窓辺 第2話
城のように大きな屋敷から元気な産声が上がる。小さな手を握って、まん丸の目を閉じた天使のように可愛らしい赤ん坊は「シャーロック」と名づけられた。
シャーロックは家の勢力拡大のため、幼い頃から厳しく育てられる事となる。
基礎的な勉強は勿論のこと、ピアノなどの楽器に社交ダンス、絵画、声楽、武術、水泳、乗馬などの習い事。マナーや喋り方、歩き方などの立ち振る舞い、その所作に至るまで徹底的に躾けられた。
子供らしく遊んでいる暇などほとんど無い、分刻みで流れる日々がシャーロックにとっての普通であり、日常だった。
高さ四メートルはあろうかという高い天井。
そこからぶら下がる特大のシャンデリアは、大きな窓から差し込む光を受けてより一層輝いていた。
シャンデリアを飾るひとつ一つの白い石は中央から滲む様に自ら光を発している。
ラピスだ。
太陽光などの光を貯める必要の無い質の良い高級なラピスだった。
壁紙は落ち着いたクリーム色で、赤や青、黄色などの小さな花の絵が描かれている。
観音開きのアーチ状のドアには細かい彫刻が刻まれており、大変美しい。
ドアノブは真鍮製で、ライオンのような動物の顔を模してあった。
床に敷かれた絨毯は一本一本の毛がギュッと隙間なく織り込まれており、キメの細かい素晴らしい肌ざわりだ。
模様は色とりどりの薔薇で、部屋の中にいながら花畑にいると思わせるほどであり、花の良い香りさえして来る様だった。
そんな見事な絨毯の上に、木製のロッキングチェアが置かれている。
もちろんロッキングチェアにも豪華な装飾が施されていた。
ゆらゆらと陽炎のように揺れるそれに、ブラウンの長い髪を持った女が座っている。
本を読んでいる様だ。
妙齢のその女は薄い青色のドレスを着ていた。
大きな瞳に、長いまつ毛、小さな鼻、と可愛らしい顔立ちをしている。
静かな時間が流れる中、ドアが勢いよく開いた。
「お母様!見て下さい!庭の猫を描きました!絵画の先生にも褒められたのです!」
そう言いながら入って来たのは小さな男の子だった。
ロッキングチェアの女性とよく似た顔をしている。
薄茶色の柔らかな髪を肩近くまで伸ばした男の子は両手で絵を掲げて本を読んでいた女性の元へ駆け寄る。
「シャーロック‼︎走ってはいけません‼︎」
ロッキングチェアの女性はその可憐さとは裏腹に、キツく男の子を叱った。
「それに大きな声ではしゃぐなんて、低俗な者のすることですよ、貴方は貴族の家に生まれた選ばれし子です。もう少し自覚なさい」
そう厳しく言う。
「ぁ、申し訳ありませんお母様、以後気を付けます」
シャーロックと呼ばれた男の子はぺこりと頭を下げて、素直に謝った。
母親とよく似た大きな金色の瞳は悲しそうに伏せられる。
「まったくです。貴方ももうすぐ九つになるのですから、いつまでも子供のままで居てもらっては困ります。貴方にはこの家を大きくして貰わなくてはならないのですから」
そう言ってロッキングチェアに腰掛けた母親はため息をついた。
「はいお母様、精進します」
シャーロックはうつむく。
手には持ってきた猫の絵を掴んでいた。
「貴方は本当に物分かりの良いいい子ね、自慢の息子だわ。あら、そろそろマナーのお勉強の時間ではなくって、シャーロック?先生をお待たせするなんてあってはならないことだわ、早くお行きなさい」
母親は壁にかけてある大きなアンティーク時計に目をやるとそう言った。
「あっ、、、」
シャーロックも時計を見上げる。
母親の言った通りもうすぐ先生の来る時間だった。
「行ってまいりますお母様。お邪魔してすみませんでした」
シャーロックは絵をギュッと抱きしめてそう言うと踵を返す。
「ああシャーロック、その絵ね、」
遠ざかるシャーロックに母親が声をかける。
「はい!」
シャーロックは目を輝かせて嬉しそうに振り返った。
「もう持って来なくて良いわ、絵を描いているよりもっとやることがあるものね。
それに私、猫は嫌いなの。では、マナーのお勉強頑張ってね。期待していますよ」
母親はそう言って微笑むと読みかけていた本へ目を戻した。
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