で何か見繕ってお部屋に持って行きます。先輩はお祈りをしていて下さい」
「ありがとう」
「今、香炉をお持ちします」
そう言って彼女は聖具室に戻った。
どこまでも真面目なカロン。里帰りする気
にはなっていないようだ……。
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