第5話
雨音がする。
目覚めた世界は夜に似ていた。そのくせ、ひんやりとなにもかも寄せ付けない気配を纏って、音ばかり響かせる。
ああ、今日は雨か。
こんな日はなにもしたくない。
ベッドで起きたとき、すやすやと眠る妻の顔を見て苦笑いして、再びベッドに入りなおした。
雨の日はなにもしなくていい。
仕事があったり、やることがある日もあるが、大概、なにも予定がはいってなかったりする日に雨が降っている。
「んー、ねむいわ」
「雨だから寝てていい」
「……やだ、寝るの飽きた」
先まで寝ていたくせに。
「起きてどうする?」
「ごろごろする~」
寝ているのと変わらないじゃないか。それは。と、つっこむのは野暮か。まだベッドの上でもだもだしている妻を懐に抱えて頭を撫でる。二人揃って怠惰を味わう。これは贅沢だなと心から思う。
妻のあたたかな肌が、甘えてくる。
「ご本、読むわ」
「それはいい」
「あなたも読みましょうよ」
「二人で? 退屈するだろう」
二人とも読むジャンルは合わない。俺はひたすらに過去の名作ばかり、何度も読むが妻はひたすら新しいものばかり読む。
「たまにはあなたみたいな文学者になるのっ」
ばたばたと暴れる妻の額にキスして、わかったよ、と言い返す。たぶん、無理だろうなと思いながら。
二人揃って起き上がりコーヒーとトーストの朝ごはんのあと、ソファに寝そべった。テレビはつけないが、ラジオはつける。電波が悪く、ノイズ交じりの愉快な声やリクエスト曲を流すそれらを聞き流し、二人揃って本に目をやる。俺の膝の上で腰かけてページを睨む妻と、その頭に顎を乗せて知ってる文字を追いかける。
「やだ、つまんない」
ほら、こうなる。
「けど、いいわ。旦那さんとくっつけるから」
「いつもくっついてるだろう」
「今日はもっとくっつきたいの」
ぷりぷり怒りながら言い返される。仕方ないといいながら読み終わった俺は彼女がそのページを時間をかけて読むのをじっと待つ。雨の音がする。孤独の音だ。ずっとずっとあり続ける。生きている間、揺るぎなく傍らにある自分の孤独の音だ。それが少しだけ、ほんの少しだけ影の色を薄くする。
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