私のお兄ちゃんは笑わない
綾月百花
私のお兄ちゃんは笑わない
私のお兄ちゃんは最近笑わなくなった。いつも無口で、黒縁めがねをかけて、眉毛も口の真っ直ぐ。
表情筋はひょっとしたら凍り付いているのかもしれない。
せっかくお兄ちゃんの誕生日に、私がケーキを焼いてあげたのに、「ありがとう」の一つも無い。
イケメンのくせに、このツンツン表情はどうにかならないものか?
視力だって、悪くないのに、わざわざダサダサの黒縁眼鏡をして顔を隠して、こっぴどく女にフラれたのか、それともウザいほどに女が寄ってくるのか?見ていて、苛々しちゃう。
「お兄ちゃん、ケーキ、美味しい?」
「まあ、普通」
まだ食べてない癖に、適当な事を言っているし。
「お料理は?」
「普通」
「美味しそうに食べなよ」
「そんなことはないよ。美味しい」
話は普通にできるようだ。
「そんな無表情で食べられたら、美味しそうに見えない」
「普通だって、言っているだろう」
お兄ちゃんは母の再婚相手の連れ子で、その義父が亡くなって、母子家庭になった。
母親が働きに出ていて、家には私とお兄ちゃんしかいないんだから、もっと美味しそうに食べてよ。
食事の支度をしているのも、私なんだからさ。
「もう、お兄ちゃんにご飯作ってあげない」
私はテーブルの上の料理を片付け始めた。
「おい、唯」
「お兄ちゃんのご飯は今日からなし。もう作ってあげない」
「食べてるだろう」
「食べるだけじゃなくて、美味しそうに食べてよ」
私はプンプン怒っているんだからね。
「美味しい、美味しい」
「最初から、そう言えばいいのに」
取り上げた料理を戻すと、お兄ちゃんは今度は取り上げられないように、急いで食べ始めた。
なんだかムカつく。
早く、この部屋から出て行こうとしているのが見え見えだ。
年齢も同じで、生まれ月がお兄ちゃんの方が早かったから、お兄ちゃんになっただけだ。
私はお兄ちゃんとしても好きだし、一人の男性としても好きだ。
できれば、独り占めしたいのに、最近は、いつもいつも顔を隠す眼鏡をして、顰めっ面をして、口数も少なくなっちゃうお兄ちゃんに不満があるんだよ。
「美味しそうな顔もして」
「無理だ。この顔は、生まれつきだから」
「嘘だ」
知っているんだから、昔は良く笑ったし、顔を隠すような眼鏡だってはめてなかった。
私を溺愛して、小さな頃は私と結婚したいって言っていたのを覚えている。
「視力いいくせに」
私は眼鏡を奪った。
イケメンの顔が、真っ赤になった。
あれ?
顔をぐっと近づけ距離を縮めると、お兄ちゃんが仰け反っている。
ははん!
これは、もしや……。
私は更に顔を近づけた。
「欲しい?」
「いらん」
「どうして、いいのよ」
「いい加減にしろよ」
お兄ちゃんは私の顔を押しのけた。
私はにっこり魅力的に笑った。
今日はお兄ちゃんの誕生日だから、笑わせてやらなくちゃね。
かたまっちゃって、眉間に皺が寄っている。そこに唇を寄せた。
チュッとリップキスをすると、お兄ちゃんの顔が茹で蛸のように真っ赤になった。
「唯」
「ケーキ食べさせてあげる」
私はお兄ちゃんの足に跨がると、ケーキの皿を持って、一口ずつ、口に運んでいった。
気難しい顔のまま口を開けるお兄ちゃんの顔は、真っ赤だ。
「ちょっとは笑ってよ」
最後のイチゴは、口移しで食べさせてあげる。
イチゴを舌で口に押し込んで、ファーストキスをお兄ちゃんにプレゼントした。
ゆっくり唇を離すと、お兄ちゃんは額に手を当てて、天井を見上げた。
「俺がどんなに我慢してきたのか知ってるのか?」
「さっき、気づいた。ファーストキスのプレゼント嬉しい?」
顔を私に向けたお兄ちゃんは、怖いほどの笑顔を浮かべていた。
「もう我慢しなくてもいいのか?」
「私はお兄ちゃんが好きだよ。ダサダサの黒縁眼鏡をして我慢しているお兄ちゃんの顔は、ダサすぎて笑えた」
お兄ちゃんは、ムスッとしたけれど、今度は以前のお兄ちゃんと同じ顔で、「唯、好きだ」と言った。
今度は、お兄ちゃんからキスをもらえた。
笑えるほどダサいお兄ちゃんは、その日から消えた。
私のお兄ちゃんは笑わない 綾月百花 @ayatuki4482
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