きっと彼女にはそう見えているんだわ。彼女の中では。

江戸川ばた散歩

前編

 そう言えば聞きまして?

 ほら、フィネック家のエリナ嬢。

 そう、以前貴女が家庭教師として出入りしていた……

 最近遠方の別荘に移られたんですってよ。

 あ、ご存じなかった?

 まあ、確かに貴女はあそこではあまり良い待遇ではなかったと言ってたし。

 ――いえあまり私も多くを知っていると言う訳ではないんですがね。

 まあまず今のエリナ嬢は独身なんですね。 

 現在御年二十二。充分嫁き遅れなんですのよ。

 いえ、実際縁談は結構来ていたんですって。

 十代の頃には。

 だけど当人が結婚なんて嫌! お兄様の元に居たい!

 って感じで。

 そう、無論ご存じだとは思いますけど、彼女には兄上が一人居るんですけどね。五つ歳上の、しっかりしたひとで。

 今では学校を優等で卒業した後、家業を継ぐために、一生懸命だし、妹にも優しいし、人あたりも良いし。実際裏表無くいいひとなんだそうですよ。

 だからでしょうね。

 男性としての適齢期が来たら、あっさり良いお嬢さんが来てくれましたよ。

 そして男の子が二人、女の子が三人。

 子だくさんでいつも笑いの絶えない家庭だそうですよ。

 ……このご夫婦とお子さんだけならね。

 まあそんな兄上を見ているからでしょうね、大概の見合いの相手は彼女のお眼鏡に叶わなくって。

 蹴り続けていたら、まあいつの間にか老嬢にさしかかっているという始末。

 この先ずっと家に居るのか、それとも何かしらの職を得て、外に出るのか、と親にもせっつかれている様でしたの。

 ところでこの方、その非常に楽しそうな兄上のご家庭に、何かと口を出されるのね。

 特に、下の男の子のことに。

 で、義姉上にこうねちねち言うのよ。


「兄のお下がりを着せるなんて可哀想!」

「不自由している訳じゃないんだから、ちゃんと一から下の子にも服を仕立ててやるべき!」


ってね。

 でもそれって、ほんの子供の頃ですのよ。

 確かに余裕があったって、それこそよっぽどのお祝いの意味がある時以外の普段着なんて、男の子は何かと走って転んで汚して、の繰り返しじゃないですか。

 森に行けばシャツを木に引っかけて破くのだってしょっちゅうだし。

 だから枚数あればいいに決まっているし、上の子ので着られるのがあれば使えばいいじゃないですか。

 その子供達も、


「前にーちゃんが着てた奴だー」

「お前もそんなにでかくなったんだなー」


 って感じで、楽しそうに走り回ってるってことですのよ。

 子供の服なんてねえ、本当、どれだけ裕福だったとしても、着潰すものなんですから、きちんとした作りのものなら、どんどん着回せばいいんですよ。

 これが女の子になるともう大変。

 女の子はそんなに走り回って破いたりはしないけど、どんな色がいい、もうこんな形は、っての、ほんの子供の時分から、主張したりしますからねえ。

 だけど下の男の子のことばかり、ともかく何かと口をはさむんで、とうとう家で口論になったんですって。

 それで結局とうとう家を追い出されたって話。

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