五田は一体誰に殺されるのか?

@asashinjam

本編

五田剛は今年で40歳にもなる教師である。

結婚は5年前、 妻の彩芽とは見合い結婚だが概ね仲はそれなりに良好である。

親戚から貰い手の居ない女を貰っただけと思っていたが

子供が生まれてからは丸くなったと自分でも思っている。


教師とは大変な職業ではある。

生徒を如何にコントロールし優秀な成績を修めさせるかがポイントである。

彼の生徒はまぁまぁ優秀ではあるが問題もそれなりにある。

だが彼は生徒達に向き合い解決してきた。

彼はベテラン教師としてそう思っていた。


だから彼は何故こんな事になっているのかがまるで分からない。

真っ暗な部屋で大の字で縛られているのか。


「起きたか」


若い声が聞こえる。


「だ、 誰だ!!」

「どーも、 オーディエンスですぅ」

「Audience(観客)・・・だと? 何ふざけてるんだ!!」

「ふざけてないでぇす、 僕は殺し屋です」

「殺し屋だと!? 何を言って」


ざく、 と掌を熱が襲う。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!!!」

「掌刺しただけで随分な絶叫だねぇ、 だが黙れ」


喉に刃の冷たさを感じて黙る五田。


「う・・・うぅ・・・」

「僕は女の子の方が好みなんだ、 だからオッサンの悲鳴なんか聴いても全然楽しくない」

「じゃ、 じゃあ何だって言うんだ・・・明かりをつけてくれ」

「忘れたの? 僕が君をさらった時に『だーれだ』ってやったじゃん」

「・・・・・」


思い出して来た、 五田が駐車場で車に乗って帰宅しようとした時に

「だーれだ」と背後から目潰しをされたのだ。


「目ん玉潰れたからね、 暗いのも当然じゃない」

「う」

「叫ばないでね」


声を押し殺して泣く五田。


「さぁて、 じゃあそろそろ仕事に入りたいんだけども良いかな?」

「仕事・・・?」

「殺し屋って言ったよね?」

「お、 俺を殺す気か!?」

「そのとーり、 でも僕は楽しんで仕事をするタイプなんだよ

だから依頼料は相場よりも大分安い」

「ご、 拷問する気か!?」

「女の子の艶やかな声を聞きながら凌辱するのは最高にステキだが

アンタの様なオッサンの悲鳴を聞いても全然歓びが無いんだよね

だから君には生き延びるチャンスをやろう」

「生き延びる・・・チャンス?」

「ルールは簡単、 僕に殺しを依頼して来た奴を当てれば良い

正解の場合ちょっと眠って貰って、 その後に近くに君を捨てる

適当な公園にでも放置しておくよ」

「ま、 間違えたら?」

「殺す、 だがしかし1回で正解するのは無茶だろうから

回答のチャンスを5回あげよう、 そして君が伏せ介する度にヒントをあげようか」

「ひ、 ヒントだと・・・?」

「そうだね、 Yes/Noで答えられる質問に1回答えよう

例えば依頼者は○○ですか、 という問いに対してYes、 とか」

「そ、 そうか・・・」

「但し緊迫感が無くなっちゃうからね

1回不正解する度に君の四肢を1本ずつ切り落とす5回目不正解で首を切り落とす」

「なっ・・・そ、 そんな!!」

「ギブアップして今すぐ死ぬって言う選択もアリだけど・・・如何する?」

「う・・・」


背に腹は代えられない、 五田はこの話を了承した。


「それでは僕の依頼者当てゲームを始めよう

その前に準備してくるから今の内に考えててね」

「準備?」

「前にもこのゲームやったけど

四肢を切ってショック死したり失血死したりする奴が多いからね

局部麻酔と輸血の準備が必要だから準備してくる」

「わ、 わかった・・・」


オーディエンスが去って行ったのを感じた。


「うー・・・・・」


五田は自分を殺そうと思っている奴が居る事に対して嘆いた。

何故自分がこんな目に遭わないといけないのか?

一体誰がこんな事を・・・そう考えてはたと閃いた。


「アイツか!! 村田!! あの餓鬼ぃ!!」


五田は自分の教え子の村田を思い出した。

あの少年は勉強が足りず、 テストの順位も低い、 まるで向上心が無いくせに

周囲からいじめられたと被害妄想を抱き、 事故での怪我を突き落とされたと言い張り

自分を陥れようとしたクズである。


「あの野郎・・・許さねぇ・・・おい!! 殺し屋!! 分かったぞ!!」

「え、 もう?」


ガラガラガラとキャスターの音が聞こえながらオーディエンスがやって来た。


「村田だ!! あの餓鬼に雇われたんだろ!?」

「村田? 村田、 何?」

「何? 何ッて何だ?」

「何処の村田? 村田が地球上に何人居ると思っているの?」

「俺のクラスの村田だ!!」

「下の名前は?」

「ッ!! 汚ねぇぞ!!」

「え? 何が?」

「そんなもん覚えている訳ねぇじゃねぇか!! 生徒30人の名前を憶えている奴が居るか!!

苗字だけで良いだろうが!!」

「いや、 普通は覚えているんじゃないの?

君は教師としてはダメダメだなぁ」


ぷすぷすと点滴を刺しながらオーディエンスはせせら笑う。


「うるせぇ!! 殺し屋なんて野郎に常識説かれたくねぇ!!」

「自分の受け持ちの子供の名前知らない方が駄目だと思うけども・・・まぁ良いか

僕に依頼したのは君の生徒の村田・・・ではありません」


ダン、 と大きな音がする、 びちゃびちゃと血が流れる。


「う、 あ」

「局部麻酔してるからね痛みは無いでしょ?」

「あ、 あし?」

「右足を切り落とした」

「うわ・・・」

「叫ぶな」


五田は物覚えが良いのだ、 黙った。


「じゃあ1回失敗したのでヒントタイムだ、 さぁ質問してくれ」

「・・・・・依頼したのは俺の生徒、 いや待て・・・」


五田は考えた。

自分の生徒が依頼したのか、 と言う問いでは不十分である。

何故ならもしも答えが『No』ならこの問いで除外される容疑者は30人。

これでは心許ない、 ならばもっと広い質問をするべきだ。


「・・・・・依頼したのは俺が教鞭を執った学校に生徒として在籍した

もしくは在籍した事が有る人間か?」


実質自分の担当した生徒全員を振るい落とす事が出来る質問である。


「No」


あっさりとNoを返された。


「じゃあ2回目の質問だ」

「・・・・・考えさせてくれ・・・」

「OK、 輸血パックには充分ストックが有る、 止血もついでにしておくぞ」


五田は止血されながら考えた。

自分に他に恨みが有る人間・・・もしかしたら結婚する大分前に恋人だった笹本美幸か?

彼女は教育実習生で自分の担当だった、 そこで恋に落ちた。

彼女はまだまだ若い20代前半で自分は当時32歳のベテランでは無いが中堅教師だった。

世間を知った自分が彼女をサポートしていった、 そして俺達は恋人になった。

食事に誘ったがシャイな彼女は中々首を縦に振らなかった。

彼女をデートに誘ったが仕事が忙しいと断られた。

休みにも仕事を割り振るとは厳しいと思った俺は校長に直談判した。

そして彼女は居なくなってしまった。

理由は今でも分からないし校長に問い質そうとしたが逆に怒られた。

年齢差から俺が一方的に詰め寄っていると思ったのだろうか

無論メールや電話もしたが携帯自体を変えたのか連絡は取れていない。


彼女が自分の結婚を知って嫉妬に来るって殺害を依頼して来たのだろうか?


いや嫉妬と言えば他にもいる、 同僚で学年主任の斎藤孝雄だ。

コイツは生徒を甘やかす事が大事だと考えているゴミ野郎だ。

生徒を大事にしていると言うよりも生徒に迎合している。

それが教育者の立場かと思う。

自分とは対立していて俺がどれだけ生徒の成績を上げてもあーだこーだ口出しして来た。

自分に嫉妬している証拠である、 何というクズなのだろうか。

学年主任に慣れたのも保護者からの受けが良く校長からの覚えが良いからだ。

本当は自分が学年主任に慣れた筈なのに、 とは言わない。

自分の方が優秀な生徒を輩出している優秀な教師なのだ。

何れ分かって貰える日が来るだろう。


嫉妬と言えば他にもいる、 用務員の小林だ。

50にもなって独身でしかも用務員と言う雑用

自分と言うベテラン教師に嫉妬していても可笑しくない。

いや嫉妬だったら独身教師全員怪しい・・・


「なぁ、 まだ? 輸血パックはたっぷりあるがそれでも長々と考えられても困るんだが・・・」

「っ・・・だったら学年主任の斎藤孝雄だ!! こいつだろう!!」

「違いまーす、 そして2本目の足ばいばーい」


ざくり、 びちゃ、 と音がする。


「うわ・・・くそ・・・」

「大丈夫大丈夫、 今はバリアフリーが充実しているから問題無い問題無い」

「てめぇ・・・他人事だと思って・・・」

「実際他人事だしね、 じゃあ2回目のヒントターイム」

「・・・・・依頼したのは俺が教鞭を執った学校で手に職を持った奴か?」

「手に職を持った奴?」

「教師や用務員、 事務員とか有るだろ色々」

「Noだね」

「な・・・」


学校の生徒でも同僚の教師でも無い、 だったら自分を殺したい奴なんか居ない・・・


「あ」


居た。


「なぁ、 俺を殺したい奴、 分かった」

「うん、 じゃあどうぞ」

「キャロラインだ」

「外人? 誰それ?」

「外人じゃない、 源氏名だ」

「源氏名? キャバ嬢って事?」

「キャバクラじゃない、 俺は昔何時か結婚しようとした風俗嬢が居たんだ」

「・・・・・ふーん、 で?」

「俺は見合いをして結婚する事になった

だから俺は駆け落ちをしようとキャロラインに持ち掛けたんだ」

「でも駆け落ちはしなかったんじゃないの?」

「そうだ、 キャロラインは俺の教師としての人生を捻じ曲げる事を恐れた

だから仕事も辞めたんだ・・・」


涙を流す五田。


「だけども風俗嬢の将来なんて悲惨だろ? 歳食った風俗嬢なんて・・・」

「それは偏見じゃないの?」

「俺が結婚して幸せになったから・・・・・それで・・・」


泣き出す五田。


「うーん、 泣いてる所悪いけど、 キャロラインじゃないよ」

「そりゃ本名じゃないからな・・・俺には本名を確かめる術は・・・無い」

「善意でヒントチャンスとは別に一つ教えてあげよう

そもそも風俗嬢じゃない、 元風俗嬢でもない」

「・・・・・」


左手を切り落とされる五田。


「これで後2回で死、 だね」

「くっ・・・」


次のヒントでは如何尋ねれば良いのか迷う五田。

これ以上の失敗は許されない、 四肢が無くなるのは致命傷である。


「い、 依頼者は女か!?」


男女の関係を持った人間はキャロラインだけでは無い。

成績が悪い女子生徒と関係を持った事もあるし

女子高生を金で買った事もある、 彼女等が嫉妬すると言う事は充分にあり得る。


「Yes」

「・・・・・」


勢い良く質問したが良いが、 自分を殺したい女が多過ぎる。

いや成績が悪い女子生徒は除外して良い。

さっき自分の生徒が依頼したかと言う問いにNoと言ったのだから・・・


「!!」


ここに五田、 閃く。


「おい、 質問とは別に一つ聞きたい事が有る」

「別に聞きたい事? 何だよ」

「お前、 輸血していると言ったな」

「あぁ、 実際に輸血しているよ、 それが何か?」

「お前、 何で俺の血液型を知って居るんだ?」

「あ」


しまった、 と言う声色。


「お前は俺の血液型を知って居る、 つまりは何処から調べたか教えて貰った

お前が調べられる立場、 つまり病院に勤めている医者、 とは考え難いし

医者が殺し屋とか考えたくない

つまりお前は俺の血液型を教えて貰ったんだろう? 依頼者から」

「・・・・・」

「俺を殺したがっている女、 そして俺の血液型を知って居る

それはつまり母さんだ!!」

「母さん? つまり?」

「俺の母親、 五田英恵だ!!」

「・・・・・残念」

「え」


ざくり、 と右腕も切られる。


「な、 何で!? 母さん以外ありえないだろ!?」

「何でだよ、 何で母親が自分の息子殺すんだよ

医者が殺し屋よりもそっちの方が考えたく無いだろ」

「だ、 だって俺が忙しい時に父さんが死んで葬式に出られなくて

滅茶苦茶怒って絶縁までして来て、 それで恨んでるんじゃないの!?」

「知らないよ、 そんな事」

「くそおおおおおおおおおおおおおお!! じゃあ一体誰だよ!!

俺の家族は後は弟しか居」


そこまで言った五田は絶望した。

四肢が無くなる喪失感よりも深い喪失感を味わった。


「じゃあ最後のヒントチャンスだ」

「・・・依頼者は」


言葉を紡げなかった。

嗚咽しか出なかった。


「中々愉快だねぇ」

「畜生・・・依頼者は五田彩芽、 か?」

「正解!!」


ぱぁん、 とクラッカーを鳴らすオーディエンス。


「正解しちゃうとはね、 お見事だ」

「ありえねぇ・・・何で? 何でだ?」

「最後のヒントを使わずに答えられたし、 ボーナスだ、 こちらをどうぞ」

「ボーナス?」


ぴ、 と何かのスイッチを押すオーディエンス。


『依頼料は確かに受け取りましたよ奥さん』

『・・・・・これで満足?』


オーディエンスと彩芽の声である。

彩芽の声が何故か上ずっている。


『中々でしたね、 人妻も悪くない』

『40手前の女の身体の何処が良いのか分からない』

『人妻だから良し、 それじゃあ10万と合わせて頂きました、 領収書は?』

『結構よ、 それより旦那を殺してくれるんでしょうね』

『さっきも言いましたが生きるチャンスは与えますよ

もしも貴女が依頼人だと分かったら生かして帰します』

『あの人には無理ね』

『何故?』

『だってあの人、 自分が嫌われてるって事知らないから

職場の同僚と生徒達、 ご近所さんは愚か身内まで嫌われてるのに

自分はベテラン教師とか言っているし』

『奥さんも旦那さんの事は嫌いなんですか?』

『今は我慢出来てるわ、 一応は公務員だから生活も安定していたけど

最近あの人、 娘と一緒にお風呂に入りたがって・・・正直気持ち悪い

娘にも手を出すんじゃないかって思う』

『まさか』

『娘に『将来お父さんと結婚するか?』って聞いて娘が嫌がったらマジギレする奴よ?

正直無理ね、 これからの人生、 年取って定年になってアイツがずっと家に居るのを

想像すると無理ね、 アイツにかけた保険金を受け取ってパートしながら生活するわ』

『案外堅実だねぇ』


ピ、 とそこで録音を止めた。


「んじゃ、 解放と行きますか」

「待て」

「おやすみー」

「待」












後日談、 五田は自分が勤めていた学校の近くの公園で発見された。

警察からの説明では如何やら自分は誘拐されて身代金を要求されたらしい。

しかし犯人が一方的にここに置いておくと言う報せた後、 一行に音沙汰が無い為

まるで動く事が出来なかったらしい。


「お前俺を殺すつもりだっただろ!!」


解放後の彩芽と会った際に開口一番にこのセリフを吐いた。


「何言ってるんだ兄貴!!」

「彩芽さんはアンタの事心配してくれたんだよ・・・それを・・・」


涙を流す五田の弟と母。


「殺し屋が言っていた!! 録音も聞いた!!」


彩芽は何も言わずに黙って涙を流していた。

彩芽は家事や育児を真面目に行い、 迷惑をかけている夫の代わりに周囲を頭を下げ

今回の件で身代金を五田の親戚に借りに行く為に土下座迄すると言う誠実さを周囲に見せていた。

反面、 五田は生徒に無茶を言って強制的に勉強させたり

言葉での暴力、 いじめの黙認等、 過去の教育実習生への付き纏い

新人教師に対する暴言等問題行動が多く、 更に殺し屋の録音も証拠が無かった。


結果として五田は施設に送られ慰謝料を支払い離婚したのだった。





「・・・・・」


ベテラン教師としての実績、 家族、 金、 身体の自由。

全て失った五田は魂が抜けたかの様になっていた。

誰も見舞いに来ない、 誰一人見舞いに来ない。

無限の孤独と絶望と喪失感が彼を襲うだろう。

彼が死ぬまで。

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